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死出虫 2018年7月16日


目を覚ますと、暗く湿った空間に閉じ込められていた彼。暗闇の中で「何故閉じ込められたのか」を考え始めるが、体を這う虫達の感触に気が付き……?

 

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 息を吸うと、湿った土と肉が腐ったような甘ったるい臭いの混じった悪臭が鼻についた。
 重い瞼を開ける。目の前には何も見えない。
 身体を動かそうと身をよじると、肘や膝が木のような何か硬いものと当たり、鈍い音が反響しながら私の耳に届いた。
 限られた空間の中で両手を持ち上げる。
 また、同じような音が耳に届いた。
 訳の分からぬ状況にパニックを起こしそうになりながら、私は首を動かして周りを見回す。
 けれど、そこに求めていた光はない。
 足を曲げ伸ばしして、板のようなものを破れないか試みる。何度か試みた後、かかとの痛みに襲われた。
 悪臭が鼻腔を満たすのを我慢しながら数回深呼吸すると、少し落ち着いてきた。
 いったい私に何があったのだろうか?
 どうしてここにいるのかを思い出そうと、頭の中に思考を巡らせる。鉛の詰まったような頭の中をしばらく漁っていると、いくつか思い出してきた。
 むせび泣く母親の声。妙に冷たい身体。線香の匂い。読経。まるで葬式だ。
 しかし、私はこの通り生きている。
 もし本当に葬式をしたのなら私は参加する側のはずなのに、そんな記憶は一切ない。あるのは、まるで故人として悲しまれているような記憶だけ。
 さらに前の記憶を思い出せないかと思って頭を巡らせる。けれど、少しずつ薄くなっている酸素のせいか、はっきりしない。
 それでも、何か硬いものにぶつかられた衝撃と地面の上を転がる感覚を思い出した。その後、私はどうなったのだろうか。救急車の音、アルコール消毒のような匂いと車特有の揺れ、必死に私のことを呼ぶ男性の声……。ぶつかられた感覚はあるのに、不思議と痛みの記憶はなかった。
 私は狭い空間の中でかぶりを振った。ダメだ、思い出せない。思い出したくもない記憶を思い出そうとしているのか、それとも私に思い出す資格がないのか、何があったのかを思い出せない。
 ともかく、私は何故か知らないが、ここに閉じ込められている。確かなのはそれと踵に走る痛みだけだ。
「だれか、助けてくれ」
 叫んでみても、声は周りに吸い込まれるように反響すらしない。きっと、外に聞こえていないだろう。
 何か他に音を出せそうなものがないか、そう考えて狭い空間の中を手で探っていると、触り慣れたスマートフォンケースの感覚を覚えた。暗いせいでまともに何を持っているかも見えないまま、何とか持ち上げて電源ボタンを押す。
 スリープモードが解除されて仄かな明かりが周りを照らした。やはり、手の中にあったのは私のスマートフォンだった。
──これで助けを呼べる。
 動く片手でロックを解除しようとPINコードを打ち込もうと試みる。
 けれど、「早くこんなところから出ていきたい」という焦りといつも両手でロックを解除していたせいで手元が定まらず、まともに打ち込めない。それを何度か繰り返したものの、エラーメッセージが出て、30秒後にもう一度やり直しになってしまった。
 上手くいかない事にいらいらしながら時間が経つのを待っていると、電源が切れるポップアップとバイブレーションの後、スマートフォンの画面が消えた。
 慌てて電源ボタンを長押しすると、電池のグラフィックが現れて、またしても暗転した。
──電池切れだ。
 私は使い物にならなくなったスマートフォンを足元に投げ捨てる。鈍い音と共に、木が折れるような音が聞こえたような気がした。

 

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 しばらく無駄だと知りつつ声を出して助けを呼んでいると、動かせない手のひらの下をなにかツルツルしたものが通り過ぎるのを感じた。近い触感を持つものとしては、私が趣味で飼っていたコガネムシやシデムシのようだ。だが、コガネムシはまだしも、何故シデムシが此処にいるのだろうか。
 シデムシ、漢字では死出虫ないしは埋葬虫と書いてシデムシと読ませる甲虫の一種だ。彼らは発達した強靭な顎を用いて腐った肉やそれを餌にする蛆を主食にし、中には腐敗物を食するものもいる。種類によっては死体を埋めて──その様子から埋葬虫と名付けられたそうだ──幼虫に食べさせることもあるそうで、その姿は昔から興味を惹かれるものだったらしい。実際にそれを題材にした怪奇小説もあり、私も一度読んだことがある。
 彼らがいるということは、死体のような腐敗したものがあるということだ。きっとそれがこの甘ったるい肉の腐った臭いの原因なのだろう。
 つまり、私は遺骸と共にこの箱のような構造物に囚われている。
 その事を考えた瞬間、胃の上の辺りがきゅぅっと締め付けられるような感覚に襲われる。のどの上の辺りまでその感覚がじわじわと広がり、思わずえずく。幸運なことに、吐くようなものも胃に入っていなかったようで、口の中に胃酸の苦酸っぱい味が広がるだけだった。
 刺激に呼応するように溢れ出てきた唾液にも構わず、「誰か、助けてくれ」ともう一度叫ぶ。
 その声は前と同じように、周りに吸い込まれていった。
 シデムシの這いまわる感覚が私を襲い、痒い様な痛い様な刺激に体が覆われる。私はもぞもぞと体を動かして虫たちを振り払おうと試みるが、木の板が私の動きを邪魔する。
 何とか平常心を保ちながら、私はがむしゃらに体を動かして木の板を壊そうと試みた。
 虫達が潰れるクシャっという耳障りな音と服ごしに感じる漏れ出た体液。それでも、虫達は私を離そうとしない。
 しばらくして疲労困憊した私は、切れた息を整えるために深く息を吸い込んだ。甘ったるい死体の匂いが鼻腔を満たす。死体と一緒に居たくはなかったけれど、このままでは動けそうにない。
 その時、疲れて動かなくなった手のひらに、シデムシの感触を感じた。
 ほどなくして、虫が皮膚を食い破るような激痛が、私の手を襲った。

 

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