スパークリングホラー
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2018年8月28日


田舎に住んでいる祖父母のところへ帰省した少年は、収穫中のトウモロコシ畑に白いワンピースの少女の姿を見るが……。怪談四部作最後の物語。

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 海の近くに建ててある倉庫の戸を開けようと、取っ手に手をかけた時だった。
『次は誰が話す?』
 ふと、中からそんながさついた男の声が聞こえてきた。
 俺は首をかしげる。はて、倉庫を誰かに貸した記憶はない。それに先ほどまで、南京錠でしっかり鍵をかけていたはずなのだ。だのに、中から声が聞こえてくるとは。
 思い切って、戸に耳を当てる。こっちのほうがよく聞こえるはずだ。
『あ、じゃあ僕が話します』
 少年の声。ちらほらと聞こえる声からして、男二人、女二人といったところか。
 賊なら一刻も早くしょっ引いて駐在さんに渡すのだが、どうも口ぶりや音からしてそういう連中ではなさそうだ。はてさて、なおのことわからなくなってきた。侵入したのにもかかわらず、逃げずに居座って話し合うなんてことをするとは。
 俺が耳をそばだてたままでいると、少年の声でなにやら話が始まった。
『これは僕の話なんですが……』

「じいちゃん暑いー」
 僕がそこら辺にあった大きな石に腰掛けると、麦わら帽子をかぶったじいちゃんが顔を上げる。しわしわで茶色いシミだらけの顔が、帽子の中に見えた。
「子供にはきつかったか。いいよしんちゃん、少しそこで休んでな。喉乾いたら、近くの井戸水でも飲んでるといい」
「はーい」
「ただし、トウモロコシ畑の中には入っちゃいけないぞ。今は収穫時期だから、危ないからな」
 ぐるぐると周りを見る。目の前にはじいちゃんが近所の人と一緒に育てている、トマトとかきゅうりとか、なすとかが植えてある畑。右側には農家の高橋さんが育てている、僕の背丈よりも高いトウモロコシの畑。左側にはなんだかゆらゆらしている、誰もいない商店街。周りを見回しても楽しそうなものはなかった。
 かっちゃんとかよしくんと遊ぶのは明日の夜だし、ともちゃんと遊ぶのは明後日。明日からは忙しいのに、今日はなんにもすることがない。家にいるのも退屈だったから着いてきたのだけれど、こっちもこっちで退屈だった。
 その時、トウモロコシ畑の中に入っていく子が目の端っこの方で見えた。白い帽子に白い服みたいで、なんとなく女の子みたいだった。
──あんな子いたかな?
 大体この街にいる子たちとは友達だから、姿を見れば誰かわかるはずなのに。なんといっても、あんな服を着ている子を見たことがない。
「誰だろう」
 僕は座っていた石から飛び降りる。じいちゃんはトウモロコシ畑に入っちゃいけないと言っていたけれど、僕ならきっと大丈夫だ。
 それでも怒られるのが怖いから、ちらっとじいちゃんの方を見る。土いじりに真剣になっているみたいで、僕の方は見ていないみたいだった。
 僕はじいちゃんに気づかれないように足音を立てないよう注意しながら、ゆっくりとトウモロコシ畑の中に入っていった。

 畑の中はほとんど先が見えないし、ふかふかとした土に足を取られるせいで歩きにくい。それでも女の子が歩いて行った場所は変に沈み込んでいたり、トウモロコシの茎が折れていたり傾いていたりするおかげで、後を追うのはそんなに難しいことじゃなかった。
 青臭い葉や土のにおいを嗅ぎながら、茎や葉をかき分けて畑の中を歩いていく。遠くからエンジンみたいな音が聞こえてくるけれど、あの女の子が誰なのかってことのほうが気になった。
 もしかしたら、この町に新しく引っ越してきた人かもしれない。僕はいつも街にいるから、そういうことなら知らなくて仕方ないはずだ。
 でも、昨日会ったさっちゃんは引っ越してきた人がいるなんて話、少しもしていなかった。さっちゃんはこの町に住んでいるから、そういう人がいれば知っているとおもうけれど。
──多分、さっちゃんは僕に話すのを忘れたんだ。きっとそうなんだ。
 ふと手をかけたトウモロコシの実が折れ、地面の方からごろんという重い音が聞こえてきた。
 その音でハッとして、あたりを見回す。でも僕の周りにあるのは、僕よりも背の高いトウモロコシと、ふかふかとしているせいで足跡なのか凹みなのかよくわからないものがたくさんある畑の土だった。
「あれ……」
 急に心細くなって、目の端が熱くなってくる。
──どの方向から歩いてきたんだったっけ。
 もう一度周りを見てみても、僕が歩いてきた方向を教えてくれそうな人は誰もいなかった。泣きそうになるのを必死に我慢して、いろんな方向へ歩いてみる。でも、歩きにくい地面をいくら歩いても、周りにはトウモロコシしかない。
「どうしよう……」
 こんな広い場所で迷子になっちゃった、そう思うと心細くて、いよいよ涙があふれてきた。
 その時、僕の前から女の子の声で「こっちだよ」という声が聞こえてきた。
「誰?」
「こっちだよ、こっちこっち」
 声の方向へと歩いてみる。もしかしたら、僕を探しに来てくれた誰かかもしれない。
 一歩一歩歩く度に、女の子の声は大きくなっていくような感じがした。同時に、どこからか聞こえてきていたエンジンの音もはっきりしていった。

 しばらく歩いて足も痛くなってきたころ、ようやくトウモロコシ畑が途切れているのが見えた。そこの開けた地面には刈り取られて丈が短くなっているトウモロコシの茎がいっぱい並んでいる。
 僕は開けた場所とトウモロコシ畑のちょうど境目の場所に立って、顔だけ出して女の子の姿を見ていた。
 開けた場所の真ん中に、女の子の後ろ姿が見える。僕は思わず、声をかけた。
「ねえ、誰?」
 返事はない。もしかしたら、さっきから聞こえているエンジンの音のせいで僕の声が聞こえてないのかもしれない。僕はもっと声を張り上げて、女の子に叫んだ。
「ねえってば」
 その声に気づいたのか、女の子がぐるっと回って僕に顔を向ける。
 けれど、そこにあったのは顔じゃなかった。
 体の前半分はまるで、片面が赤色、もう片面が茶色の折り紙をめちゃくちゃに切り刻んで人の体の形にばらまいたみたいに見えた。目も鼻も、口も何もかにも、区別できないくらい無茶苦茶だ。どう見たって、生きている人間じゃなかった。
 その時、僕のすぐ近くからとんでもなく大きなガサガサ、ひゅんひゅんという音が聞こえてきた。
 振り向くと、回転する籠みたいな道具と櫛みたいな金属、そしてフロントガラス越しに驚いた顔のおじさんが見えた。

『……これが、僕の話です』
 口々に感想を言い合う声が倉庫の中から聞こえる。
 どこかで聞いたことがあるような話だ。しかし、怪談をしに不法侵入をするような人間がいるとは思わなかった。
 兎にも角にも、勝手に入られて中のものを壊されちゃまずい。
 そう思った俺は戸の取っ手に手をかける。
「誰だ」と叫びながら戸を開け、真っ暗な倉庫の中に手を突っ込んで電灯のスイッチをまさぐる。ほどなくして俺がスイッチを入れると、数回点滅したのちに明かりが倉庫の隅から隅までを照らした。
 だが、その倉庫の中には誰も、誰一人いなかった。

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肝試し 2018年8月22日


『鬼を封じた』と言われる廃寺へ、肝試しに行ったグループ。だが、彼女は自分が同じところを通っていることに気が付き……。怪談四部作、三つ目の作品。

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「──これが私の話です」
 ぼそぼそ話す声が聞こえる中で、突然一番目の男の人が「結局、あの蛇は何もんなんか?」と女の人に聞いていた。
「わからないんですよね。彼に聞いたら、わかるかもしれません」
「ほうか。まあ、もしやあれかもしれんな」
 僕が「あれ、ってなんですか?」と聞くと、「いや、場所によっては大蛇の伝承、いわゆる昔話があってな……蛇の祟り、悪さを治めるために若い女をささげるということが昔からあったんよ。つまりは人身御供やね」という答えが返ってきた。
「じゃあ、贄って言ってましたし、そういうことかもしれませんね」
「かもしれん。それで、次はだれが話す?」
 そのとき僕の隣に座っていた、声の高い少女が手を挙げた。
「あ、じゃあ。あたしの知ってる話なんですけど──」

「今から行く場所は、ガチのマァジで、ヤヴァい場所だから」
 運転しながら、お調子者の秀平が変に抑揚をつけて、あたしたちを怖がらせようと変な声で話し始める。けれど調子が可笑しくて、助手席に座っていたあたしは思わず笑ってしまった。
「んだよ、香織。いまから怖い話しようってんのによ」
 興を殺がれた秀平が、拗ねてあたしに話しかけてきた。
「あんたの話し方が悪いんだって。で、ヤバい場所ってどういう意味よ」
 話し始めようとする秀平を遮って、あたしたちの中では真面目な啓太の「ある伝承がある場所だよ」という声が後部座席から聞こえてきた。
「おい、お前も邪魔すんのかよ」
「俺が話すから、てめえは運転に集中しやがれ」
 ぶりっ子の──あたしがそう思ってるだけだけど──七海が、「えー、啓太くんどういう話―?」と耳障りな猫撫で声で、七海の隣に座っている啓太にすり寄る。正直な話、あいつの声を聴くと気分が悪いっていうのに、秀平が七海を肝試しにさそったらしい。
──いつものことだけど、余計なことを。
 頭の中でぼそりと愚痴ってから、啓太の話に耳を傾けた。
「あの廃寺がある場所、江戸時代にあった飢饉のときに伝染病がはやったんだと。で、あの当時はそういうの全部、鬼とか恨みのせいにしてたからさ。寺に鬼を封じることで、伝染病を終わらせようとしたんだ」
 啓太が言うのだから、間違いないはずだ。けれど、鬼を封じるなんて方法で伝染病が収まるとは思えない。というより、鬼と言っても肌の赤い角の生えた虎柄パンツのイメージしかない。
「え、どうやったの?」
 あたしの質問に、啓太はすぐに答えてくれた。
「感染者全員を寺に封じて、餓死させたらしい。感染者は鬼が憑いたってことにして、鬼を祓うって名目で死ぬまで隔離したわけだな。あと脱走対策に寺の周りを鈴で囲って、脱走してもわかるようにしたうえで、脱走者は殺したんだとか。まあ、そんな現代でも通じる方法をとったもんだから、数週間もしないで感染は終息したらしい」
「えー、さっすが啓太くん。詳しー」
 七海の甲高い声に辟易しながら、後部座席をのぞき込んで「なるほどねえ」と頷く。
「おい、そろそろ見えてきたぞ」
 秀平の声が聞こえる。前方を見ると、いかにもという雰囲気を漂わせた墓地がヘッドライトの明かりに浮かんでいた。

 秀平に手渡された小さいペンライトを手のひらの上でもてあそぶ。明かりをつけて辺りを照らしてみると、軽い割にはずいぶん明るくて頼もしいし、結構な距離まで照らせるみたいだった。
「じゃ、一人ずつ行って」秀平が車のトランクから仏花を四つ取り出す。「こいつをそのお堂においてきて、戻ってくればオッケー」
「墓参りじゃあるまいし、仏花とはな」啓太が首をかしげる。「無縁仏をお参りするのは、あんまり褒められた行為じゃない。今まで誰も興味を示してこなかった場合は特に、な」
「お、ビビってんのか啓太」そういう秀平の声は震えていた。
 啓太がはぎとるように仏花を手に取り、「なに、そう言われてるってだけだ」
「……じゃ、行く順番はくじで決めるからな」
 秀平が取り出した爪楊枝製のくじを引き、順番を決める。あたしが一番、その次が秀平、七海と続き、最後は啓太の順になった。
「香織、お前が一番だってよ」
 啓太に背中をたたかれ、あたしは前につんのめる。
「ったく。レディに暴力なんて、嫌われるよ」
「お前がレディを騙るな」
 七海が「そんな力加減しない啓太君もかっこいー」とかなんとかいいながら、啓太に抱き付く。顔を見る限り、うっとうしく思っているのは啓太も一緒らしい。
「おい、仏花」
 秀平があたしに仏花を手渡す。あたしは左手に仏花を持ったまま、右手にペンライトの紐を巻き付けて外れないようにしてから、深呼吸を数回繰り返した。
──大丈夫。誰もいない、何もいない……。
 そう思いながら、気が落ち着くまで待つ。
 しばらく深呼吸していると、気分が落ち着いてきた。
「じゃ、いってくる」
 ライトで足元を照らしながら、あたしは墓地の入口へ歩いて行った。

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 あたしは手ごろな木の幹に手をついた。試しにライトであたりを照らしてみても、光が闇に吸い込まれてしまうみたいに三メートル先も見えない。まるで、ここだけ切り取られているみたいだった。
「どうして、どこまで回っても寺につかないの……」
 時計を見る。あたしが墓地に入ってから一時間。おかしい、いくら秀平とはいえ、こんな馬鹿みたいに長い肝試しをさせるとは思えない。
 考えたくない可能性に思い至って冷や汗が下着を濡らした。あたしはその考えを振り払う。
「くそ、本当に回ってるなら……」先ほど手をついていた木に、持っていた仏花を差し込む。「また、ここに戻ってくるはず」
 ライトで辺りを照らしながら、あたしは走り始める。
 光の中に浮かび上がる、古ぼけて風化した墓や折れたり朽ちたりしている卒塔婆、青々と茂った明らかに手の入っていない藪。何度見たかわかったもんじゃない。
 そんな風景を無視して走り続けていると、五分と走っていないはずなのに、仏花が刺さったままの木を見つけた。
「うそでしょ?」
 こんな馬鹿な話があるわけがない。一本道なのに、道に迷うわけがない。いよいよ、訳がわからなくなってきた。
 その時、携帯電話が着メロを奏でる。見ると、啓太からの電話だった。すぐにあたしは携帯を開いて着信ボタンを押し、電話を耳に当てた。
「啓太?」
『おい、香織。大丈夫か?』
 聞きなれた声に思わずへたり込む。あの声が、こんなに安心するなんて。
「おかしいの、同じ場所ばかり回ってる。どうやっても、お寺につかない」
『わかった、よく聞いてくれ。俺たちは全員、廃寺に着くことができた。だから、確実に寺はある』
「だよね。あたし、間違ってないよね?」
『ああ。だが……とりあえず、俺たちも探しに行くから。目印はあるか?』
 あたしはライトで辺りを照らしながら、目印になりそうなものを探す。けれど、先ほど仏花を刺した木以外、目印になりそうなものはなかった。
「えっと、大きな木がある。仏花が挿してあるから、それが目印になると思う」
 何時間にも感じるほどの、長い間。誰かと話しているのか、ひそひそという声も聞こえてくる。
『道の……なんてあっ……か?』
『啓太君……見て……よ』
『俺も昼間に下……ない。あいつ……いるんだ』
 やっと、啓太が口を開いた。
『分かった、木だな。そこで待ってろよ、何があっても動くんじゃ──』
 突然、電話が切れる。慌てて画面を見ると、アンテナがゼロ本。
 圏外だ。
「は? うそでしょ? なんでこんな場所で? え? さっきまで通じてたじゃん」
 震える指で電話帳をたどって、登録しているはずの啓太の電話番号を探す。
 その時だった。
──ちりん。
「え……?」
 今まで一度も聞こえてこなかった、ぞっとするほど澄んだ、鈴の音。でも、どこから聞こえてくるのか分からなかった。
──ちりん、ちりん。
 その音が、全身の毛をそばだてた。ペンライトで辺りを照らしてみるものの、音の原因らしいものは見つからない。
「なに……?」
──ぢりん。
 いくつも連なった鈴が一斉に鳴るような不協和音。あたしはこの時、啓太の話していたことを思い出していた。
『脱走対策に寺の周りを鈴で囲って、脱走してもわかるようにしたうえで、脱走者は殺したんだとか』
「うそ……でしょ?」
 もし、この音が廃寺から聞こえてくるのだとするなら。
 そして、廃寺の中から感染した人たちが這い出ようとする音なら。
──ぶちぃ。
 太い縄がちぎれるような音。
 その瞬間、下半身から力が抜けるのを感じる。何とか立とうとしたけれど、腰が抜けてしまったようだった。逃げないといけないという焦り。どこに逃げればいいのかわからないという恐怖。その二つが、あたしの体を乗っ取ってしまったみたいだった。
 そのまま茫然としていると、ふと気配を感じて振り返る。
 そこには、『鬼』がいた。
 耐えがたいほどの怒りと苦痛を表すかのような赤い肌と、筋骨隆々の体躯。腰には申し訳ない程度のぼろ布。けれど頭の部分には、やせ細ってしわくちゃになった老若男女の顔が、目や鼻がかろうじてわかるくらいに詰め込まれていた。
 その鬼が、あたしを見下ろしていた。
 あたしかそれとも鬼か、息を吸い込む音が聞こえる。同時に携帯を落とした音が、地面の方から聞こえてきた。
「あ、ああ……」
 目の前の非現実に、無意識に喉の奥から声が出た。
 不意に鬼があたしをつかんで肩に担ぎ上げる。そのまま、どこかに向かって歩いて行った。
 あたしは抵抗することも声を上げることも忘れて、鬼に担ぎ上げられるまま、自分のことではないかのように外側からその光景を眺め続けていた。

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盆踊り 2018年8月17日


彼氏と一緒に祭に出かけた女性は、ある祭で催された盆踊り大会に参加することを決めるが……。怪談四部作、二番目の物語。

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「──これが、俺の話だ」
 口々に話の感想を言い合う。頃合いを見計らって、あたしは「じゃあ、次は誰?」と促した。
 すると、あたしの対面に座っていた女の人が──面白いことに、今回は男女が二人ずつバランスよくそろっていた──手を挙げた。
「じゃ、あんたの話を」
「わかりました。これは、盆踊りに参加したある少女……というには、少し年を取り過ぎていますが。そんな女性のお話しです──」

「向こうに焼きそば売ってたけど。凛香、食べる?」
「もうお腹いっぱいだし……あ、りんご飴」
 彼があきれたように肩をすくめ、「おかしいな、お腹いっぱいって言ってなかった?」
「甘いものは別腹だよ。おじさん、りんご飴二つ」
「あいよ」
 手渡された二つのりんご飴の代わりに、100円をおじさんに手渡す。
「え、二つ食うの?」
「そんなわけないでしょ」りんご飴を一つ、彼に手渡す。「はい。祐樹、あんたつまみ食いするんだから。先に渡しちゃおうと思って」
 受け取って「一人で一つ食うのはつらいんだけどな」なんてぶつくさと言いながらも、りんご飴をなめ始めた彼を眺めつつ、私は自分のりんご飴にとりかかる。少し甘ったるいけれど、酸味の強いりんごの部分に差し掛かると味がちょうど釣り合う。この味がたまらない。
 その時、近くのスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。
『七時から盆踊り大会を開催いたします。飛び入り参加も歓迎ですので、奮ってご参加ください』
「盆踊り大会だって」
 彼が頬を掻く。
「へえ、盆踊りか。そういえば、盆踊りって昔は鎮魂の意味があったんだって」
 そんな話をされると、少し怖くなってくる。もちろん彼にそんな意図はないのだろうけれど、空気を読まないのが彼だ。それに、私が無類の怖がりだと知っているはずなのに。
「盆には死者が帰ってくるから?」
「そうそう。お面かぶったりして人相を隠すことで死者に扮し、そうして踊り始めるってやつ。ただルーツが多すぎて、地方ごとにいろいろあるんだ。地元で信仰している神への捧げものとしての踊りって意味もあるみたいだし」
 相変わらず、そういう雑学に詳しい。私が頷いていると、「まあ、今じゃそんな風習廃れてるけど。むしろ地元でのコミュニケーションの場として使われる方が多いだろうね。江戸時代とかは男女の出会いの場だったらしいし」と補足した。
「じゃあ、死者に連れていかれるなんてことはないんだね」
「そんなの怪談の中だけだよ。円を描くのって、宗教的な意味は強い行為だけど」彼が首をかしげる。「まさか、怖かったの?」
 私は気まずさから目をそらす。どうせ気づかれるだろうけど。
「まあ、あくまで伝承だから。大丈夫だよ。怖くない、怖くない」
 いくらフォローがあったところで、今の話を聞いた後に一人で踊るのは怖い。
「一緒に踊ってくれない?」
 彼の手を取って誘ってみるけれど、彼は首を横に振った。
「踊り苦手だし……大丈夫だって、俺も見てるから」彼が肩を軽くたたく。「ほら、参加したいなら行ってきな」
 心細いまま、私は頬を膨らませた。
「私になんかあったら、あんたの責任だからね」
 気のない彼の、「はいはい」という返事。私は彼にあっかんベーをしてから、盆踊りの集団に向かっていった。
 歩きながら周りを見ると、水色や藍、赤のような色とりどりの浴衣や甚兵衛を来た人たちが、ぞろぞろとやぐらの周りに集まってきていた。中には洋服の人もいて、ちらりほらりと近所のおじさんやおばさんの姿も見える。
 もう一度、彼の方を見て手招きすると、彼は首を横に振って手を振り返す。やっぱり、一緒に踊ってくれないみたいだった。

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 夜の七時を回ったころ。
 最後に聞いたのはいつだっただろうか、なんとなく聞いた記憶のある音頭が流れ始める。それと同時にやぐらを中心にして、私たちはぐるぐると回り始めた。
 なんとなく体が覚えている踊りとともに、私はさっき聞いた話のせいで怖いの半分楽しいの半分のまま、踊りつづける。
 どうしてあのタイミングであんな話をするのだろう、なんてことはとっくの前に考えるのをやめていた。なんて言ったって、彼は私がトイレに行く前に『赤い紙青い紙』の話をしたり、古ぼけた非常階段を昇っているときに『魔の十三階段』の話をしたりするのだから。
 加えて、本人に聞いたけれど私を怖がらせる気は全くないらしいので、なおのこと質が悪い。
 ふと、いつの間にか聞きなれない音頭に代わっていた。太鼓や鈴、笛のような音も混じっているようで、なんとなく古ぼけた感じがするのは気のせいだろうか。
 踊りながら周りを見渡す。すると、周りにいる人全員が白装束を着込み、歌舞伎の女形のように白粉を塗っていた。
 いつの間に着替えたのだろうか。それとも、踊り子が代わったのだろうか。けれど、そんなタイミングもアナウンスもなかった。いくら物思いにふけっていたって、アナウンスを聞き逃すとも考えられない。
「あれ……?」
 ぼそりと呟く。その時、音頭と踊りが止まった。
 勢いあまって前の踊り子にぶつかり、「ごめんなさい」という声が出る。すると、私がぶつかってしまった踊り子が、私の方を振り向いた。
「生者か」
 ここら辺では聞いたことのないイントネーション。声からして、女性だろうか。
「はい?」
「生者か」
「え?」
 その時、肩をつかまれる。振り返ると、白粉を塗った別の踊り子に肩をつかまれていた。
「生者だ」
 女性とは思えないくらい強い力。骨が折れるかのような痛みが、肩に走った。
「痛っ」
 何とか逃れようと体を振るけれど、拘束はほどけそうにない。周りには「生者だ」という声とともに踊り子達が集まり、体中のありとあらゆるところをつかみ始めた。
 何度も何度も「離して」と叫んだものの、踊り子たちは離してくれない。誰かに助けを求めて叫んでも、彼女たちの輪唱に阻まれてしまうのか、誰も声をかけてくれなかった。
 私はもみくちゃに引っ張られながら、中央にあるやぐらだった場所に連れていかれる。
 けれど、そこに建っていたのはやぐらではなかった。
 まるで神社の本殿のような場所。でも、そこにいたのは木の幹よりも太い胴体を持った、茶色い蛇だった。
「贄か」
 思いもよらない、現実ではありえない光景に足がすくみ、その場に崩れ落ちる。頭が真っ白になって、どうすればいいのかもわからないまま、私はその蛇と目を合わせていた。
「頂こう」
 蛇が首をもたげ、車ほどもある口を大きく開ける。まるでゾウの牙のような白い牙、血にまみれたかのような赤い口。そして奥には、無間にも等しい黒い闇。
 そうして、動けないまま口を見つめていた私の目から、色が消えた。

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海辺 2018年8月15日


怪談をするために集まった四人。そのうちの一人が、「地獄の釜の蓋が開く」とされる、お盆の海辺を散歩した男の話をし始める……。怪談四部作、一つ目の物語。

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 真っ暗な部屋の中で、私たちは円を描くように向かい合っていた。それぞれの顔も体も見えない、声しか聞こえない空間。
 ふと息を吸うと、濃密な海のにおいが鼻に残る。海藻の乾いたような、体にまとわりつく塩気のある臭い。同時に空気が湿り気を帯びているように感じるのは、私たちがいる場所の近くに海があるからだろうか。
「じゃあ、だれから話す?」
 参加者の一人が、声変わり前のざらざらとした声で皆に呼びかける。すると、私の隣に座っていた男が「ならば、俺が話そうじゃないか」と声を上げた。
「では、一つ目の話ですね」
「これは、ある一人の男が体験した話なんだが──」

 盆の夜、親戚が集まって酒盛りをしている最中、俺は外に出てあたりをぶらぶらと散歩していた。
 というのも、俺の親戚というのはどうも酒癖が悪く、宴もたけなわになると下戸の俺にすら酒を飲ましてくるのだ。元より酒癖の悪い父親を見てきて、さらには酒も飲めないともなれば、飲まされるのを嫌うのも当然のことで。
 俺は一人宴会を抜け出して、こうやって夜風を浴びに来たのだった。
 ふと、前を見ると自転車の前照灯が見える。ほどなくして、俺と同級生だった美紀が自転車に乗っているのがわかった。
 自転車が俺の目の前で止まり、美紀が下りてくる。
「あれ、一郎。なんでこんなところにおるの?」
「なんだ、夜の散歩にすらお前の許可がおるのか。それに、お前も人のことは言えまい」
 暗くてよく見えないが、たいていこういう口の利き方をすると美紀は怒って頬を膨らませる。今日もきっと、そうだろう。
「叔父さんたちのお酒が無くなっちゃったから、鈴木さんのところで買い足しに行くんよ。そいで、あんたは何してんのさ」
 鈴木さんというと、商店街で酒を売っているあのおじさんのことか。確かに、ここで酒を買うとなるとあの人くらいしか思いつかない。
「おっさん達から逃げてきた。で、夜の海でも見に行こうかと思ってな」
 不自然な間。
「……やめたら? というより、買い物付き合ってくんない?」
 俺は顔をしかめる。自分のすることに口出しされたというのもあるが、美紀がこういう時は何かあるときなのだ。寺の娘だからというのもあるのだろうが、危ないことに対する嗅覚は、俺の知っている誰よりもよく利く。
「なにかあるんか?」
「あんたは信じない気がするけど、盆の海は地獄の釜の蓋が開くんよ。小さいころ言われんかった、『盆の最中は、海で泳ぐんでない』って」
「迷信だろう。確かに盆の最中に海で泳いで死んだやつは多いが……見に行くだけなら、危なくもなかろうよ」
「そうでもないんよ。檀家さんにもおるんよ、夜に海から腕が出てるの見たって人」
 俺は頬を掻く。美紀はうそをつくような子でもない、というよりは嘘が苦手だ。こいつのせいで、悪ガキだった俺は何度先生から殴られたことか。
「ふうん……」
「それにさ、うち一人で夜の街歩くの怖いからさ。あんたが一緒に来てくれりゃええかな、って」
 その言葉に思わず笑う。
「お前を見たら、どんな奴でも逃げるわい。露出狂を巴投げしたのは、どこの誰だった」
 怒ったような「あれはまた……」という声の後、「まあ、とりあえず止めたかんね。なんかあったら、うちのところ来るんよ」
「わかったわかった。なんもないとは思うがな」
 美紀が自転車にまたがり、俺に手を振ってから商店街の方に漕ぎ出す。俺はというと、その後ろ姿を見送った後、砂浜に向けて歩き出した。

 昼間には海水浴客であふれる砂浜も、今は人っ子一人おらず、聞こえてくるのは波の音だけだった。とはいえ遠くに目を凝らすと、貨物船かなにか、大型の船の常夜灯が見える。
 俺は砂浜に腰を下ろす。海風が気持ちいい。台風が通り過ぎたおかげで天気が良くなったからか、海の様子も穏やかだ。元より入る気はないが、泳いでも溺れるとは考えにくい。
 ぼんやりと見える地平線を見つめながら、俺は美紀の話を思いだしていた。
 確かに『盆の海には入るな』とは昔からよく言われ続けてきたのだ。いつもは飲んだくれている父親も、盆の時に海に行こうとした時だけは血相を変えて引き留めてきた。それに、盆が終わると必ずと言っていいほど、河口に水死体が流れ着いたというニュースを見てきた。
「盆には地獄の釜の蓋が開く、ねえ……」
 いくらでも科学的な説明はできる。盆の時はああやって宴会をするせいで、酒が入る。すると体温調節のタガが外れて熱くなった酔っぱらいは、海に泳ぎに行こうと言い出す。そうして泳ぎに行くのだが、アルコールは運動能力を低下させるのだ。さらに、夜は視界が利かないせいで、溺れていても気づかれにくい。
 だから幾ら泳ぎが得意でも、盆の海に繰り出してしまうと溺死する、というわけだ。
「簡単な話じゃないか」
 ぼそりと独り言つ。それでも美紀が檀家から聞いたという、海から出てきた手の話は説明がつかないのだが。酔っぱらいの見間違い、それだけで片づけていいものか。
 ふと、俺の目に何か白いものが写る。
 そっちの方を見ると、海からにょっきりと白い腕が生えていた。
「なんだ……?」
 もしかして、溺れた人かもしれない。だとしたら、助けに行かないと。
 そう思って立ち上がった瞬間、金縛りが俺を襲った。
 息ができない。指の一本も動かせない。ただ見開いた眼で、生えている白い腕を凝視することしかできない。
 そのまま白い腕を見つめていると、腕の近くから一本、また一本と腕が伸びる。どんどん、どんどんと何本も腕が生えてくる。
 さして時間もかからず、海から生えてきた腕は白波と取って代わる。その光景を息も出来ずに眺めて居た俺へ、白い腕は手招きし始めた。
 それと同時に、足だけが海に向かって勝手に動き始める。まるで、自分が操り人形になったかのような感覚。自分の意志に反して体が動く感覚を体験するのは、初めてだった。
──このままじゃ、海にはいっちまう。
 抵抗しようにも、体のどこも動かない。俺の足はすでに海の中に浸っていた。スニーカー越しに、夏なのに妙に冷たい水の感触を感じる。
──止まれ、とまってくれ。
 そう考える間に、すでに膝まで浸っていた。
 水の流れに足を取られ、バランスを崩す。溺れそうになりながら必死に海の中で目を開くと、水の中には、腕だけがミミズのように蠢いていた。
 泡沫と化した悲鳴が、口からあふれ出る。
 俺は腕に捉まれて、そのまま暗い海の底へと引きずり込まれていった。

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