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未来から来た男 2019年9月28日


大ヒットした新作モキュメンタリー・パニック映画、その監督兼脚本家が語るところにはある人物から聞いた妄想が元になっているというが……。

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  清浄な空気漂う会議室で、私は白い壁に囲まれながら座り心地のいい椅子に腰かけていた。汚い物などありはしない、清潔で正常な世界だ。

 今日は私が手掛けた映画の大ヒットを記念して、週刊誌からインタビューをしたいという依頼が来た。作品を作るのはもちろん人の注目を集めるのも好きな私は、それを好機と依頼を受けたのだった。十数年、下積みを積み重ねて続けてやっと得た名声。それを存分に使って、一体何が悪いというのか。

 ほどなくして、若い記者がメモ帳とICレコーダーを片手にもって会議室に入ってきた。

「こんにちは。映画のヒット、おめでとうございます」

 爽やかな声で記者が話しかけてくる。私は謙遜するように「いやいや、周りのスタッフのおかげですよ」

 椅子に座ったあとに、緊張をほぐすためなのか軽い世間話をしてから記者が「それではインタビューを始めさせていただきます。ICレコーダーで録音してもよろしいでしょうか?」と尋ねてくる。私は構わないという意志を込めて、首を縦に振った。

 それから十数分ほど製作の苦労や映画のコンセプトなどを事細かく聞かれ、存外色々な事を聞かれるのだなと考えながら、私は記者が投げかける質問に覚えている限りのことを話した。

「監督は脚本も手がけられていましたよね。近年では様々なパニック映画が出ていますが、監督の映画は驚くほど仔細な社会が描かれているために評価されたと言われています。それを考えるにあたっての苦労されたことをお聞きしたいのですが」

 私は少し頭を傾げて考える。ここで全て私の想像だといえば、希代のモキュメンタリー作家になれるだろう。ただ、周囲の期待を自分の実力以上に跳ね上げてしまえば後々創る作品の評価に落差を生み出してしまうし、あの男がいつ「これは私が考えたストーリーだ」といいだすか分かったものじゃない。

 それならば、真実を話してしまった方がいいだろう。

「実はこの話は一年ほど前に出会った、とある方からお聞きした話が元なのです。もちろん幾つかの点において脚色はしましたが、その方が思いついたストーリーが骨子となっています。要は原案者ですね」

 記者が興味をそそられたように前のめりで私に訊ねる。

「とある方、とは?」

「お名前などは分からないのですが、ある日私がバーで飲んでいるときに出会った方なのです」

 

 私は寂れたバーで一番安いブランディを飲みながら、なにか脚本のアイデアが思いつかないものかと酔った頭をフル回転させていた。ここ最近、書く脚本、書く脚本、すべて取り下げられていて、いい加減フラストレーションが溜まっていたのだ。

 しかしまあ、素面でも思いつかないのだから酔った頭でなど思いつくわけもなく。

 いっそ自主製作映画にでも手を出すべきか。スタッフやキャストは学校時代の知り合いやそこらへんをぶらついている役者のたまごを引っ張ってくればいい。問題は予算だ。いくら低予算でやるといっても、レンタル機材云々だけでも十数万。人件費まで含めれば数十万だ。長い映画を作るともなると、もう一桁は必要だ。

 斜陽化した映画業界とはいえ、アルバイト代も含めればとりあえず生活する分の稼ぎはある。とはいえ、ポンと数十万円を出せるほどの貯蓄は出来ていない。誰かから借りるとかプロデューサーを見つけるとか資金調達の方法は思いつくが、前者は映画がヒットしなければ借金を背負うだけだし、後者に至っては名の無いセカンドに目を付けてくれるプロデューサーなどいないだろう。

 私の慎重な性格も問題なのだ。確実にヒットすると分かっていれば借金の一つや二つ背負うものの、映画の世界はそれほど甘くはない。それをわかっているから、リスクを犯せないのだ。

 ため息をつく。映画業界に憧れて入ったものの、ここまで厳しい世界だとは。自分の想像を作品にするのがこんなに大変だとは。

 そのとき、ドアベルがカランカランと鳴る。こんな平日ど真ん中の深夜にここに来る客がいるなんて珍しい。

 ドアの方を見ると、ボロボロの服を着た如何にもホームレスという風貌の男が立っていた。

 意図せず男と目があう。関わりたくないという私の思いを無視して、男はおぼつかない足取りで歩いてきて、私の隣に座った。

 汗の饐えた臭いと何かが焦げた臭い。微かに肉を焼いたような美味しそうな臭いもする。

「……おい、あんた聞いてくれよ」

 逃げ腰になりながら、この場から逃げて変に男を刺激したくなかった私は「なんだ」と答えた。

 見た目とは裏腹に呂律も発音もはっきりしている男は、「二年後だ。二年後、世界が崩壊するんだよ」と言い始めた。

 ホームレスみたいな男のいうことだ、おそらく何かショックなことがあって冷静ではないのだろう。そう思って聞き流そうとした私は、メモも何も出さずにカウンターの頬杖を突いた。

「あれはオリガルヒが石油プラントの開発を続けているシベリア奥地に建設された石油採掘場で、倒れる従業員が続出したのが始まりだった。今から半年後の話だ」

 オリガルヒという聞き慣れない言葉に内心困惑しながら──後で調べたところによるとロシアの新興財閥だとか──私は妙に話が具体的だなと思いつつ、まだホームレスの妄想だと考えていた。

「当初、連中はそのことをロシア政府にも隠そうとしたんだ。なんせ、何億バレルもの石油が埋蔵されていると地震探鉱が告げていたからな。そいつの価値は計り知れないし、自分たちで何とかなると考えてもいたんだ。でも一年後、従業員の半数以上が倒れて、政府に頼らざる得なくなった」男が乾いた唇を舌で湿らす。「政府は保健・社会発展省から人員を派遣したが、その頃には周囲の村や別の採鉱会社にもその症状は広まっていた。状況を重く見た政府は管轄を民間防衛・緊急事態・危機管理局に移したうえで特別対応チームを結成した。それでもあいつらは封じ込めに失敗したんだ。石油採掘会社はシベリアの永久凍土で眠ってた古代のウイルスを掘り出しちまったんだよ」

 私は一旦彼の話を止めさせ、バーテンダーにウィスキーと軽食を注文し、ポケットにいつも入れているICレコーダーとメモ帳を取り出した。私の中のアンテナが、これはいいストーリーになるということを告げたからだ。

 とりあえず今まで聞いた話をメモに書き写し、録音していいかを聞いてからICレコーダーを起動する。男の方はというと、自分の話が後世に伝わるならどんなことをしてくれても構わないということだった。

 注文した軽食を食べるよう促すと、よほど腹が減っていたのかあっという間に皿の上の料理を平らげウィスキーを飲み干す。もっといるかと聞いたら、まずは話してしまいたいということだった。

「大監督として知られてるあんたにこの話が出来て良かったよ」

 軽食を食べ終わった男がそんなことを口走る。それが嫌味なのか誰かと勘違いしているのか判別がつかなかった私は、「とりあえず話を続けてくれ」と促した。

「WHOも動いて何とかしようとしたんだ。でも、飛沫感染もすれば潜伏期間も長いあのウイルスを封じ込めることはできなかった……」何かを思い出すように小刻みと震え始める。「飛行機に乗ったキャリアは世界中に飛んでいって、そこら中を血の海にした。あのウイルスは潜伏期間が長いのに発症後24時間で肺をぶっ壊す。だからあっという間に広がっては、辺りを血に染めるんだよ。口から血を溢れ出させるんだ」

 素人が考えた妄想にしては本当良く出来ている。技術的には映画で表現可能なのも尚の事都合がいい。

「それで何人も、何人も死んだ。ワクチンを作る間もなく、呼気に混ざって広がるウイルスを止めることも出来ず。国もあっぷあっぷしはじめて、ついに感染者を集めて生きたまま燃やし始めた」男が手で顔を覆う。「そんなことをしても感染拡大は抑えきれなかった……政府上層部も死にはじめて……ウイルス発掘から一年半後には世界中の殆どの人間が死んでいた……」

「そうかそうか」

 私は気のない返事をする。どうせ妄想ではあるのだが、慰めるくらいの事はしていてもいいだろう。といっても私は男の心情などに興味はなく、興味があるのはこの話を映画化していいのかどうかという話だけだった。

「俺は……俺は……」男がぶるぶると震え始める。「上に言われて、妻を、息子を、息子の友達を、妻の両親を……」両手で煤けた顔を覆う。「焼きただれて赤と黒の混じった肌、閉じなくなった瞳、髪の毛の焼ける臭い……」

 突然叫び声をあげた男は椅子を蹴るようにして立ち上がり、ドアへ向かってまるで獣のように走ってそのまま外に出ていった。

 残された私とバーテンダーは目を合わせたまま、目の前で起きた事態を飲み込めず、しばらく呆然としていた。

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「──という話があったのです。もちろん、彼には映画化していいかなんて聞けていません。だからこそいくらかオリジナリティを足し込んで、『私の物語』にしたのです」

 それからすぐさま脚本を書き上げた私はコネと信用を最大限に使って、多大な借金を背負いつつ映画を作った。結果は大成功、借金もあっという間に返済できた。それくらい、彼から聞いた話は大成功したのだ。

 熱心な記者は頷いて、「映画には元々会社員として働いていたものの、崩壊しつつある世界で遺体焼却のボランティアをさせられている男がいましたよね。もしかしてモデルはそのお話を聞いた方なのですか?」

「ええ。名前も知らないとはいえ原案者に近い彼に、せめてものリスペクトを示したかったのです」

「なるほど……」記者がメモ帳に何かを書く。「それで監督のことについてなのですが──」

 それからまた、私の出で立ちや映画作りにおいての考え方などを聞かれ、インタビュー開始から数時間後にやっと私は解放された。

「本日はありがとうございました」

 ICレコーダーを切り、メモ帳を仕舞った彼が座礼する。

「いえいえ。色々な話が出来て良かったですよ」

「記事になったら原稿を送りますので、確認をお願いします」

「よろしくお願いします。原稿が楽しみです」

 私たち二人は立ち上がり握手を交わしてから、一緒に会議室を出ていった。

 

 帰り道、私がスマートフォンでニュースを見ていると、『シベリア、謎の感染症発生』という記事が目に入った。

──まさか、偶然だろう。

 じっとりと冷や汗を掻きながら、気になった私はリンクをタップする。

──シベリアで謎の感染症が蔓延、ロシア政府は緊急事態を宣言……。

 そこには、あの男から聞いた話とほとんど同じ話が書いてあった。

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