スパークリングホラー
怖い話を集めてみた感じのサイト☆(無断転載禁止)
Menu

呪い Side-N 2019年3月17日


夏美は毎日睨みつけられるような感覚に襲われ、次第に体調も悪化していった。ある日、彼女は古い友人で霊感の強い愛美から、「どうも男性関係が原因で呪われている」と教えられるが……。

広告





 首が手のひらに包まれる、和紙で皮膚を撫でるような感覚。細く冷たい親指が首の後ろに当てられ、しなやかな長い指が小指から人差し指まで順番に首に巻き付き、ゆっくりと私の首を締め上げて……。
 叫び声をあげて飛び起きる。いつものように、反射的に首に手を触れる。当然、何もついてない。
 荒い息を整えながらベッドの近くに置いてある時計を見ると、仄かに光る時計の針は午前二時半を指していた。
「また……」
 ここ最近、ずっとこうだ。眠りと覚醒の間にいるような状態に叩きこまれたと思ったら、首に細く長い指が巻き付いて締め上げてくる夢を見る。そして飛び起きて時計を見ると、午前二時半。必ず、この時間だ。
 ため息をついてもう一度横になろうと掛け布団を被る。けれど興奮して目が冴えた今の状態じゃ、中々寝付けそうになかった。
 赤ちゃんのようにうずくまる。いったい私に何が起きているのだろうか。ここ最近、これを除けば不安になるような事は一つもない。過去に経験したことがないほど、気が抜けてしまいそうなほどに順風満帆なのに。
 友達の蓮花に相談してみたこともある。もちろん話は聞いてくれたし、重荷が無くなったような気もするのだけれど、何も解決しなかった。
 一度、精神科に行った方がいいのだろうか。もしかしたら、自分で気が付かないような何かが心の中で起きていて、そのせいでこの症状が出ているのかもしれない。
 でも精神科は怖い。よく言われるような事のほとんどが嘘だと聞いたことはあるけれど、何処に行けばいいのかとか何をされるのかとか、分からないことばかりだ。
──もっと症状がひどくなったら、行きましょう。
 そう決めてから数回深呼吸を繰り返すと、何となく心が落ち着いた。
 日々の睡眠不足が祟って、瞼があっという間に重くなっていく。私はまた、眠りの中に落ち込んでいった。

「ちょっと夏美、大丈夫? 顔色酷いよ」
 同僚の蓮花が箸の先を私に向ける。口の中には昼ご飯が入ったままで。
「せめてご飯飲み込んでから話してよ」
「飯飲み込むより、あんたの顔色の方が問題でしょ。本当、酷い顔してる」
 適当に冷凍食品と白米を詰め込んだ弁当箱の上を私の箸が彷徨う。どうしよう、あまり食欲がわかない。
「最近、変なことがあって寝れてないの」
 そうぼそりと呟くと、彼女が不安そうな表情を浮かべて、「ああ……あの、首を絞められるだったかそんな感じのこと?」
「そう」とりあえずご飯を少しだけつまんで、口に放り込んで飲み込む。味がしない。「でも、大丈夫だよ」
 彼女がご飯を口の中に掻き込んでから、「どう見ても大丈夫じゃないけど。飯食えなくなったら動物は死ぬんだよ」
「あはは……」
 はっきりとしない笑いをあげると、彼女がもう一度箸で私を指した。
「洒落じゃないって。昔から色んな動物飼ってきたけど、衰弱して死ぬ前には必ず飯を食わなくなったんだから」
「そんな。私は──」突然、肋骨が肺に刺さったかのような痛みが左胸を襲う。
 息が出来ず、思わず屈みこむ。
 カランカランと、箸の落ちる音が聞こえる。
「ねえ、ちょっと夏美」
 彼女が慌てて、私のことを支えてくれた。無理矢理息を吸い込むと、パキンという音とともに胸の痛みが不意に引いていった。
 屈みこんだまま、荒くなった息を整える。
「大丈夫?」
 私は頷いて顔をあげたけれど、彼女は心配そうな顔で「病院行ったら? 着いてってあげるからさ」と続けた。
「大丈夫だよ……いつものことだから」
 ここ最近の話だ。今と似たような症状が何度も何度も、時と場所を選ばずに私の胸を襲う。とはいえ、しばらくすると落ち着くし痛い他に何かがあるというわけでもない。
 多分、最近寝られていないことが原因なのだろう。それに、病院に行ったところで正体不明とか神経痛とか、そう言われるに違いない。そんな事を聞くために病院へ行くのは、お医者さんも迷惑だろう。
「本当?」
 先ほど落とした箸を拾いながら頷く。ふと腕時計を見ると、もうそろそろ昼休みが終わる時間だった。
「蓮花、もう時間だよ」
「え? ああ……」
 私はほとんど手をつけていない弁当箱を手早く片付け、彼女と一緒に仕事場へと走っていった。

広告





 仕事を終えて──私のいる部署はそれほど激務ではないので大抵は定時に帰れるのだ──最寄り駅に向かっている最中、私は後ろから声をかけられた。
「ねえ、夏美じゃない?」
 どこかで聞いたような特徴のある高い声。振り向くと、ブリーチ特有のくすんだ金髪をした、見たことのない顔をした女性がニコニコと笑って私の顔を見つめていた。かなり化粧が濃いみたいで、それなりに離れているはずなのに化粧品の粉っぽいにおいが鼻につく。
 私は首を傾げて、「誰ですか?」
「斎藤愛美だよ。高校まで一緒だったじゃん」
 確かに小学校から高校まで斎藤愛美という友達がいた。けれど、彼女はこんなにけばけばしい化粧をしていなかったし、校則がそうだったというのもあるけれど黒髪だった。なにより彼女は派手好きというよりはむしろ地味な子だったはずだ。
「あ、もしかして私がめっちゃ化粧してるからわかんないとか?」
 疑問符を頭の上に浮かべている事に気が付いたのか、彼女はそう訊ねてくる。
「ええ。私の知っている愛美さんはそんな……」
「ちょっと大学で色々あってねー」彼女は屈託のない笑顔──声をかけられてから初めて見る、愛美らしい顔だ──を私に向ける。「あ、もし時間あるならさ。ちょっと話してかない?」
 通勤にはそんなに時間もかからないというのもあって時間はあるし、この時間帯は帰宅ラッシュの関係で電車の中も混む。時間を潰せるのなら歓迎だ。なにより愛美は昔から勘が鋭いというか、いわゆる霊感を持つ子だった。彼女のおかげで、何度か私も救われたことがある。
──もしかしたら、今の私に起きていることに何か説明をつけてくれるかもしれない。
 そんな、藁にすがるような考えが、私の頭を上下に揺らした。
「じゃあ行こ。ここらに私の行きつけのカフェがあるからさ」
 彼女が笑って歩き始める。私もそのあとを追っていった。

 街中によくあるチェーン店のカフェで、私はカフェラテに口をつけた。けれどミルクでも消しきれないエスプレッソの酸味に、思わずえづく。前はそんなことなかったのに。
「随分具合悪そうね」彼女はロイヤルミルクティーを一口飲んで、「まあそんな状況じゃ無理もないか」
 彼女の独り合点に、私は顔を顰める。
「どういうこと?」
「夏美、あんた最近変な夢とか突然の痛みとかそういうの無い?」
 一転して私は目を見開く。何で彼女がそのことを知っているのだろうか。
「どうしてそれを?」
 彼女がコーヒーカップを置いて、私の肩越しに目線を向ける。
「うーんとね、恨まれてるって言うか……呪われてるっていうべきかな。夏美の背中にべったり女が張り付いてる。で、その女が首を絞めたり心臓をかき乱したりしてるのが不調の原因」
 私は働かない頭を巡らせてみる。けれど、そんな恨まれるような事をした覚えはない。確かにあれだけ順風満帆なのだから多少は妬まれているだろう。でも、そんな呪われるほどのことをした覚えはない。
 彼女が嘘をついている? いいや。こういうことに限れば、彼女は嘘をつかない。それだけは確かだ。それで何度も救われてきたのだから。
「誰がやってるとか、分かる?」
 彼女が首を横に振る。
「流石にそこまではね……今ある道具じゃわからない。でも、男性関係みたいね。このまま放っておけば彼氏にも影響が出るから、別れることも考えて」
 私は彼女から目をそらして、机の上にある冷めたカフェラテを見つめる。
 彼のことはもちろん好きだ。だから、彼まで巻き込まれてしまうのなら、別れることも考えないと。でも好きだからこそ、別れるなんてことを考えたくはない。別れずに何とかする方法はないのだろうか。
「別れたくは、ないかな……」
「まあ、そうよねえ」彼女が真っ赤な鞄から一枚の紙を取り出して机に載せる。お札くらいの大きさをした半紙に何か文字を朱墨で書いてあるようだけれど、何を書いてあるのかはさっぱりわからない。
「これは?」
「お守り。これをいつもは枕の下に入れて寝て。ただし新月の日には夕暮れから夜明けまで枕の下から取り出すこと」
 そういえば高校時代、私が面倒な男に絡まれていた時も彼女はこうやっておまじないを教えてくれた。その男は結局、暴行事件を起こした挙句に学校を退学になって、二度と私に関わってくることはなかった。
 今回もきっと、そういうようなものなのだろう。なにより彼女がくれたのだから。
 私はお守りを受取って、バッグにしまう。
「ありがとう」
「気にしないで。いつもそうやって来たじゃない」
 彼女は見慣れた、純粋そのものの笑みを浮かべた。

 それからしばらくして。
 私は悪夢や謎の痛みから解き放たれて毎日ゆっくりと寝られるようになり、それに伴って体調もみるみる復活していった。花蓮や他の同僚からも、「前に比べればずいぶん元気そうに見える」とお墨付きをもらうくらいに。
 けれどそれと同時に、私と彼の距離は離れていった。体調が回復するにつれて、彼と私の予定が被ったり久々に会えると思ったら彼が体調を崩したりと、そういうことが増えたのだ。
 初めの方はどうしようもないことだと思っていた。彼も忙しい人だし、前々からそういうことはあったから。
 けれど日が経つにつれて、どうにもおかしいと思い始めた。あまりに彼と私の予定が合わないし、彼の体調がかなり不安定だ。それに一度、体調を崩しているということだったので看病に行こうかと聞いたら、怒気をはらんだ声で「来なくていい」と言われたこともある。
 好きなのは変わらないけれど、モヤモヤとした疑惑を抱えながら誰かを好きで居続けるのは難しかった。結局、胸に秘めているものが漏れ出てしまっているのか、彼との距離は日に日に離れていった。

 ある休みの日に街中を歩いているとき。私の目は信じられないものに釘付けになった。
 仕事中のはずの彼が私服を着て、道路の向こう側を歩いていた。何故そんなことを知っているかと言えば、デートに行かないかと私が誘ったときに彼が「今日夜まで仕事だから」と断ったからだ。
 そして、彼の隣に立って手を繋いでいる女。それは愛美だった。

広告





 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です