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マネキン工場 2020年7月18日


家賃も払えない彼は単発アルバイトに応募し、なんとかひと月だけでも凌ごうと画策する。しかし、彼が派遣されたのは……。

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「……金がない」
 湿り気を帯びた、綿がつぶれて平らになった布団の上でぼそりとつぶやく。小説家を夢見て数年前に上京してきたはいいが、そろそろ貯金も尽きてきて暮らすのにも事欠くようになってきた。漫画家ならアシスタントというやり方もあるのだろうが、師弟制度も特にない小説家という職業はどうにかこうにかして自分で金を稼がなきゃならない。
 誰かのヒモになろうなんて下衆なことも考えたことはあるが、それをやるには社交性も容姿も足りなかった。というか、どうして上京すれば小説家になれると思ったのか、数年前の俺の首根っこをつかんで揺さぶりたいくらいだ。
 まだ止められていないスマートフォンの口座確認アプリで貯金を確かめると、1000円ちょっと。家賃の引き落としは明日。
「まずったな」
 そう独り言つ。家賃どころか日々の食事にも事欠くレベルだ。幸い、財布に1000円札が一枚入っているが、それを合わせて全財産は2000円。クレジットカードは持ってないから、きっかり2000円ちょっとだ。
 俺は頭をかいて、どうしようか考えた。まあ、家賃の滞納に関しては引き落とし日を過ぎてから二週間くらいまでならなんとかなるのが経験上分かってる。はがきが来て、指定された口座に振り込めば特に何も言われない。
 つまり猶予は約二週間。
 消費者金融から借りるのも考えたが、返済できる見込みもなければ恐らく審査も通らない。定職なし、資格なし、収入ほぼなしとかいうどうしようもない俺が審査を通過できるとは思えない。それに親は耳にタコができそうになるほど俺に言っていた、「借金は作るな」と。
 じゃあ、親のすねをかじるのはどうだろう。しかし、俺はすぐにその考えを取り消した。そんなことすれば実家に帰ってこいの大合唱が待ってるだけだし、なにより上京した理由としてはあの居心地の悪い実家にいたくなかったからなのだ。常に父親と母親が大声で喧嘩しているような家にずっと居続けたい人間などいないだろう。それも日々の酒代がどうだとか飯がどうだとかいう下らない理由で。
 さて、どうするか。
 ふと単発バイトのことに思い至る。登録したはいいものの面倒くさくてやってないアレだ。働きたくはないが、こうなっちまえばこれしかない。朝9時から18時とかいうプライベートの時間も取れないくらい長い労働時間だが──正社員になると毎日これだというのが信じられない──こうなれば背に腹はかえられない。
 早速アプリを起動して仕事を探してみると、楽そうなのが一つ見つかった。
「マネキン工場でのピッキング作業か」
 倉庫でリストに載ってる荷物を所定の場所から集めるという、単純な仕事だ。この応募を見る限り、そこまでの力仕事も必要ないとのことらしい。とりあえず軍手さえ持ってこればいいとのことだ。変わり映えが無くてつまらなさそうだけれど、楽そうな仕事だ。
 俺はとくに考えることもなく、応募の連絡を入れた。

 その日、俺は古びた倉庫の前に立っていた。古びた倉庫と言う以上、表現しようのない建物だ。
「ここで……あってるのか?」
 俺は単発バイトのアプリを起動して、送られてきた地図をもう一度見直す。駅から真っすぐ歩いて左に曲がって……間違いなさそうだ。
 辺りを見回してみても、誰もいない。河原の近くに倉庫が立っているから、人も建物もない。
 やんわりとした後悔と不安が俺を包み込む。応募しなきゃよかったという考えが頭をよぎった。
「あー、派遣の人!?」
 その声とともに倉庫から痩せぎすのおばさんが飛び出してきた。つやの一切ない長いぼさぼさの黒髪と落ちくぼんだ眼、薄い色の肌と唇をしたおばさんが俺の手を掴む。その力は痩せてるわりには妙に強くて、あざになりそうなくらいだった。
「遅刻してんだよ、早く来なさい」
 俺はおばさんに引っ張られて古ぼけた倉庫の中に入っていった。
 
 倉庫の事務所で休憩所と仕事のやり方──渡されたリストに載ってる棚の番号と棚に置いてある段ボールのラベルの表記を照らし合わせて、書いてあったら持っていくというものだ──だけ教えられて、妙に冷房の効いた倉庫に一人放り出された。
 休みは10時と14時に10分くらいの休みと12時の昼休み。17時までの作業ということらしい。
「さて、やるか」
 作業監督も誰もいないなんてことがあるのだろうかと思いながら、俺はリストを眺める。一番近い場所に歩いていくと、バーコードとともに『左腕』と書かれたシールの貼ってある段ボール箱があった。
「腕……?」
 少し気になったが、あまり詮索する性質でもない。俺は箱を持ち上げる。それなりの重さだ……大体4 kgくらいだろうか。マネキンを解体したことはないからなんともいえないものの、重すぎるような気がしないでもない。一部位だけでこれだけ重ければ、トラックで運んだりディスプレイに並べたりするのが大変だろう。
「よいしょっと」
 箱を抱えて所定の場所へと持っていくとやっぱり誰もいなかったが、床には『置き場』とだけ書かれた養生テープが貼ってあった。
──とりあえず置いときゃいいのかな。
 俺は箱をおいて、またリストに書かれた棚の方へ戻る。次の箱には『左もも』と書いてあった。隣の箱には『右すね』。
「……」
 マネキンをまじまじ見たことはない。でも、そんな細かく分かれてるものなのだろうか? それとも、高価なマネキンはまるで球体関節人形のようになっているのだろうか。
 とりあえず仕事をつづけよう。俺は『左もも』と書かれた箱を持ち上げる。10 kgはあるんじゃなかろうかという重さに苦労しながら、何とか置き場へと持っていった。

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 昼休み、俺は半額になったパンと100円の缶コーヒーを口にしながら、今まで運んできた箱のラベルを思い出していた。幸運なことに、食事をとってる休憩室には人がいない。
 腕、足、腹腔、胸部……やはりおかしい。これに内臓が書かれた箱があれば、人体模型の出来上がりだ。
 スマートフォンでマネキンについて軽く調べてみる。やはり、胴体が二つに分かれているマネキンなんて早々売ってない。第一、平均的なマネキンの重さは全体で7~8 kgと書いてあるじゃないか。軽いものだと1 kgくらいのものだってある。
 逆に人間の腕とか足の重さを調べてみると、俺が持った箱と同じくらいの重さだった。これでも実家にいたときは買い物の荷物持ちを良くさせられていた、持ったものがどれくらいの重さか当てるのには自信がある。
──こいつはヤバいかもしれねえ。
 脂汗が背中を濡らす。もし仮に俺の運んできた者が人間の体だとしたら、本気で笑えない事態だ。恐らくこの倉庫を運営してるのは暴力団とかカルトだとか、そんな連中なんだろう。だから、バラした人間の体なんかを保管しているのだ。一刻も早く警察に連絡しないと。
 だが、ここで逃げだしたり通報したりしたら一体どんな仕打ちを受けることになるかわかったものじゃない。それに中身もまだ見てないのだ。もしかしたら、特殊用途のマネキンとかなら、滅茶苦茶重いのかもしれない。あと、金を貰わないと首が回らなくなるという事情もある。
 そのとき、良いことを思いついた。
 終業時間まで働いて、そのとき持ってる最後の一箱を開けてみよう。俺にとっては幸運なことに、段ボール箱の封はクラフトテープで軽くとめられているだけだ。開けようと思えば簡単に開くし、貼りなおすことも容易だろう。
 これで箱から出てきたものが人間の体の一部なら家に帰る道すがら交番に駆けこめばいいし、そうじゃなかったら封をし直して何食わぬ顔で帰ればいい。何事も起きなければ金がもらえ、何か起きても俺は犯罪組織の鼻を明かした善人ということになる。最低限のリスクで、どっちに転んでも美味しい。
 俺は残っていた缶コーヒーを一気に飲み干して、終業時間を今か今かと待ち望んだ。

 午後からの作業もピッキング作業で、やはり運ぶのは妙に重い体の一部が書かれた箱だった。ちょっと興味をそそられたのが、誰もいないはずの置き場に置いた箱が次の箱を運んだ時には消えていることだ。俺が見ていない間で、誰かが何処かへ運んでいるらしい。
 思えば、この倉庫には人の気配がない。今まで会ったのもあの痩せぎすのおばさんだけだし、昼食や休憩の時も誰もいなかった。社員用の休憩室が別にあるのかもしれないから、あまり気にしちゃいなかったが……ただ、休憩室近くにある喫煙所として使われているのであろうヤニだらけの防火バケツには、一本もシケモクが入っていなかったような気がする。今日のシフトには喫煙者がいない可能性も十分あるから、人の有無には直接繋がらないが。
 とまあ、そんなことを考え倉庫事情を詮索していると、運命の終業時間になった。
 俺は『頭』と書かれた箱を棚から一度持ち上げ──よりにもよって頭だと思いながら──床にそっと置く。
 慎重にテープを剥がしていくと、ぺりぺりと、拍子抜けするほど簡単にテープがはがれた。これなら、開けたことを知られることはないだろう。
 箱を開ける。
 その瞬間、俺は心臓が口から飛び出るかと思った。
 着ていたT-シャツが一気に冷や汗で湿り気を帯びた。
 中に入っていたのは、あの痩せぎすのおばさんだった。いや、あのおばさんの頭だった。それが、目をつぶった状態で入っていた。
──どういうことだ?
 つい数時間前まで動いていたあのおばさんが、何故か頭だけになってここにいる。死体を見つけちまった。第一発見者である俺が一番に疑われかねない。それに見つけた俺は殺されるだろう。
 一頻冷や汗を垂れ流した後、少し冷静になって見てみると箱の中に血はついてない。なんなら、首の断面はとても滑らかだ。それこそ、マネキンヘッドみたいな感じの断面だ。
 一番妥当なのは、ここがリアルなマネキンを作る製作工場かその保管所だということだ。なんでこのおばさんをモデルにしたのかは分からないが、そういうことなら分からないでもない。
 そのときだった。
 おばさんの口がにやりと動き、目が開かれた。
 目が合う。口が動く。
 俺は反射的に後ろに飛びのいて、訳も分からず走りだした。
 見ているものは真実じゃない。あんなことがあってたまるか。マネキンが動き出すなんて。
 棚に置かれている箱が一斉にガタガタとなりだす。
 ただただここから出たいと願い、俺は出口を探して倉庫を走り回った。

 それからのことはよく覚えていない。
 覚えているのは、股の部分をびっちょびちょに濡らして家のドアにもたれかかっていた事だけだ。
 確実なのは、兎にも角にも生きて帰ることができたらしいということだ。
 警察に言うべきかとも思ったが、あんな場所に関わるのは二度とごめんだ。一応、勤怠管理表に記入した覚えはないが、金も振り込まれていたわけだから。それでこの一件は終わりにしたかった。第一どうやってあの状況を説明すればいい。
 単発バイトの登録は消した。あんなバイトを取り扱ってるなんてまともな会社じゃない。家賃に関しては中学の時の友人まで頼ってなんとかかき集めた金で払えた。
 今はコンビニバイトでなんとか生計を立ててつつ借りた金を返している。いわゆるフリーターと言う奴だ。常勤じゃないしキツい仕事だが、命の危機と言うか訳の分からない非日常に出会わないだけ、あんな仕事よりマシだ。
 
 ただ、最近、首に切れ目というかつなぎ目のようなしわが出来てきた。
 いったいこれは何なのだろう。

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