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お悔やみ壁 2020年4月23日


街にあったコンクリート壁。そこに写実的な老人の顔が描かれていることに気づいた彼は、興味をそそられながら日々を過ごしていた。しかし、新聞を見た時にあることに気づいてしまう。

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 学校からの帰り道、ぼくの住んでいる団地の近くに顔の描かれている壁があることに気づいた。
──誰かの落書きかな?
 お世辞にもここら辺は治安が良いとは言えない。高架下は落書きだらけだし、近くの高校じゃ乱闘騒ぎがあったと聞く。だから今回もそういう類かと思ったけれど、顔だけ書いてあるというのも中々珍しい。
 近づいていくと、描かれていた顔はいずれも正面から描いた老人の顔だった。それもカラースプレーで描かれた極彩色の抽象的な顔じゃなくて、黒スプレーで描かれたデッサンのような顔だ。
「これかいた人、うまいなあ」
 美術部の友達が言っていたっけ、絵を描く中でもっとも難しくて基本となるのがデッサンだと。その言葉が正しければ、この絵を描いた人は相当に絵がうまい。まるで写真のような絵なのだ。
 描かれているのは4人。あまりにリアルだから、顔の共通点が老人ということ以外ないことが一発で分かった。
──でも、誰がこんなすごいものを描いたんだろう。
 路上で似顔絵師として働けばそれなりに稼げるくらいなのに、こんなちんけな町でストリートアートをしているなんて。その才能がもったいないくらいだ。
「あいつに聞けば、誰が描いたか分かるかな……」
 そんなことをつぶやきながらじろじろと壁を見ていると、近くにあるスピーカーから十七時半のメロディーが流れてくる。
「やべっ」
 もうすぐで門限だ、すぐに帰らないと。
 ぼくはスマートフォンで壁の写真を一枚だけ撮り、教科書の詰まったカバンを背負いなおして、家へと走った。

「──こんな上手い画家が居れば、私知ってるはずだけど」 
 そういいながら、彼は僕のスマートフォンを見つめる。彼に壁に描かれた絵の写真を見せると、スマートフォンをひったくられたのだ。
「あんまり弄らないでほしいんだけどな」
「なに、変なもんでも入ってるの」
 そういいながら、彼は写真を拡大したり縮小したりを繰り返している。何をしているのかは同じ美術部の人間しか知らないだろう。
「そういうものは保存しないようにしてるから」
「用心深いね」
 彼は満足したのか、ぼくにスマートフォンを返してきた。
「これを描いた人は相当に絵がうまい。あと、これはデッサンではないね」
「え? 違うの?」
 彼はスマートフォンの画面に定規を当てる。当てられているのは、鼻の下だ。
「これを見てどう思う?」
 そういわれても、絵の心得がない僕にはさっぱりだ。
「さあ……」
「鼻の下があまりにまっすぐなんだよ。人間の顔は曲面だから、現物を目の前にして描くデッサンだと少し曲げないといけない。でも、これはまっすぐだ」そういって定規を仕舞う。「これは写真模写だね。これを描いた人は本人を前にして描いてはいないはずだ」
「そんなことまで分かるの?」
「まあね。そうはいっても、絵がうまいことに変わりはないよ。でも、誰だろう? こんなことをするのは」
 彼は考えるかのように空を見る。僕はもう一度、壁の写真を見つめた。そういえば、この絵にはサインの一つもなかった。
「なんだか遺影みたいじゃない?」
 描かれている老人の顔は皆真顔だし、まるで生気がないかのように真正面を向いている。
「遺影か……確かに遺影を模写したら、こんな感じになるかもね」

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 久しぶりに本屋に行った帰り、僕はなんとなく気になってまたあの壁を見に行った。
 壁の周りには誰もいなくて、でも壁に描かれていた人の数は増えていた。4人から7人に。
「また誰かが?」
 やはり描かれている絵にサインはないし、彼の言う事が正しければ写真模写と言うやつなのだろう。
「本当に何のために、これを描いたんだろう……」
 ふと、僕は最近みた『X-ファイル』の一エピソードを思い出した。あれだと、壁に書かれた人間が夜な夜な飛び出してきて、ホームレスを虐げる人間を苦しめて回っていたっけ。
 もしかしたら、そういうような何かがこの壁にあるのだろうか。
「まさか、ね」
 僕はくだらない考えを振り払って、壁の近くにある自分の家へ歩き出した。

 休み時間に入ったことを告げるチャイムが鳴る。先生が壇上から居なくなり、ぼくは昨日買った小説を取り出した。レイ・ブラッドベリの『刺青の男』だ。昔から話には聞いていたけれど、読んだことがなかったから読んでみたかった一冊だ。
 プロローグを読み終えたところで、授業開始のチャイムが鳴る。僕は机の中に文庫本を滑り込ませ、あまり楽しくもない授業に耳だけ傾けた。
 頭の中は、あの壁も見つめ続けたら同じように話し出すのではないかという妄想で一杯だった。本物の人間のような顔なのだから、何か超常的な何かがあるかもしれない。そんなことを期待しながら。

 ぼくは帰り道にまたあの壁がある団地へ寄った。寄るというよりは、帰り道の途中にあるので通らざるをえないのだけれど。
 壁を見ると、また一人増えていた。しかし、ぼくはその顔を見て心底驚いた。
 そこに描かれていたのは近所に住んでいる佐藤さんだったのだから。
「なんで佐藤さんが?」
 そのとき、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。その音はぼくの方へ一直線に向かってくる。ほどなくしてあたりが赤い光で照らされた。サイレンを鳴らした救急車がぼくの隣を走り抜き、団地の前で停まる。ぼくの家のすぐそばだ。
 救急隊員が急いで降りてきて、ストレッチャーを引っ張り出す。二人が向かった先は佐藤さんの家だった。
──なんで佐藤さんの家に?
 僕は目の前で起きている一刻を争う戦いと佐藤さんが描かれている壁を交互に見る。
 おそらく佐藤さんが載せられているのであろうストレッチャーが救急車に吸い込まれ、ドアが閉まるとあっという間にいなくなった。
 そこに残されていたのは唖然としている僕と壁に描かれた八人の顔だけだった。

 翌日。
 僕は新聞のお悔やみ欄を眺めていた。もしかしたら、佐藤さんの名前があるのではないかと。
 果たして、佐藤さんの名前はそこにあった。救急車で運ばれた後、死亡確認がされたのだろう。
──もしかしたら、あの壁は……。
 僕の予想が正しければ、あの壁に描かれているのは近日中に死ぬ人の顔か死んだ人間だ。だからといって何ができるというわけでもないが、一度気になったことは何処までも気になってしまう。
 僕は新聞を投げ捨て、学校があるにも構わず家を飛び出した。
 団地の方へ走っていくと、あの壁は今も健在だった。そしてそこに描かれている人間は九人に増えていた。
「なんで……」
 九人目の顔は朝、いつも見ている顔だった。親を除けば、きっと誰よりも見ている顔だった。
「なんで、僕の顔が……」
 八人目までは全員老人なだけに、高校生である僕の顔が描かれているのがなんといっても異質だった。でも、それ以上に恐怖を掻き立てるのは僕がこの壁に対して建てた仮説が正しかった時のことだった。
「僕は死ぬのか……?」
 ふっ、と身体から力が抜ける。まさかこんな若くして死ぬなんて。そう思うと、ぼくは絶望感に押しつぶされてしまった。まだ死ぬ気はなかった、やりたいことだってやらなきゃいけないことだって沢山あったのに。
 どういう思考回路のつながり方をしたのだろうか。僕の頭に浮かんだのは親の事でも未来の事でもなく、いつも行っている学校の事だった。学校に何かがあるというわけでもないが、いつもこの時間に行っているから。
「……学校に行かなきゃ」
 僕は立ち上がり、最期の目的地へと歩き出した。

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