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誰もいない町 2019年1月26日


傷心旅行と称し初めて行く町をぶらついていた彼は、あまりに周りが静かなことに気が付いて、辺りを捜索し始める。

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 信じられない体験、というのは誰でも彼でもあると思う。それが例えば意中の人から告白されたというような良いことだったり、電車を待っていたら人が電車に飛び込む瞬間を目撃したというような悪いことだったり、良し悪しは様々だと思うけれど。
 ただ、どうやってもあり得ないことに出会うという経験をする人は、そうそういないのではないかと思う。いや、正確には説明がつかないというべきか。
 これは実際に僕が体験した話だ。未だに僕はこれが真実だとは思っていない。かといって全くの嘘だった、ということで片付けられるような話でもない。
 そんな、信じられない話だ。

 つい数週間前、付き合っていた彼女と僕は別れてしまった。理由は単純で、僕が仕事に打ち込みすぎて彼女のことを完全に放っておいたからだ。彼女はずっと一人で居続けることや僕が家に居ても全く会話を交わさなくなったことに耐えられず、僕と別れることを決めたのだった。
 それをきっかけに、働き方を見直すのと傷心を癒すため、そして有給休暇を消化するためと称して有給休暇を数日間取得した僕は、初めの一日二日は家でゴロゴロとして体と心を休めていた。
 ただしばらくすると、仕事ばかりしていたせいもあってゴロゴロするのに飽きてしまった。仕事が趣味に近かった僕にとって、休日にする趣味もこれと言ってなく、かといって新しい趣味を見つけるには数日という時間は短すぎた。
 そんなわけで手持ち無沙汰になってしまった僕の脳裏に、行ったことのない場所にいこうという考えが過ぎったのだった。
 もしかしたら、この時から僕はあの町に呼ばれていたのかもしれない。
 ただ、まあ、あの当時の僕にはこれが最高の選択肢だったのだ。
 僕は思い立ったが吉日とマップアプリを起動して、近くの町──何せ仕事ばかりでどこにも行ったことがなかったので候補地だらけだった──をいくつか検索し、なんとなく自然の多い場所を選んで行く予定を立てたのだった。

 翌日。仄かに地面を照らすような陽光の下、日ごろの運動不足を解消する目的も兼ねて適当な歩きやすい靴と服を着込んだ僕は、電車に乗って家から十数キロメートル離れた町に向かっていた。なんでも、その町の通称が『自然の町』だそうで、傷心旅行にはもってこいだと考えたのだった。
 窓の外をぼうっと眺めていると、建物の人工的な灰色と木々の緑の比率が少しずつ変わっていくのが分かる。目的地に近づくほど徐々に木々の比率が増えていき、建物と比べると一対九くらいになった途端、間もなく到着するといった趣旨のアナウンスが聞こえてきた。
 体が横の加速度を感じ、過ぎ去っていく風景が少しずつ形を取り戻していく。
 電車が止まり、エアの抜けるような音が聞こえて電車のドアが開いた。黒ずんだアスファルトとひび割れた点字ブロックで出来たホームに降りると、人一人見えない。大抵、こういう寂れた駅でも誰かはいるような気がするのだけれど。
──そういえば、今日は平日か。
 すっかり忘れていた。それも今は平日の昼間だ。むしろ駅を使う人の方が少ないだろう。
 一人納得して、僕は鼻腔をくすぐる緑の匂いを楽しみながら、改札へと歩き出した。
 自動改札をくぐると、申し訳程度の案内板と自販機以外何もない駅前のロータリーに出た。近くのくすんだ色をした商店は軒並みシャッターが閉まっており、にぎやかな様子は全くない。
 目の前にある歩行者用信号機が、誰もいないのに点滅を始め、赤に変わる。ほどなくして、車両用信号機が青へと変わった。
 耳を澄ます。車の音も人の声も聞こえない。
──随分静かだな……。
 どんなに寂れた町でも、車の一台くらいは走っていそうなものだけれど。それどころか、室外機からのブーンという重低音も聞こえない。風も吹いていないので、風の音すらもない。
 車両用信号機が黄色そして赤へと変わり、歩行者用信号機が青に変わる。僕は不安かそれとも期待か、少しだけ早いペースで歩き始めた。
 聞こえるのは自分の足音と衣擦れの音。この世界で音を立てているのは自分だけ。そんな環境、仕事中は殆ど、いや全くと言っていいほど無い。
──新鮮だ。
 率直な感想が脳裏に浮かぶ。それに周りを見ても誰一人いないというのも、中々新鮮だ。こんなに孤独になったこと、片手で数えるほどしかない。
──今の僕にはちょうどいいかもな。
 自虐的なセリフに思わずくすりと笑う。
 特に目的地を定めず車道に沿って歩いていく僕の後にも先にも、人はいなかった。

 歩道の真ん中で歩みを止め、周りを見回す。
──さすがにおかしいぞ。
 腕時計を見ると、電車から降りてもう二時間近く経つ。それに、二車線ある太めの道路に沿って歩いてきたはずだ。
 なのに、車一台どころか人っ子一人いない。
 確かに平日の昼間だから、人は少ないだろう。けれど、それでも散歩しているおばあちゃんやおじいちゃんがいるだろうし、荷物を運ぶトラックだっているはずだし、こんなに静かなものだろうか? 近くで何かイベントでもあって、そちらに行っているのだろうか? だとしても、車が一台も通らない説明がつかない。
 事故か何かで通行止めになったとも思えない。五キロメートルは歩いてきたのだ、もし通行止めされているなら、どこかで迂回路を指示する警官を見ているはずだ。
 初めは能天気に「静かな場所だなあ」なんて考えていたけれど、今は訳の分からない不安感と孤独感がじわじわと心の中に根を広げはじめていた。適度な孤独は喧騒から離れて自分を客観視する時間を与えてくれるけれど、過度な孤独は自分が世界から切り離されたのではないかという不安を生み出す。
 僕の心の中にあったのは、まさにその不安だった。
 とりあえずこういう時は一度駅に戻らなくては。そろそろ日も暮れてしまう。夜にこんな町の中を歩くのは勘弁だ。
 道順を確認するためにマップアプリを起動しようとスマートフォンを取り出す。すると、見たことのない電話番号から電話が来ていた。080から始まっていることから見て、携帯電話かスマートフォンからのようだ。
──誰だ?
 画面のロックを解除して、その電話番号に掛けてみる。
 数コール後、相手の電源が切れているか圏外であるために応答できないという機械的なアナウンスが流れてきた。
──なんなんだ一体……。
 とりあえず本当に重要な件であれば、また向こうからかけなおしてくるだろう。そう思い直して、僕は電話を切ってマップアプリを起動した。

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 マップアプリとGPSを頼りにして──行ったこともない町を適当に宛てもなく歩いてきたものだから土地勘が無いのだ──駅まで戻った僕は、ふと駅員室を覗き込んでみた。どんなに町に人が居なくとも、駅員室には必ず人が居るはずだ。
──誰もいない。
 トイレにでも行ったのだろうか? ならば、しばらく待てば出てくるだろう。幸運な事に、乗る予定だった電車の発車までは時間がある。
 木でできた駅構内のベンチに腰かけ、一体何が起きているのかと自問自答していた。信号も電気も改札機も、全て正常に動いている。人や車の痕跡がない以外、この世界は正常だ。
──本当にそうなのか?
 ふと思い立ち、立ち上がって自動販売機にお金を入れ、ミネラルウォーターを一本買ってみる。普通に取り出し口から出てきた。ボトルのふたを開けて、中の水を床にほんの少し零してみる。水はいつも通り黄ばんだリノリウムに落ちて、水滴をまき散らしながら広がっていった。空を見上げると、太陽は西へと傾き始めていた。
 人間が居ない以外、すべて正常だ。僕の見知った世界だった。
 もう一度駅員室を見てみる。やはり駅員さんは居なかった。
『二番ホームに電車が参ります。黄色い線の後ろまでお下がりください』
 久しぶりに聞いた人間の声に驚いたけれど、録音されている駅のアナウンスだ。機械が動いているだけ。人間がいるわけじゃない。
 とりあえずその電車に乗って帰る予定だった僕は、家に帰れば何か変わるかもしれないと思い、カード入れを取り出して自動改札機にタッチし改札をくぐった。

 立っている僕の前に電車がぴったりと止まる。
 どんな電車でも必ず止まった後に運転手さんが降りるか窓から顔を出して、停止位置を確認する。もしそんなことをしないとしても、必ず進行方向の運転室には運転手が居るのだ。
 少し歩いて運転室を見に行くと、そこには誰もいなかった。
──じゃあ、この電車はどうやって……。
 自動運転? まさか、そんな技術はまだ採用されていない。でも、それ以外に説明のつくものがない。いよいよもって、訳が分からなくなってきた。
『ドアが閉まります。ご注意ください』
 アナウンスにハッとして、反射的に空いているドアに足を踏み入れようとしたときだった。
 マナーモードにしておいたスマートフォンの振動を感じ、踏みとどまる。ポケットからスマートフォンを取り出すと、先ほど掛かってきた見たことのない番号からだった。
 画面のバーをスライドして、耳に当てる。
「もしもし」
 スピーカーから聞こえてきたのは、中学生くらいだろうか、まだ若い女性の声だった。
『乗らないで』
 プツン。ツーツーツー。
 ただ、その一言だけだった。電話はその一言で終わってしまった。ここ数時間で初めて聞いた録音以外の声は、その一言で終わってしまった。
 エアの抜けるような音ともに、ドアが閉まる。電車はそのまま速度を上げて、僕の目の前から走り去っていく。
 誰もいないはずの車内から感じた、睨みつけるような怨嗟の視線を残して。

 あれからしばらく震えが収まらなかった僕がホームにあったベンチに座って待っていると、ホームにおばあちゃんが降りてきた。すぐさま駆け寄っていって駅の名前を確認してみたところ、間違いなく僕の居た駅は目的の駅だった。
 ただ、そんなことを聞く人間が物珍しかったのだろう。おばあちゃんがどうしてそんな事を訊ねたのかと聞いてきたので、自分の体験してきた事を話してみた。
 すると、おばあちゃんは──この場所に長く住んでいる方らしく、色々と詳しい人だった──あることを教えてくれた。
 一年に一度、原因も分からず日付も決まっていないのだけれど、似たような経験をする人がいるのだとか。ただし、たいていは今の僕のように何事もないのだそうだ。だから僕もそれに巻き込まれたのではないのかというのが、おばあちゃんの見解だった。
 その後、人と話して落ち着いた僕はおばあちゃんと別れて電車に乗り──当然乗客も運転手さんもいた──何事もなく家へと帰ってから、ベッドに寝転がって誰が電話をかけてきたのかと考えつづけ、今に至る。

 これが僕の体験談だ。
 結局今も、誰が僕に電話をかけてきたのかはわからない。僕には中学生くらいの女の子の知り合いなんていないのだ。それに電車の中から感じたあの怨嗟の視線の正体も分からない。第一、電車の車内には誰もいなかったのだから。
 いや、もしかしたら『見えなかった』のかもしれない。僕が迷い込んでしまったのは、この世界と違う世界の、霊界というべきような場所にいたのかもしれない。そして『見えなかった』乗客たちは今まであの町で行方不明になった被害者たちなのかも。本当は毎日同じことが起きていて、その世界から無事に帰ることが出来るのは一年で一日だけなのかも。
 でも、それも仮定でしかない。真実は一つだというけれど、僕にはそれが分からない。
 だから僕はこの体験を、信じられない。

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2018年2月13日


電車の中で出会った少女に見つめられてから、 異様な光景を目にするようになった彼。最後に彼を待ち受けるものとは……。

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 ほとんど人のいない穏やかに揺れる電車の中で、僕は見ていたスマートフォンからなんともなしに目を上げる。窓の外はもう宵闇にのまれており、時たま映る街灯や踏切の信号が殺虫灯に飛び込む蛾のように僕の目に入ってきた。
 いつも読んでいるペーパーバックを持ってくるのを忘れた僕は、ただただ流れる外の景色を見ながら他愛もないこと──バイトが面倒だとか家族は何しているだろうとか──を、ぼうっと考えていた。
 ふと周りを見渡すと、中学生くらいだろうか、化粧をしているわけではないけれど整った顔の女の子と目が合う。
 長い黒髪を綺麗に梳き、大きな目が少しだけ眠たげに閉じられている、鼻筋の通った人形のような白い顔。この時期に似合わない、黒い袖をした赤いワンピースと黒いストッキング、赤いパンプスを履いた少女。その周りに親のような人の姿はない。
 そんな子が薄い唇をほんの少しだけ曲げて、微笑みながらずっと僕を見つめている。僕が顔を少し動かすと、彼女の黒目も一緒に付いてくる。
 僕は思わず顔をしかめる。そんなに不審者みたいな服装はしていないはずだが、なにか気になることがあるのだろうか。とはいえ妙な動きをしたらこのご時世、本当に不審者になるか捕まることだろう。僕は無視して下を向き、待ち受け画面を家族写真にしているスマートフォンのロックを外す。
 そして、僕はそのまま固まった。
 待ち受け画面に映る家族みんなが僕を見つめていたからだ。写真の中に映る僕自身でさえも。もちろん、そんな風に撮った覚えはない。第一、顔を動かせば黒目も一緒に動く写真なんて、そうそうあるもんじゃない。
 僕は思わず目をつぶる。これは幻覚だ、頭の中の何処かがおかしくなったかなんかで、見えないものが見えてしまうのだろう。
 目を開いてもう一度写真を見る。
 家族全員から見られていた。
 幻覚を振り払うように頭を振ってもう一度。
 見られている。それどころか、皆の目が気味の悪いほどに見開かれている。こんな写真じゃなかった、それだけは確かだ。
 その様子があまりにも不気味で、僕はスリープモードにするのも忘れてスマートフォンをポケットに突っ込む。その時、ちょうど電車が駅で止まってドアが開き、何人かがガヤガヤと騒ぎ立てながら乗り込んできた。
 僕は思わず後ずさろうとして、電車のガラス窓に頭を強か打ち付ける。
 乗客全員に見られている。楽しそうに話す大学生や高校生も、一人寂しく乗り込んでいる高齢者も、皆が皆僕の方を見て薄ら笑いを浮かべていた。学生に至っては、話している相手じゃなくて僕を見ている。
 おかしい、こんなことがあるわけない。
 僕が誰もいない真正面を見ると、ガラス窓に座っている僕の姿が映る。
 その『僕』も、僕の目を見て薄ら笑いを浮かべていた。
 僕は床に目を落とす。すると誰かの靴跡と思わしき泥の跡が、顔のようになっていた。その目にあたる部分が僕の目を捕らえるかのように動く。僕がすかさず上を見ると、電車の天井に健康食品の広告が貼りだされていた。
 女性がサプリメントの容器を持って笑っている、良くあるタイプのあれだ。でも、その目はやはり僕を見つめていた。慌てて目を背けると、次は週刊誌の広告が目に入る。最近話題になった俳優の特集を組んでいるようで、その俳優の写真がでかでかと掲げられていた。
 そして、その目は、僕を見ていた。
 目から逃れられないと悟った僕は目をつぶる。こうすれば目の前にあるのは闇だけだ。そこに目は存在しなくなる。
 そう思っていた。
 けれど、最近見た映画のワンシーンが何ともなしに頭をよぎる。その登場人物はこちらを見つめては、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべていた。僕は首を振って頭に浮かんでいた映像を振り払う。すると、次は最近聞いた音楽のプロモーションビデオが目に浮かんできた。それはよくあるタイプの歌手のライブ映像を切り取った物だったけれど、やはり歌手も僕を見ては笑っていた。
 瞼は僕を守ってくれない。そう気づいて目を開ける。
 半狂乱になりそうな自分を抑えつつ──こんな公共の場で暴れれば間違いなく迷惑だという思考はまだ残っていた──僕は出来る限り誰とも目を合わせないように下を向きながら、僕は椅子から立ち上がって歩き始める。
 何処かに人が居ない車両があるはず。そんな微かな期待を抱きながら。

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 なんとか揺れる電車の中を歩き通して一号車までくると、そこには誰もいなかった。上手く場所さえ選べば広告も目に入らないし、ブラインドを下げれば窓に映る僕の姿も見えなくなる。
 ほっと胸をなでおろし、いやいやながら目を広告に合わせつつ歩いていくと、ただの風景が書いてある広告が貼られている場所を見つけた。僕はすかさず対面にある窓のブラインドを下げ、ため息をついてからシートに腰かける。
 やっと冷静になった僕は、バイト先に休みの連絡を入れようかと迷っていた。こんな状況じゃバイトもままならないのは明らかだ。一日寝れば少しは気分も良くなるかもしれない。
 結局、休むことに決めた僕は指の動きだけでロックを外し、出来る限り家族写真を見ないようにしながら──その間も目は合っていたけれど──電話アプリを開いて、登録してあるバイト先に電話を掛ける。電車の中で電話を掛けるのはマナー違反だが、切羽詰まっているこの状況でやむを得ない。
 自分をそうやって正当化しつつ数コール後に出た店長に具合が悪いことを伝えると、店長は「ゆっくり休め、何とか回すから。別の日にシフトを入れておく」と言ってくれた。僕は感謝の言葉を告げてから電話を切ってスマートフォンをポケットに仕舞う。
 少ししたら停車駅だ。そこで降りて、下りの電車に乗り換えて人の顔を見ないようにしながら部屋に帰って横になろう。そうすれば誰とも目を合わせずに済む。明日になれば、きっと誰とも目が合わなくなることだろう。なに、一日寝れば大抵の問題は解決するんだ。
 しかし、いったいどうしてこんなことになったのか。あの少女と目を合わせて以来こうなってしまったが、彼女がきっかけなのだろうか。それとも、僕が元々おかしくてこうなったのか。
 少し考えてみて、結論が出なかった僕は考えるのを止めた。どうでもいい、とりあえずは人の顔を見なければこんな不気味な経験をせずに済む。それに電話なら目を合わせずに済むのだから、お母さんに相談してみよう。こんなことを終わらせる、いい方法を知っているかもしれない。
 電車が速度を落とす。そろそろ目的の停車駅だ。
 ホームに入り、窓の外が明るくなってゆるやかに流れていく。僕はポールを掴んで、手近なドアの前に立つ。ホームにほとんど人はいないようだ。
 エアコンプレッサーの音が聞こえてドアが開く。僕が降りると、ほどなくドアが閉まる。そして、あの不気味な電車が去っていく風切り音が後ろから聞こえた。
 僕はあたりを軽く見まわした。なにせほとんど使ったことのない駅だ。時刻表を見ないと、何時来るのかさっぱりわからない。広告やポスターに目を向けないように注意しつつ時刻表を探すと、ほどなく目的のものを見つけた。
 近くまで歩き、腕時計と照らし合わせながら僕はいつ下り電車が来るのかを見ていると、不意に後ろから「ねえねえ、お兄さん」という可愛い声が聞こえてきた。声からして中学生くらいの透き通った声。
 僕が振り向くと、電車の中に居た彼女が気配もなく僕の後ろに立っていた。僕の胸くらいの身長と見間違いようのないあの顔、そして服装。
 その目は、僕を見ていた。
 ヒューヒューという息遣いが聞こえて、心臓から送り出される血液が耳の奥でうなりを上げ、脇の下や手のひらがじっとりと湿るのを感じる。彼女は「そんなに目を合わせるのが怖いの?」と子供らしい声で僕に訊ねる。その質問に何も言えないまま、僕は彼女を見つめる。けれど、頭の中では色々なものが駆け巡っていた。
 なぜここに彼女がいる? なぜ僕が人と目を合わせたくないと知っている? 一体いつから後ろに立っていた?
 そして、彼女は一体何者だ?
「そんなに怖いなら──」彼女が不気味な顔でにやりと笑う。その顔は人間とは思えないほど口角が吊り上がっていて、ともすれば引きつっているようだった。「──誰とも目を合わせないで済むようにしてあげるよ」
 その瞬間、彼女の目がすべて白く染まる。いや、彼女が目をぐるりと回して、僕に白目を剥く。
 同時に、周りのポスターや広告の人間たちの目も、一斉に白く染まった。

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パラレル 2017年12月27日


待ち合わせ場所の駅で降りた彼は、目の前に広がる街並みに違和感を覚える。その街から出ようとする彼だが……?

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『──駅。左側のドアが開きます』
 僕は読んでいた小説を閉じてカバンに仕舞う。電車が止まると同時に僕は立ち上がり、今までいた見慣れた電車の床から、くすんだような灰色と黄色いラインが引かれている駅のホームに立ち位置を移す。ホームの柵の向こうに見える駅の前には、青色や黄色のライトがまぶしい、イルミネーションが見えた。
 電光掲示板に次の電車の到着時間が表示されているのが見える。19:24、ここは一時間に一本くらいしか電車が来ないようだった。僕は周りを見回して、改札につながる階段を見つけた。初めて降りる駅だと、勝手がわからなくて時たまこういうことがある。
 今日は久しぶりに会う友人と一緒に食事をするということで、友人曰く「今まで食ってきた中で一番うまい店」に近い、この駅に来ることになった。予定では友人が駅の西口で待っていてくれるそうだが、果たして遅刻癖のあるあの子が時間通りにいるのやら。
 そんなことを考えつつ改札を抜けて西口に降りると、案の定、友人の姿はなかった。
「やっぱりか」
 この時期にしては冷たい風が頬を切りつける。思わず、コートの襟をあげた。
 ふと違和感を覚えて、周りを見回す。
「あれ……? まだ、18時なのに」
 駅前にある明かりと言うと、目の前に広がるイルミネーションと街灯しかない。普通この時間帯なら、駅前にある飲食店なりコンビニエンスストアなり、別の明かりも見えるはずなのに。それに、街灯に照らされているほとんどの店のシャッターが閉まっていた。確かに日曜ではあるけれど、閉まるにはあまりにも早すぎる。
 駅の近くのコンビニを見ると、やはり電気が消えていた。近寄って営業時間を見ると、閉店の時間はAM 0:00。僕はいつもしているデジタル腕時計のバックライトをつける。そこに表示される時間は18:12。
「おかしいな……」
 停電だろうか? しかし、それなら街灯はついていないはずだ。イルミネーションだって消える。
 安物の時計だから時間がずれているのかもしれないと思い、スマートフォンの時計を見ると18:14と表示されていた。
 何かあって突然閉店したのだろうか? しかし、それなら張り紙くらいしておくだろう。
「どういうことだ……?」
 何とも言えない不安に襲われる。明らかに何かがおかしい。僕は友人に電話しようと、電話帳を開いて友人の電話番号をタップする。スマートフォンを耳に当てると、そこから聞こえるのは「ツーツーツー」という音だった。
──電話がつながらない……?
 もう一度かけなおす。
 ツーツーツー。
 もう一度。
 ツーツーツー。
 僕はスマートフォンを耳に当てたまま、電源ボタンを押す。手が震え始めたのは、寒さのせいじゃなかった。尋常じゃない寒気が背筋を撫でる。明らかに、今の状況はおかしい。第一、なぜ「おかけになった電話番号は~」とか「ただいま電話に出ることが~」とか「現在圏外で~」なんて文言が流れない? なぜ、通話終了ボタンを押したときの「ツーツーツー」なんだ?
 我を忘れそうになるのを必死で堪え、僕はスマートフォンをポケットにしまう。あることを思いついて、すぐさま取り出してマップアプリを起動した。
 まさか、現在営業時間の店全部が閉まっているわけはないはずだ。マップアプリを使えば、現在営業時間内の店をピンポイントで探せる。そこで固定電話でも借りれば、どこかにつながるはずだ。それにあと一時間もすれば、また帰りの電車が来る。友人には悪いが、この妙な空間から逃げ出すには約束を反故にしたっていい。あとで詫びを入れればいいだけの話だ。
 ともかく、今はこの状況から逃げること。
 僕は手早くマップアプリに営業時間中の店を探すように要求する。ほどなくして、いくつかの店にピンが立てられる。GPSをオンにして、僕は一番近い店に走った。
 
 荒い息のまま、僕は手近な電柱に片手をつけた。
「どこも開いてないなんて……」
 10か所は回った。総計すれば、5 kmくらいにはなるはずだ。なのに、どこもシャッターが閉まっていたりドアを開けようとしても鍵がかかっていたりして、開いていなかった。途中であった交番も電気がついていなかった。
 走ったせいで掻いた汗を、寒風が舐める。僕は首を数回振って、ディスプレイを眺めてみた。あと行っていない店はここから2 kmもある。でも、その店はこの地域でもよく見るスーパーマーケット・チェーンだ。開いている可能性は十分ある。
 行くべきか行かないべきか? 電車の時間まではあと30分。走れば、2 kmくらい15分もしないで着く。でも、もし間に合わなければ、僕はもう一時間この状況に取り残されることになる。
 その時、車のクラクションが前の方から聞こえてきた。見ると、ハイビームのヘッドライトが僕を照らし、思わず腕で目を覆う。小鹿のように固まってしまった僕の近くまでその車は来て、目の前で止まる。
「兄さん、大丈夫かい?」
 優しそうな声がする方を見ると、止まったのはタクシーのようだった。会社の表示やロゴがないあたり、個人営業だろう。運転手のおじさんがタクシーの運転席から身を乗り出し、僕の方を不安そうに見ていた。
 僕は初めて会った人を見て驚き半分嬉しさ半分のまま、上ずった声で運転手に訊ねた。
「すみません、ここは何処ですか?」
「ここが何処か? ここは──」この場所の地名を運転手は口にする。「──だよ。どうしたんだい?」
「なんで、この町はこんなに早いのに全部店が閉まっているんです?」
「え?」運転手が驚いたように周りを見回す。すこしして、合点がいったように頷いた。「……ともかく、君を駅に送ろう」
 そういえば、あまりの非現実さに友人の存在を忘れていた。もしかしたら、友人が駅で待っているかもしれない。電話がつながらない今の状態じゃ、本当にいるかどうかなんてわからないけれど。
「すいません、お願いできますか」
「もちろんだ」
 運転手が降りて、ドアを開ける。僕は後部座席に座ってシートベルトを着けた。ドアを閉めた運転手は運転席に戻り、シートベルトを締めてメーターを回しはじめた。
「じゃあ行くよ」
「お願いします」
 そういって、電気のついていない町をタクシーは進んでいった。
 少し走ったところで、運転手が興味深そうに聞いてきた。
「また、どうしたんだい。こんな街の中で一人なんて」
「それが──」
 僕はここに至る経緯を運転手に説明した。待ち合わせ場所に来たのは良いものの友人が居なかったこと、街に感じた違和感の正体のこと、友人への電話が通じなかったこと、なんとか連絡を取ろうと町中を徘徊していたこと。
 すべて聞いた運転手は頷いて、「そいつは大変だったねえ……でも、遭難したときはあまり下手に動き回らない方がいいんだよ」と教えてくれた。
「遭難?」
「そう。君の状況はまるで遭難じゃないか、未知の場所で外と連絡を取れずに彷徨うなんて、遭難以外の何物でもないよ」
 言われてみれば、確かにそうだ。まさか、街中でこんな風に遭難することになるとは思ってもみなかったが。
「遭難して、友人の肉を食った登山グループの話もあるし……下手に動くのは良くないよ。今回は私が君を拾えたからいいけれど、そうじゃなかったらどうなっていたか」
「そうですね……」
 駅のイルミネーションが見えてくる。タクシーは駅前のロータリーを回って、タクシー乗り場に車をつけた。

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 僕が料金を支払いながら──友人とはいつも割り勘でたまにおごるため、今日も余分にお金は持ってきていた──運転手にお礼を告げると、「そんな。君こそ大変そうだったからね、気にしないで良いよ」とほほ笑んだ。
 開いたドアから僕は降りる。ドアの側に立っていた運転手さんに、改めて僕はお礼を言った。
「運転手さんが拾ってくれないと、何してたかわかりませんし。ありがとうございました」
「いいんだよ。じゃあ、気を付けるんだよ」
 そういって、運転手さんはドアを閉めて運転席に座る。そして僕が見送る中、タクシーを駆って街の闇の中に消えていった。
 今の時間は19:18。帰りの電車に乗るにはちょうどいいくらいの時間だ。安心感からゆっくりと改札をくぐって駅のホームに降りると、いきなりスマートフォンのけたたましい着信音が鳴り響いた。
 あわててスマートフォンをポケットから取り出し、受信ボタンをスライドさせて耳に当てる。すると、電話越しでも分かるほどの喧騒と友人の苛ついたような声が耳をつんざいた。
「おい、どこにいんだよ」
 その言葉に苛立ち、「おまえこそどこにいるんだよ。こっちは一時間も待ち合わせ場所の西口に居たんだぞ」ととげとげしい口調で返す。
「はあ? そっくりそのままそのセリフを返すぞ、畜生。何度電話しても出やしねえし、やっとつながったと思ったら嫌味か?」
「なんだって? こっちだってな……」その時、嫌な考えが頭をよぎる。「おい、今何時だ」
 いきなりそんなことを聞かれた友人は、虚をつかれたように変な声を出す。それでも、「19:24だ」と答えた。
 僕も腕時計を見る。19:24、間違いない。なのに、電車はおろかアナウンスすらない。遅延の連絡もない。そういえば、駅員は何処に行った? なんでこんなに電話越しに喧騒が聞こえるのに、僕は誰一人としてすれ違わなかった?
 嫌な予感に包まれる。僕は恐る恐る、口に出したくないことを口に出した。
「なあ、お前今どこに居るんだ」
「はあ?」友人は怪訝な声で「──駅の西口だけど」と言った。

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