スパークリングホラー
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カムコーダー 2020年4月30日


通報のあった空き家へ向かった二人の警察官。中に入ると、テーブルの上には電源のついたカムコーダーだけが光を放っていたが……。

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 私は表面の塗装が剥げて、ボロボロになっているドアを叩く。玄関に敷かれたひび割れだらけのコンクリートの上に、木くずや塗装の粉がまき散らされた。明らかに管理もされていなければ人も住んでいない。
「随分ひどいありさまだな。本当にこんなところから通報があったのか」
 フラッシュライトを当てている同僚がそれを見て、苦々しい声を上げた。
「通報したのは携帯らしいから、度胸試しに来た不良どもだろ。全く、迷惑も良いところだ」
 ドアノブに手をかけ、ゆっくりとレバーを下げて奥へ押す。空き家なら鍵をかけているはずだが、こじ開けられたのかストライクが腐っているのか、耳障りな音を立てながらドアが開いた。
 同僚のフラッシュライトが室内を照らす。荒れに荒れた室内のところどころに、落書きやホームレスのものと思われる毛布が転がっていた。埃っぽい匂いと饐えた匂い、そして妙に甘ったるい匂いが鼻につく。壁際には使い捨ての針付きシリンジがいくつか捨てられているのが見えた。このタイプの注射器は薬物乱用者が刺さらなくなるまで使いまわすのだ。
「こいつはひでえな……」
 自分のフラッシュライトを手に持ち、スイッチを入れる。奥に歩いていくと、割れたガラスを踏んだ音が足元から聞こえた。
「気をつけろ、ガラスだ」
「了解」
 ライトを部屋の隅々まで向ける。元々は様々な部屋につながる廊下だったようだ。
「だれかいるのか?」
 同僚が奥に向けて叫ぶ。返事はない。
「怪我しているのかもな」
 返事できないほどの怪我であれば、一刻を争うかもしれない。軽く目配せをして、廊下の奥へと進んでいく。すると、耳障りなノイズ音が聞こえてきた。
「なんだ?」
「さあ……」
 音が聞こえる方へ歩いていくと、半開きになったドアから音が漏れていた。足で軽くドアを押すと、軋む音とともにドアが開く。大き目のテーブルにひび割れた食器、その中で死んでいる大きなネズミ……室内の様子から見て、どうも人が居たころはダイニングだったようだ。
 中に入ると、木が腐り始めてボロボロになっているテーブルの上に、場違いな真新しいカムコーダーが乗っていた。電源は入っており、開かれたままになっている液晶ビューワーは部屋の様子を写していた。
「このカムコーダー、最近出たモデルだな。中国製の安い奴だが」
 同僚がそう呟きながら、テーブルに近寄り、カムコーダーを手に取る。すると、「ん?」と声を上げる。
「どうした?」
「いや……これ、録画モードのままだ。誰かが録画していたのかもしれん」
 録画ボタンを押すと、録画が切れたことを知らせる電子音が鳴る。私は同僚の隣に立ち、ビューワーを覗き込んだ。
「再生してみよう」

 暗視モードのカメラに向かって自撮りしているのは、似合わない金髪をしたピアスだらけの男だ。そいつがニヤニヤと笑っていた。
「これから、地元で有名な心霊スポットにいきまぁーす!」
 素っ頓狂な間延びした声で男が叫ぶと、誰か別の人間の笑い声が聞こえる。男はカメラとは反対の手に持ったウォトカを一口飲んだ。どうも酔っぱらっているらしい。
 カメラがパンして、空き家のボロボロになったドアを映す。懐中電灯を持った別の男──似合わない髭を生やし、ジャラジャラとしたアクセサリーを身に着けているラッパー風の男──がドアを蹴り開ける。爆笑とドアがきしむ音。カメラはラッパー風の男とともに、空き家の中に入っていった。
 カメラを持っている男が「ホームレス居ねえかな。ボコボコにしたら楽しそうじゃね?」と呟いた。それを聞いたラッパー風の男がまた狂ったように笑い始める。
「今度、潰れたアマ連れてきてマワそうぜ」
「いいねえ」
 その時、二階から重々しい足音が聞こえてきた。カメラも二階へと至る階段を映した。
「誰かいるんじゃね、ボコろうぜ」
 ラッパー風の男がそういって、ひび割れの目立つ木の階段を上り始める。カメラも少し遅れて、男についていった。
 カメラが二階につくと、そこは屋根裏部屋のような部屋で、ラッパー風の男は何処にもいなかった。
「おい、ジャクソン、どこだ?」
 乱雑なものが積まれている部屋の何処かにいることを信じてなのか、カメラが部屋を隅々まで写す。すると、シミのあるマットレスが乗っているパイプベッドを写した時、カメラが動くのを止めた。
 カメラがベッドに近づく。手がフレームに写り、指でマットレスを押した。手がフレームアウトして、「なんだこれ、すげえ鉄くせえ」という呟きをマイクが拾う。おそらくカメラマンが指先の匂いを嗅いだのだろう。
 その時、うめき声が後ろから聞こえてきた。振り向くとそこには倒れている男の姿があった。カメラマンがブレるのも構わず走り寄ると、黒い液だまりの中にジャクソンと呼ばれた男が倒れていた。
「大丈夫か」
 そう声をかけるが、返事は返ってこない。
「うそだろ? 死んだのか?」
 後ずさるような音とともに、カメラが少しずつ動かない男から離れていく。そして 、轟音とともにカメラが床に落ちた。 叫び声。何かが飛び散る音。 けたたましい鳥のような鳴き声。
 しばらくして画面が落ち着いたとき、カメラには腐りかけてささくれだらけになった屋根裏部屋の床板だけが映し出されていた。

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「一体何があった」
 同僚がそう呟く。私にも理解ができなかった。しかし、もしかしたら今も二階にカムコーダーの持ち主がいるかもしれない。そうだとしたら、彼らは怪我をしている。一刻も早く病院に運ばなければいけないかもしれない。
「二階に行った方がいいとおもうが」
 私の提案に同僚が首を振る。
「まだ録画があるから、見てから決めよう。状況によっては、応援を呼んだ方がいいかもしれない。ヤク中相手に二人は危険だ」
「重症だったらどうする。もし、あの血だまりがどちらか一人の血液だったら、かなりの出血量だ」
「わかっちゃいるが……何がいるかわからないと危険すぎる」
 私は生唾を飲み込んで、拳銃を取り出す。必要になってほしくはないが、凶暴な相手なら撃たざるをえない。
 突然、ずっと床を映していたカメラは何者かに持ち上げられたかのように屋根裏部屋を映し始める。誰かが歩くような引きずるような音ともに、カメラは一階へとつながる階段へ向かって動き始めた。
「なんだ……?」
 軋む音ともに階段を下っていく。誰かに持ち運ばれているのは間違いないらしい。
「どこに行くんだ」
 同僚がそうつぶやくと、カメラは半開きのドアを映した。私たちがこの部屋でカメラを見つける前に開けた、あのドアだ。
「つまりこの部屋に誰かがいるということか……?」
 私のつぶやきにこたえるように、カメラは先ほど見たダイニングテーブルを映し、そこにレンズを入口に向けて置かれた。まるで出入りするものを監視するかのように。
 同僚と私は一緒に生唾を飲み込む。もしここにあの二人を襲ったやつがいるのなら、すぐに距離を取らなくては。ほどなくして遠くからドアの開く音が聞こえ、『だれかいるのか?』という声が聞こえてきた。
 背筋を冷たいものが走る。私は反射的に銃を構えながらフラッシュライトであたりを照らした。当然だが、誰も照らされる者はいない。居てたまるものか。
 半開きのドアが開き、私たち二人が映る。そしてカメラに気づいた同僚が持ち上げ、いくつかつぶやいたところで録画は止まっていた。
「……おい、まさか」
 ガタンと言う音が後ろから聞こえてくる。
 私たち二人は拳銃とフラッシュライトを構え、音のする方を照らした。
 そこには体中血だらけの髪の長い『誰か』がいた。
「手を頭の後ろで組め!」
 同僚が叫ぶ。
 その瞬間、『誰か』が同僚に飛びかかった。こんな状況じゃ、同僚に当たるかもしれないから銃も撃てない。
「離れろ、お前!」そいつの肩を掴んで引きはがそうとしたそのとき、そいつと目が合った。
 白目が充血しきったその目にあったのは、純然たる敵意だけだった。

【廃屋で四名死亡、殺人事件で捜査】
 フロリダ州ミニットマンヒル警察は郊外にある廃屋で四名の死体を発見したと公表した。ミニットマンヒル警察のニュースリリースによると、四名とも身体が酷く損壊しており、当局が来た時には既に失血多量で死亡していたという。現在、当局はタクティカルチームを編成し、殺人犯の捜索に当たっている。

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お悔やみ壁 2020年4月23日


街にあったコンクリート壁。そこに写実的な老人の顔が描かれていることに気づいた彼は、興味をそそられながら日々を過ごしていた。しかし、新聞を見た時にあることに気づいてしまう。

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 学校からの帰り道、ぼくの住んでいる団地の近くに顔の描かれている壁があることに気づいた。
──誰かの落書きかな?
 お世辞にもここら辺は治安が良いとは言えない。高架下は落書きだらけだし、近くの高校じゃ乱闘騒ぎがあったと聞く。だから今回もそういう類かと思ったけれど、顔だけ書いてあるというのも中々珍しい。
 近づいていくと、描かれていた顔はいずれも正面から描いた老人の顔だった。それもカラースプレーで描かれた極彩色の抽象的な顔じゃなくて、黒スプレーで描かれたデッサンのような顔だ。
「これかいた人、うまいなあ」
 美術部の友達が言っていたっけ、絵を描く中でもっとも難しくて基本となるのがデッサンだと。その言葉が正しければ、この絵を描いた人は相当に絵がうまい。まるで写真のような絵なのだ。
 描かれているのは4人。あまりにリアルだから、顔の共通点が老人ということ以外ないことが一発で分かった。
──でも、誰がこんなすごいものを描いたんだろう。
 路上で似顔絵師として働けばそれなりに稼げるくらいなのに、こんなちんけな町でストリートアートをしているなんて。その才能がもったいないくらいだ。
「あいつに聞けば、誰が描いたか分かるかな……」
 そんなことをつぶやきながらじろじろと壁を見ていると、近くにあるスピーカーから十七時半のメロディーが流れてくる。
「やべっ」
 もうすぐで門限だ、すぐに帰らないと。
 ぼくはスマートフォンで壁の写真を一枚だけ撮り、教科書の詰まったカバンを背負いなおして、家へと走った。

「──こんな上手い画家が居れば、私知ってるはずだけど」 
 そういいながら、彼は僕のスマートフォンを見つめる。彼に壁に描かれた絵の写真を見せると、スマートフォンをひったくられたのだ。
「あんまり弄らないでほしいんだけどな」
「なに、変なもんでも入ってるの」
 そういいながら、彼は写真を拡大したり縮小したりを繰り返している。何をしているのかは同じ美術部の人間しか知らないだろう。
「そういうものは保存しないようにしてるから」
「用心深いね」
 彼は満足したのか、ぼくにスマートフォンを返してきた。
「これを描いた人は相当に絵がうまい。あと、これはデッサンではないね」
「え? 違うの?」
 彼はスマートフォンの画面に定規を当てる。当てられているのは、鼻の下だ。
「これを見てどう思う?」
 そういわれても、絵の心得がない僕にはさっぱりだ。
「さあ……」
「鼻の下があまりにまっすぐなんだよ。人間の顔は曲面だから、現物を目の前にして描くデッサンだと少し曲げないといけない。でも、これはまっすぐだ」そういって定規を仕舞う。「これは写真模写だね。これを描いた人は本人を前にして描いてはいないはずだ」
「そんなことまで分かるの?」
「まあね。そうはいっても、絵がうまいことに変わりはないよ。でも、誰だろう? こんなことをするのは」
 彼は考えるかのように空を見る。僕はもう一度、壁の写真を見つめた。そういえば、この絵にはサインの一つもなかった。
「なんだか遺影みたいじゃない?」
 描かれている老人の顔は皆真顔だし、まるで生気がないかのように真正面を向いている。
「遺影か……確かに遺影を模写したら、こんな感じになるかもね」

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 久しぶりに本屋に行った帰り、僕はなんとなく気になってまたあの壁を見に行った。
 壁の周りには誰もいなくて、でも壁に描かれていた人の数は増えていた。4人から7人に。
「また誰かが?」
 やはり描かれている絵にサインはないし、彼の言う事が正しければ写真模写と言うやつなのだろう。
「本当に何のために、これを描いたんだろう……」
 ふと、僕は最近みた『X-ファイル』の一エピソードを思い出した。あれだと、壁に書かれた人間が夜な夜な飛び出してきて、ホームレスを虐げる人間を苦しめて回っていたっけ。
 もしかしたら、そういうような何かがこの壁にあるのだろうか。
「まさか、ね」
 僕はくだらない考えを振り払って、壁の近くにある自分の家へ歩き出した。

 休み時間に入ったことを告げるチャイムが鳴る。先生が壇上から居なくなり、ぼくは昨日買った小説を取り出した。レイ・ブラッドベリの『刺青の男』だ。昔から話には聞いていたけれど、読んだことがなかったから読んでみたかった一冊だ。
 プロローグを読み終えたところで、授業開始のチャイムが鳴る。僕は机の中に文庫本を滑り込ませ、あまり楽しくもない授業に耳だけ傾けた。
 頭の中は、あの壁も見つめ続けたら同じように話し出すのではないかという妄想で一杯だった。本物の人間のような顔なのだから、何か超常的な何かがあるかもしれない。そんなことを期待しながら。

 ぼくは帰り道にまたあの壁がある団地へ寄った。寄るというよりは、帰り道の途中にあるので通らざるをえないのだけれど。
 壁を見ると、また一人増えていた。しかし、ぼくはその顔を見て心底驚いた。
 そこに描かれていたのは近所に住んでいる佐藤さんだったのだから。
「なんで佐藤さんが?」
 そのとき、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。その音はぼくの方へ一直線に向かってくる。ほどなくしてあたりが赤い光で照らされた。サイレンを鳴らした救急車がぼくの隣を走り抜き、団地の前で停まる。ぼくの家のすぐそばだ。
 救急隊員が急いで降りてきて、ストレッチャーを引っ張り出す。二人が向かった先は佐藤さんの家だった。
──なんで佐藤さんの家に?
 僕は目の前で起きている一刻を争う戦いと佐藤さんが描かれている壁を交互に見る。
 おそらく佐藤さんが載せられているのであろうストレッチャーが救急車に吸い込まれ、ドアが閉まるとあっという間にいなくなった。
 そこに残されていたのは唖然としている僕と壁に描かれた八人の顔だけだった。

 翌日。
 僕は新聞のお悔やみ欄を眺めていた。もしかしたら、佐藤さんの名前があるのではないかと。
 果たして、佐藤さんの名前はそこにあった。救急車で運ばれた後、死亡確認がされたのだろう。
──もしかしたら、あの壁は……。
 僕の予想が正しければ、あの壁に描かれているのは近日中に死ぬ人の顔か死んだ人間だ。だからといって何ができるというわけでもないが、一度気になったことは何処までも気になってしまう。
 僕は新聞を投げ捨て、学校があるにも構わず家を飛び出した。
 団地の方へ走っていくと、あの壁は今も健在だった。そしてそこに描かれている人間は九人に増えていた。
「なんで……」
 九人目の顔は朝、いつも見ている顔だった。親を除けば、きっと誰よりも見ている顔だった。
「なんで、僕の顔が……」
 八人目までは全員老人なだけに、高校生である僕の顔が描かれているのがなんといっても異質だった。でも、それ以上に恐怖を掻き立てるのは僕がこの壁に対して建てた仮説が正しかった時のことだった。
「僕は死ぬのか……?」
 ふっ、と身体から力が抜ける。まさかこんな若くして死ぬなんて。そう思うと、ぼくは絶望感に押しつぶされてしまった。まだ死ぬ気はなかった、やりたいことだってやらなきゃいけないことだって沢山あったのに。
 どういう思考回路のつながり方をしたのだろうか。僕の頭に浮かんだのは親の事でも未来の事でもなく、いつも行っている学校の事だった。学校に何かがあるというわけでもないが、いつもこの時間に行っているから。
「……学校に行かなきゃ」
 僕は立ち上がり、最期の目的地へと歩き出した。

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