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不老 2017年4月10日


怪しい店に売られていた『不老の薬』。それを試してみた彼は、翌日から若返ったことを感じたが……。

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 私は今日、なにやら怪しい店にいた。というのも、なんともなしに表の商店街をぶらついていると、奥まったところにあったその店が目に入ったのだ。
 はじめは気にならなかったのだが、近づいていくたびにどんどん心がそそられ、ついに私はその店のドアを開けてしまったのだった。
 中は黴臭く、ほこりが舞っている。がらんとした店の壁に棚があり、そこには褐色から透明、大から小まで、ありとあらゆるガラス瓶が並んでいた。中身も様々で、水のようなものが入っているかと思えば、粉のようなものも入っていた。
「なんだ、ここは」
 私はつぶやく。すると、奥から若い女が出てきた。雪のように白い肌とつややかな黒髪をもち、目鼻立ちのはっきりとした顔に、小さいながらもぷっくりとした唇がついていた。その女が黒いワンピースを着ている。女は私を見やると、音もたてずに私の前に来た。
「なにか、ご用ですか?」
 蚊が泣くような、か細い声が耳に届く。私は一歩あとずさり、「いや……ちょっと寄っただけだ。此処は何の店だ?」と女に聞いた。
 女は妖しく微笑む。今気づいたが、結構背が高い。ざっと見て、170cmちかくはあるのではないだろうか。
「ちょっと、変わったものを置いています。見てみますか……?」
 そういって、女は右の棚まで歩き、茶色い瓶を手に取る。そして、また私の前まで来て、その瓶を差し出した。
「なんだ?」
「見てみてください」
 いわれるがままに、私はその瓶を手に取る。ラベルには擦れた字で『不老』の文字があった。
「『不老』……?」
「ええ。これは年を取らなくなる薬……初めてのお客様なので、お代金はいりません。試してみますか?」
「何かあるんじゃ? 副作用とかそういうの」
 私の問いに、女は静かに首を横に振る。
「いいえ……そんなことはありませんよ。一口なめるだけで、あなたは全盛期まで若返ってから、年を取らなくなるんです。それも、その一口だけでずうっと、効果が続きますよ」
 女は私の手から瓶を取り戻し、ふたを開ける。私の鼻に、嗅いだことのないにおいが届いた。あえて言うならば、枯れ葉とレモンを混ぜたような、さわやかなのだが鼻に残る……そんな匂いだ。
 そして、女はどこからか取り出した綿棒を瓶の中に差し入れ、中身をかきまぜた後、引き出した。
「さあ、どうぞ……」
 私は一瞬帰ろうと考えた。こんな怪しい商売をしている店を信用できないし、訳のわからない薬に手をだすなんて、愚行にもほどがある。
 だが、私のなかで囁き声が聞こえた。
──本当に毒なのか? もし、飲めば若返ることができるんじゃないか?
 その声が、今の理不尽な現実を思い出させる。
 今はどうだ。転職したいのにもかかわらず、会社から帰れば疲れて寝に落ち、目が覚めれば会社に行かなくてはならない。そして、会社に行けば、上司からは叱責されて部下からは見下される。それだけやっても、生活はギリギリだ。そんな生活をいつまで続けるのか。
 そして、楽しかった過去を思い出す。
 それに比べれば、昔はもっと活気に溢れていたじゃないか。その当時に戻れるなら、私はもっといい生活ができるんじゃないか。新しい仕事を探し、そこでいい上司に恵まれるかもしれないじゃないか。もっと給料も上がって、生活がよくなるかもしれないじゃないか。
「どういたします……?」
 女のか細い声が聞こえる。
 私の頭はせめぎ合う。怪しい薬を舐め、一か八かの賭けに出るか。それとも、このまま店を去って、こんな苦しい生活に耐えつづけるのか。
 かぶりを振った私は、女から綿棒を受け取った。
──あんな生活、もういやだ。
 女は微笑む。私は綿棒を口に含んだ。鼻を駆け抜ける不快な臭い、舌に広がる苦い味。
「……ええ、それくらいで結構ですよ」
 その声に従い、口から綿棒を取り出す。それを女は受け取り、近くにあった容器に入れた。
「本当に、副作用はないんだろうな。安全なんだろうな?」
「ええ……ただ、効果を実感するには1日ほど必要ですので……明日の朝、あなたはきっと効果を感じるはずですよ……」
 そういって、女は怪しく微笑んだ。私は背筋に走るものを感じながら、「手を出してはいけなかったのではないか」という後悔を振り切るために、女に軽く会釈してから、慌てて店を出た。
 家に帰ってから、私はパソコンで店の辺りを調べてみた。だが、該当する店舗は存在しなかった。

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 翌日、私は目が覚めると、自分の体に違和感を覚えた。
 いつもなら、こんなにすっきりと目が覚めることはない。もっと、ベッドで横になって、ぐずぐずと燻っていることが多いのに。それに、職業病である腱鞘炎と関節炎の痛みも引いている。
 試しに起き上がってみると、どうだろう。とてつもなく体が軽い。まるで自分を覆っていた硬い殻を脱いだような、そんな気持ちになった。
──これが、若返りの効果か!
 そう思った瞬間、自分の中で活力があふれるのを感じた。
 洗面所に行ってみると、そこには数日前の私と同一人物とは思えないほど、若返って血色がよくなり、ドライアイで充血していた目もきれいな白目になっている私がいた。舌の色まで綺麗で、むくんだ舌のせいでついていた歯形は綺麗に無くなっていた。
 その時、私の腹で虫が鳴いた。今まで、朝起きてから腹の虫が鳴くことは一度もなかった。それだけ疲れて、食欲がなくなっていたのだ。
「さあ、朝飯でも作るか」
 私はひとりごち、久しぶりに朝食を作るために使っていないキッチンへ足を向けた。
 それから1時間後──朝食はまともな買い置きもしていなかったので、カップ麺だけだった──私は電車に揺られていた。
 いつもなら優先的に座る席を確保し、そこで終点である自分の降りる駅まで寝て過ごすのだが、今日はそんなことをしなくても問題ない。むしろ、座らずに立っていたい気分だった。
 寝て過ごしていたのではわからない外の景色や電車の中の喧騒を楽しみながら、私は会社へ向かう。この時間は学生が多い。というのも、沿線に高校がいくつかあるかららしい。
 私は周りを見まわし、学生の若い姿を横目で見ながら、立ち並ぶビルの灰色と空の水色、それにいくつかの広告からなる色彩を目に焼き付けていた。
──こんな風に景色を楽しんだのはいつ以来だったか。若いとは、こんなに素晴らしいことだったのか。
 そう思いながら、私は微笑んだ。電車が止まり、学生の多くが降りる。終点まで数駅だった。
 終点についてから少し歩くと、私が勤める会社のビルが見えてきた。嫌な上司に縛られ、大量の事務仕事を押し付けられる、この会社だ。
 だが、いつもの憂鬱さはなかった。この若さゆえの勢いさえあれば、私にはなんだってできる気がした。だから、憂鬱を投げ捨てつつ、私はタイムカード代わりのIDカードをリーダーに通して、会社の中に入った。
 会社に入ってデスクまでの廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「おい、鈴木」
 振り向くと、天敵である私の上司が資料をもって立っていた。だが、その顔には驚愕が張り付いている。
「……誰だ、お前は」
 私は上司の顔を見て、ほくそ笑む。
「鈴木ですよ。部下の顔ですら、お忘れですか?」
 上司が苦虫を噛み潰したような顔で私を睨むが、私はそんなこと気にならなかった。そして、その顔のまま、用件を思い出したように私に資料を投げつけた。いつもなら床にはいつくばって拾わないといけないのだが、若返った私にとって、受け取るのは造作ないことだ。
 上司は怒りを抑え込んだ、押し殺した声で私に言った。
「その資料、フォントが見辛いからやり直せ」
 私は「わかりました。すぐ終わらせますよ」と言い、踵を返して自分のデスクに向かった。後頭部に睨むような視線を感じたが、そんなことは気にならない。
 デスクについた私は、大量に積み上げられていた資料と仕事を一瞥してから席に着いた。周りの部下たちが若返った私の顔を見て、ひそひそと何かを話していたが、そんなことは気にせずに、私は仕事にとりかかった。
 それから数時間が経ったころ。
 10分程度の昼休憩をはさんだ以外、私はほとんどぶっ続けで仕事をこなした。そのおかげか、いつも通り上司に仕事を押し付けられたにもかかわらず、初めて残業することなく退社することができた。周りの部下は嫉むような視線を浴びせかけてきたし、上司に至っては「定時退社は許さない」などと脅してきたが、やる仕事がなければ引き留めることはできない。
 私は帰りがけに、近くの本屋で公務員試験対策用の問題集といくつか資格用の本を買った。元々覚えはいい方だから──今ではすっかり、あの店員と薬を信用していた──今のままの状態が続くのなら、簡単に受かるだろうと考えたからだ。それに公務員なら、今ほど過酷な生活ではないはずだ。
 もちろん、もっと調べないといけない。それに、公務員が過酷ならまた別の職を探せばいい。
 そんなことを考えつつ、私は両手に荷物を持ちながら最寄り駅から帰りの電車に乗った。今日はいつものような死んだ顔の人間はいない。ほとんどが学生か生き生きとした会社の社員だった。

 私は家に帰ってから問題集をパラパラとめくり、スマートフォンで公務員試験のことや公務員のことを調べ、近くのコンビニで買った弁当を食べた後、いくつか簡単に解けそうな問題に手を出してみた。
 こんなに悠々自適な生活は大学以来なものだ。社会人になってから、こんな生活は送れていない。日も沈んでいないころに家に帰り、食事をとって、ちょっと勉強してから寝る。こんなありふれた生活が、最高だとは知らなかった。
 珍しく、シャワーではなく湯船に湯を張って肩まで浸かる。いつもなら、疲れてシャワーを浴びることさえ億劫なのに、今日はそんなことを少しも思わなかった。
「ああ、こんな生活を毎日続けられるようにしないとな……」
 私は湯船につかりながら、長く息を吐いた。

 翌日。風呂から上がった後、心地よい疲れに襲われて寝床に入った私は、あっという間に眠りに落ちた。そして、またしてもすっきりと目覚める。私はそのことに、思わず笑みがこぼれた。
 前日に買っていたコンビニ弁当を温め、朝食にする。今日は休日だが、いつものように出勤しなくてはいけない。
「まあ、少しくらい……」
 そう呟き、私はスーツを着込んで駅に向かった。
 電車に乗ると、休日だからというのもあるが、ほとんど人はいない。そのため、私は広々と座席につくことができた。
 そして、鞄からハンディサイズの資格用の本を取り出す。終点に着くまではまだまだ時間があるため、しばらく勉強できるだろう。
 10分ほどたったころだろうか。不意に、弱い胸の痛みに襲われた。
──ん?
 ズキンとくる、弱い痛みだ。
──たぶん慣れないことをして、体が追い付いていないんだろう。放っておけば、少しは良くなるはずだ。
 そう考え、私は本に目を戻す。
 数分経った頃、先ほどより強い痛みが胸に走った。思わず胸をさする。いったん痛みは引き、また、胸に痛みが走る。
──なんだ、いったい?
 本を鞄に仕舞う。次の駅で降りて薬局にでも駆け込もうと考えた時、いきなり胸をハンマーで殴られるような痛みに襲われた。
 息が詰まり、呼吸ができない。ワイシャツを鷲掴みにして、苦しみに耐える。スマートフォンを取り出すことも、歩いて非常ベルを鳴らすこともできず、体の末端からしびれていくのを感じた。
 足から力が抜け、座席から滑り落ちる。うつぶせのまま私は喘いだが、口に空気は入らない。
 頭の奥にブチブチと、毛細血管が切れる音が響く。体がひきつり、うつぶせの状態から仰向けへ、勝手に変わった。鷲掴みにした手は、すでにどうにも動かせないほど膠着し、私は片手でのどをかきむしった。
 体が生を求め、死に抗おうと必死に抵抗したにもかかわらず、私の体から力が抜けていくのを感じた。
 経験したことのない快感が頭を支配する。すべてが空っぽになる。生きていては到底体験できそうにない極上の快感だった。
 その時、ふと女の言っていたことが頭をよぎる。
──「全盛期まで若返ってから、年を取らなくなるんです」……なるほど。確かに、死んでしまえば年は取らないな……。
 私の目は、電車の天井を見るのをやめた。

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