スパークリングホラー
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2018年2月13日


電車の中で出会った少女に見つめられてから、 異様な光景を目にするようになった彼。最後に彼を待ち受けるものとは……。

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 ほとんど人のいない穏やかに揺れる電車の中で、僕は見ていたスマートフォンからなんともなしに目を上げる。窓の外はもう宵闇にのまれており、時たま映る街灯や踏切の信号が殺虫灯に飛び込む蛾のように僕の目に入ってきた。
 いつも読んでいるペーパーバックを持ってくるのを忘れた僕は、ただただ流れる外の景色を見ながら他愛もないこと──バイトが面倒だとか家族は何しているだろうとか──を、ぼうっと考えていた。
 ふと周りを見渡すと、中学生くらいだろうか、化粧をしているわけではないけれど整った顔の女の子と目が合う。
 長い黒髪を綺麗に梳き、大きな目が少しだけ眠たげに閉じられている、鼻筋の通った人形のような白い顔。この時期に似合わない、黒い袖をした赤いワンピースと黒いストッキング、赤いパンプスを履いた少女。その周りに親のような人の姿はない。
 そんな子が薄い唇をほんの少しだけ曲げて、微笑みながらずっと僕を見つめている。僕が顔を少し動かすと、彼女の黒目も一緒に付いてくる。
 僕は思わず顔をしかめる。そんなに不審者みたいな服装はしていないはずだが、なにか気になることがあるのだろうか。とはいえ妙な動きをしたらこのご時世、本当に不審者になるか捕まることだろう。僕は無視して下を向き、待ち受け画面を家族写真にしているスマートフォンのロックを外す。
 そして、僕はそのまま固まった。
 待ち受け画面に映る家族みんなが僕を見つめていたからだ。写真の中に映る僕自身でさえも。もちろん、そんな風に撮った覚えはない。第一、顔を動かせば黒目も一緒に動く写真なんて、そうそうあるもんじゃない。
 僕は思わず目をつぶる。これは幻覚だ、頭の中の何処かがおかしくなったかなんかで、見えないものが見えてしまうのだろう。
 目を開いてもう一度写真を見る。
 家族全員から見られていた。
 幻覚を振り払うように頭を振ってもう一度。
 見られている。それどころか、皆の目が気味の悪いほどに見開かれている。こんな写真じゃなかった、それだけは確かだ。
 その様子があまりにも不気味で、僕はスリープモードにするのも忘れてスマートフォンをポケットに突っ込む。その時、ちょうど電車が駅で止まってドアが開き、何人かがガヤガヤと騒ぎ立てながら乗り込んできた。
 僕は思わず後ずさろうとして、電車のガラス窓に頭を強か打ち付ける。
 乗客全員に見られている。楽しそうに話す大学生や高校生も、一人寂しく乗り込んでいる高齢者も、皆が皆僕の方を見て薄ら笑いを浮かべていた。学生に至っては、話している相手じゃなくて僕を見ている。
 おかしい、こんなことがあるわけない。
 僕が誰もいない真正面を見ると、ガラス窓に座っている僕の姿が映る。
 その『僕』も、僕の目を見て薄ら笑いを浮かべていた。
 僕は床に目を落とす。すると誰かの靴跡と思わしき泥の跡が、顔のようになっていた。その目にあたる部分が僕の目を捕らえるかのように動く。僕がすかさず上を見ると、電車の天井に健康食品の広告が貼りだされていた。
 女性がサプリメントの容器を持って笑っている、良くあるタイプのあれだ。でも、その目はやはり僕を見つめていた。慌てて目を背けると、次は週刊誌の広告が目に入る。最近話題になった俳優の特集を組んでいるようで、その俳優の写真がでかでかと掲げられていた。
 そして、その目は、僕を見ていた。
 目から逃れられないと悟った僕は目をつぶる。こうすれば目の前にあるのは闇だけだ。そこに目は存在しなくなる。
 そう思っていた。
 けれど、最近見た映画のワンシーンが何ともなしに頭をよぎる。その登場人物はこちらを見つめては、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべていた。僕は首を振って頭に浮かんでいた映像を振り払う。すると、次は最近聞いた音楽のプロモーションビデオが目に浮かんできた。それはよくあるタイプの歌手のライブ映像を切り取った物だったけれど、やはり歌手も僕を見ては笑っていた。
 瞼は僕を守ってくれない。そう気づいて目を開ける。
 半狂乱になりそうな自分を抑えつつ──こんな公共の場で暴れれば間違いなく迷惑だという思考はまだ残っていた──僕は出来る限り誰とも目を合わせないように下を向きながら、僕は椅子から立ち上がって歩き始める。
 何処かに人が居ない車両があるはず。そんな微かな期待を抱きながら。

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 なんとか揺れる電車の中を歩き通して一号車までくると、そこには誰もいなかった。上手く場所さえ選べば広告も目に入らないし、ブラインドを下げれば窓に映る僕の姿も見えなくなる。
 ほっと胸をなでおろし、いやいやながら目を広告に合わせつつ歩いていくと、ただの風景が書いてある広告が貼られている場所を見つけた。僕はすかさず対面にある窓のブラインドを下げ、ため息をついてからシートに腰かける。
 やっと冷静になった僕は、バイト先に休みの連絡を入れようかと迷っていた。こんな状況じゃバイトもままならないのは明らかだ。一日寝れば少しは気分も良くなるかもしれない。
 結局、休むことに決めた僕は指の動きだけでロックを外し、出来る限り家族写真を見ないようにしながら──その間も目は合っていたけれど──電話アプリを開いて、登録してあるバイト先に電話を掛ける。電車の中で電話を掛けるのはマナー違反だが、切羽詰まっているこの状況でやむを得ない。
 自分をそうやって正当化しつつ数コール後に出た店長に具合が悪いことを伝えると、店長は「ゆっくり休め、何とか回すから。別の日にシフトを入れておく」と言ってくれた。僕は感謝の言葉を告げてから電話を切ってスマートフォンをポケットに仕舞う。
 少ししたら停車駅だ。そこで降りて、下りの電車に乗り換えて人の顔を見ないようにしながら部屋に帰って横になろう。そうすれば誰とも目を合わせずに済む。明日になれば、きっと誰とも目が合わなくなることだろう。なに、一日寝れば大抵の問題は解決するんだ。
 しかし、いったいどうしてこんなことになったのか。あの少女と目を合わせて以来こうなってしまったが、彼女がきっかけなのだろうか。それとも、僕が元々おかしくてこうなったのか。
 少し考えてみて、結論が出なかった僕は考えるのを止めた。どうでもいい、とりあえずは人の顔を見なければこんな不気味な経験をせずに済む。それに電話なら目を合わせずに済むのだから、お母さんに相談してみよう。こんなことを終わらせる、いい方法を知っているかもしれない。
 電車が速度を落とす。そろそろ目的の停車駅だ。
 ホームに入り、窓の外が明るくなってゆるやかに流れていく。僕はポールを掴んで、手近なドアの前に立つ。ホームにほとんど人はいないようだ。
 エアコンプレッサーの音が聞こえてドアが開く。僕が降りると、ほどなくドアが閉まる。そして、あの不気味な電車が去っていく風切り音が後ろから聞こえた。
 僕はあたりを軽く見まわした。なにせほとんど使ったことのない駅だ。時刻表を見ないと、何時来るのかさっぱりわからない。広告やポスターに目を向けないように注意しつつ時刻表を探すと、ほどなく目的のものを見つけた。
 近くまで歩き、腕時計と照らし合わせながら僕はいつ下り電車が来るのかを見ていると、不意に後ろから「ねえねえ、お兄さん」という可愛い声が聞こえてきた。声からして中学生くらいの透き通った声。
 僕が振り向くと、電車の中に居た彼女が気配もなく僕の後ろに立っていた。僕の胸くらいの身長と見間違いようのないあの顔、そして服装。
 その目は、僕を見ていた。
 ヒューヒューという息遣いが聞こえて、心臓から送り出される血液が耳の奥でうなりを上げ、脇の下や手のひらがじっとりと湿るのを感じる。彼女は「そんなに目を合わせるのが怖いの?」と子供らしい声で僕に訊ねる。その質問に何も言えないまま、僕は彼女を見つめる。けれど、頭の中では色々なものが駆け巡っていた。
 なぜここに彼女がいる? なぜ僕が人と目を合わせたくないと知っている? 一体いつから後ろに立っていた?
 そして、彼女は一体何者だ?
「そんなに怖いなら──」彼女が不気味な顔でにやりと笑う。その顔は人間とは思えないほど口角が吊り上がっていて、ともすれば引きつっているようだった。「──誰とも目を合わせないで済むようにしてあげるよ」
 その瞬間、彼女の目がすべて白く染まる。いや、彼女が目をぐるりと回して、僕に白目を剥く。
 同時に、周りのポスターや広告の人間たちの目も、一斉に白く染まった。

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