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赤提灯 2019年11月29日


温泉街の路地裏に佇む一軒の古ぼけた居酒屋。ふとその居酒屋を訪れた彼は、『特選モツ一体盛り』という名前の料理を見つけて注文するが……。

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 涼しい夜風を浴びながら、私はぶらぶらと温泉街を歩いてた。橙色のナトリウムランプが辺りを照らし、色彩を失った町はまるで亡霊のようだ。
 なぜこんな場所にいるのかといえば、雑誌の懸賞に応募したところ幸運にも温泉宿の宿泊券を貰ったのがキッカケだ。それでなんとなく日常に疲れていた私はこれを好機と、有給を取って悠々とここに泊っている。
 とはいえ、あまり大きな温泉街でもなければ有名な所でもない。なんならシャッターが閉まっていたり壁面にツタが絡まっていたり、ここの住人も減っているようだ。そんな街に活気なんて求める訳にもいかず。夜になれば限られたコンビニやチェーン店はおろかスナックのような夜の娯楽を楽しめる所も閉まっている。
 チケットは二泊三日だが、消耗していたわけでもないので一日かそこら休めば大体回復する。そうなると色々とやりたいこともでてくるものだが、さっきのような事情もあり私は手持ち無沙汰になっていた。
 こういうときはいつもしないことをするに限る。
 夜に路地裏を歩くなんて不用心の極みだと思いながら、路地裏へと繋がるであろう道を歩いていく。碌な街灯もない路地裏には、ツタだらけになり窓ガラスの割れている家や苔むしたブロック塀が並んでいる。
──やはり表に面白そうなものがなければ、裏にも面白いものは無いか。
 当然といえば当然の帰結に落胆しながら表に戻ろうと踵を返したそのとき、目の端に何かが見えた。
 赤い提灯。こんな裏路地に居酒屋があるというのだろうか。
──もしかしたら隠れた名店かもしれない。
 そんなことを思いついた私は、光に惹かれる虫のように赤提灯に向かって歩を進めていた。

 小汚い暖簾をくぐり──いつぞや聞いた話だが暖簾が汚いほどその場所で長く続けている、つまり味がいいということだ──煤けた磨りガラス戸を開ける。中はさほど明るくないものの、小綺麗だった。土間に並んでいる背の高い木目のキレイな椅子やつやつやした一枚板のカウンター、戸棚の上に並んだ何本もの一升瓶など、なかなかに雰囲気がいい。
「いらっしゃい」
 法被を着たいかつい大将が無表情でカウンターの中に立っていた。私は大将の前に座り、ここはどんな店なのかと尋ねた。すると大将はなんでもある店だと答えた。
「じゃあ何を頼んでも大丈夫なのだね?」
「ええ。品切れになることはありません」
 大将は無表情のまま頷いた。
 とりあえず日本酒のぬる燗を頼んだ後、私はメニューを流し読む。基本的に肉を多く取り扱っているらしく、こういう居酒屋の割には魚介類を使ったメニューは多くないようだった。海鮮が少ないのは内陸の温泉街だからだろうか。
 注文した日本酒が私の前に置かれ、それをちびちびと飲みながら酒の当てを探し続ける。酒は温度も味もちょうどよく、注文する前に一合飲み干してしまいそうだった。
 しかし、これだけ上等な酒に合いそうな肴がなかなか見つからない。お品書きを閉じ、私は店内を軽く見渡す。こういう店ではたいてい、本日のおすすめがどこかに張り紙されているものだ。
 はたして、私の予想は当たったようで。入口のある左の壁に『本日のおすすめ品』と朱書きされたポスターが貼られている。そこには『特選モツ一体盛り』と書かれていた。おすすめ品でかつ特選だというその響き、上等な酒に合わないわけがないのだ。なにより私は自分が脂肪肝だろうと高脂血症だろうと気にしない、無類のモツ好きだからにして。
「大将、『特選モツ一体盛り』を一つ」
「はいよ」
 一合とっくりが空くころ、ようやく私の目の前にモツとタケノコの炒め物がやってきた。大将曰く、マメ(腎臓)とタケノコの炒めものだという。
 箸で赤黒い肉をつかんで口に入れる。ほとんど臭みを感じないどころかニンニクとショウガの香りが鼻腔を満たし、醤油の塩気やすりおろした玉ねぎの甘味と絡む。コリコリとした触感も乙なもので、火の通り具合も最高だった。
 もっと酒が欲しくなった私は燗酒をもう一本頼み、酒と肴を交互に口へと運ぶ。味が濃いわけでもないのに主張する味を酒で洗い流すのは最高だった。ああ、おいしい。
 あっという間に皿の中にあった中華風炒めは無くなっていく。
 ほとんどなくなりかけた時、次の逸品が運ばれてきた。
「焼きレバーです」
 食べやすいように並べられたレバーが平皿に乗ってやってくる。聞くと、臭みを十分に除いた後に塩焼きしたものだという。
 普通、臭みが強く油分もあまりないレバーを塩焼きにすると、よほど慎重にやらなければ臭いがきつくなるだけでなくパサついてしまって食べるのも一苦労になるのだが、なかなかどうして挑戦的なことをする。
 一切れ口に運んで驚いた。かみしめるほどに感じる脂と臭みのない純粋なまでのうまみ。今まで食べてきたレバーとは比べ物にならない。普通のレバーではないのは確実だ、フォアグラや白レバーのようにある程度脂肪が付いたものなのだろう。そんなものが出回っているなんて、知る由もなかった。
「本当に美味しいですな」
「自慢の一品です」
 しかしなんだか、酒がいい感じに回ってきた。いつもより酔いが早いように感じるのは、旨い肴を食べているせいで酒量が増えているからだろうか。その割には尿意をあまり感じないのだが。
 まあいい、まずは目の前にある旨いものを堪能しよう。
 掻き込むかのようにレバーの塩焼きを口に運ぶ。最後のひと切れとなったところで、大将は次の一品を持ってきた。鍋に入っているのはモツの味噌煮らしい。シロコロとヒモを一緒に煮込んだものだという。
 一切れ口に運ぶと味噌の匂いが鼻を通り抜け、かみしめるごとにべっとりとした快感が舌を覆う。もう一つ口に運ぶと、何度噛んでも噛み応えを失わないながらも脂が溢れ出てくる。そして唐辛子の辛みが、怒涛の脂とうま味にキレを持たせた。
 酒を日本酒から芋焼酎のロックに変える。こういう料理には強い酒の方がいい。
 芋焼酎の強い風味で口の中をリセットしてから、またモツを口に運ぶ。その繰り返しを続けていると、不意に腹の調子が悪くなってきた。まるで食べすぎたせいで使える腸の部分が少なくなってしまったかのようだ。
 それでも酒と肴を口に運ぶ。まるで憑りつかれてしまったかのようだったが、兎にも角にも美味しいのだ。酷さを増す酔いと体の不調なんて吹っ飛んでしまうほどに。
 鍋の中からモツと酒が無くなる。そのことに不安を覚えつつ、次の料理が待ち切れなくなってきた。
 目の前にトマトソースのようなものが出される。洋風の料理らしく、一緒にワインも供された。
 大将の説明も聞かずにフォークで具を突き刺し、口に運ぶ。ハラミとエリンギのトマトソース煮だ。柔らかいハラミの感触と歯切れのいいエリンギ。油分たっぷりのトマトソースが脂の少ないハラミを補い、強めのニンニクが相まって味が濃いだけではなくキレがある。
 ワインはあまり飲まないのもあって評価しにくいが、風味の強いこの料理に負けない香りと渋みを持ちながらも、味を必要以上に洗い流さない。とても料理に合うワインだった。
 食べれば食べるほど胃が圧迫されるようで──いつもならばこんなに食事を食べることはないのだ──呼吸が苦しくなってくるが、それでも食べることはやめられなかった。
 あっという間にトマトソース諸共、皿の上から料理が無くなる。その頃には酔いもいい感じに回ってきており、腹の不調のせいか息も上がってきていた。
 だとしても、食べることをやめられそうにない。美味しい料理を食べたいのだ。
「最期の料理です」
 そういって出されたのは、ハツの丸焼きだった。
 目の前で大将が心臓を切り刻み、食べやすい大きさにして供する。箸でひとかけら掴み、口に運ぶ。
 今まで食べた料理と比べるとあまりに不味い。ぱさぱさだし、ゴムみたいだし、食べるに値しないものだった。それでも、まるでマシンかのように私の腕は口に心臓のかけらを運び続ける。口は心臓をかみ砕き、飲み込み続けた。
 飲み込むごとに、自分の頭の働きが悪くなるかのように、ぼうっとしはじめた。でも食べたい。食べる、たべる、タベル……。
 最後のひとかけらを飲み込んだ時、大将がぼそりと「ごちそうさまでした」と呟いた。
 その瞬間、私はまるで自分の心臓があるべき空間が空になったかのような痛みに襲われ、小料理屋の床に倒れ込んだ。息が詰まり、考えることもできない。どうしようもない苦しみに耐えようと、必死で歯を食いしばる。
 大将がカウンターから身を乗り出し、私の苦しむさまを見ていた。その顔は入ってきたときとは全く逆で、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
 その笑みが目に焼き付けられたのを最後に、私の視界は真っ暗になった。

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