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盆踊り 2018年8月17日


彼氏と一緒に祭に出かけた女性は、ある祭で催された盆踊り大会に参加することを決めるが……。怪談四部作、二番目の物語。

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「──これが、俺の話だ」
 口々に話の感想を言い合う。頃合いを見計らって、あたしは「じゃあ、次は誰?」と促した。
 すると、あたしの対面に座っていた女の人が──面白いことに、今回は男女が二人ずつバランスよくそろっていた──手を挙げた。
「じゃ、あんたの話を」
「わかりました。これは、盆踊りに参加したある少女……というには、少し年を取り過ぎていますが。そんな女性のお話しです──」

「向こうに焼きそば売ってたけど。凛香、食べる?」
「もうお腹いっぱいだし……あ、りんご飴」
 彼があきれたように肩をすくめ、「おかしいな、お腹いっぱいって言ってなかった?」
「甘いものは別腹だよ。おじさん、りんご飴二つ」
「あいよ」
 手渡された二つのりんご飴の代わりに、100円をおじさんに手渡す。
「え、二つ食うの?」
「そんなわけないでしょ」りんご飴を一つ、彼に手渡す。「はい。祐樹、あんたつまみ食いするんだから。先に渡しちゃおうと思って」
 受け取って「一人で一つ食うのはつらいんだけどな」なんてぶつくさと言いながらも、りんご飴をなめ始めた彼を眺めつつ、私は自分のりんご飴にとりかかる。少し甘ったるいけれど、酸味の強いりんごの部分に差し掛かると味がちょうど釣り合う。この味がたまらない。
 その時、近くのスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。
『七時から盆踊り大会を開催いたします。飛び入り参加も歓迎ですので、奮ってご参加ください』
「盆踊り大会だって」
 彼が頬を掻く。
「へえ、盆踊りか。そういえば、盆踊りって昔は鎮魂の意味があったんだって」
 そんな話をされると、少し怖くなってくる。もちろん彼にそんな意図はないのだろうけれど、空気を読まないのが彼だ。それに、私が無類の怖がりだと知っているはずなのに。
「盆には死者が帰ってくるから?」
「そうそう。お面かぶったりして人相を隠すことで死者に扮し、そうして踊り始めるってやつ。ただルーツが多すぎて、地方ごとにいろいろあるんだ。地元で信仰している神への捧げものとしての踊りって意味もあるみたいだし」
 相変わらず、そういう雑学に詳しい。私が頷いていると、「まあ、今じゃそんな風習廃れてるけど。むしろ地元でのコミュニケーションの場として使われる方が多いだろうね。江戸時代とかは男女の出会いの場だったらしいし」と補足した。
「じゃあ、死者に連れていかれるなんてことはないんだね」
「そんなの怪談の中だけだよ。円を描くのって、宗教的な意味は強い行為だけど」彼が首をかしげる。「まさか、怖かったの?」
 私は気まずさから目をそらす。どうせ気づかれるだろうけど。
「まあ、あくまで伝承だから。大丈夫だよ。怖くない、怖くない」
 いくらフォローがあったところで、今の話を聞いた後に一人で踊るのは怖い。
「一緒に踊ってくれない?」
 彼の手を取って誘ってみるけれど、彼は首を横に振った。
「踊り苦手だし……大丈夫だって、俺も見てるから」彼が肩を軽くたたく。「ほら、参加したいなら行ってきな」
 心細いまま、私は頬を膨らませた。
「私になんかあったら、あんたの責任だからね」
 気のない彼の、「はいはい」という返事。私は彼にあっかんベーをしてから、盆踊りの集団に向かっていった。
 歩きながら周りを見ると、水色や藍、赤のような色とりどりの浴衣や甚兵衛を来た人たちが、ぞろぞろとやぐらの周りに集まってきていた。中には洋服の人もいて、ちらりほらりと近所のおじさんやおばさんの姿も見える。
 もう一度、彼の方を見て手招きすると、彼は首を横に振って手を振り返す。やっぱり、一緒に踊ってくれないみたいだった。

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 夜の七時を回ったころ。
 最後に聞いたのはいつだっただろうか、なんとなく聞いた記憶のある音頭が流れ始める。それと同時にやぐらを中心にして、私たちはぐるぐると回り始めた。
 なんとなく体が覚えている踊りとともに、私はさっき聞いた話のせいで怖いの半分楽しいの半分のまま、踊りつづける。
 どうしてあのタイミングであんな話をするのだろう、なんてことはとっくの前に考えるのをやめていた。なんて言ったって、彼は私がトイレに行く前に『赤い紙青い紙』の話をしたり、古ぼけた非常階段を昇っているときに『魔の十三階段』の話をしたりするのだから。
 加えて、本人に聞いたけれど私を怖がらせる気は全くないらしいので、なおのこと質が悪い。
 ふと、いつの間にか聞きなれない音頭に代わっていた。太鼓や鈴、笛のような音も混じっているようで、なんとなく古ぼけた感じがするのは気のせいだろうか。
 踊りながら周りを見渡す。すると、周りにいる人全員が白装束を着込み、歌舞伎の女形のように白粉を塗っていた。
 いつの間に着替えたのだろうか。それとも、踊り子が代わったのだろうか。けれど、そんなタイミングもアナウンスもなかった。いくら物思いにふけっていたって、アナウンスを聞き逃すとも考えられない。
「あれ……?」
 ぼそりと呟く。その時、音頭と踊りが止まった。
 勢いあまって前の踊り子にぶつかり、「ごめんなさい」という声が出る。すると、私がぶつかってしまった踊り子が、私の方を振り向いた。
「生者か」
 ここら辺では聞いたことのないイントネーション。声からして、女性だろうか。
「はい?」
「生者か」
「え?」
 その時、肩をつかまれる。振り返ると、白粉を塗った別の踊り子に肩をつかまれていた。
「生者だ」
 女性とは思えないくらい強い力。骨が折れるかのような痛みが、肩に走った。
「痛っ」
 何とか逃れようと体を振るけれど、拘束はほどけそうにない。周りには「生者だ」という声とともに踊り子達が集まり、体中のありとあらゆるところをつかみ始めた。
 何度も何度も「離して」と叫んだものの、踊り子たちは離してくれない。誰かに助けを求めて叫んでも、彼女たちの輪唱に阻まれてしまうのか、誰も声をかけてくれなかった。
 私はもみくちゃに引っ張られながら、中央にあるやぐらだった場所に連れていかれる。
 けれど、そこに建っていたのはやぐらではなかった。
 まるで神社の本殿のような場所。でも、そこにいたのは木の幹よりも太い胴体を持った、茶色い蛇だった。
「贄か」
 思いもよらない、現実ではありえない光景に足がすくみ、その場に崩れ落ちる。頭が真っ白になって、どうすればいいのかもわからないまま、私はその蛇と目を合わせていた。
「頂こう」
 蛇が首をもたげ、車ほどもある口を大きく開ける。まるでゾウの牙のような白い牙、血にまみれたかのような赤い口。そして奥には、無間にも等しい黒い闇。
 そうして、動けないまま口を見つめていた私の目から、色が消えた。

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