スパークリングホラー
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VHS 2020年1月31日


彼が中古ショップで買ってきたVHSテープはパッケージと中身が違っていた。試しにそれを再生し始めた彼は、信じられないものを見ることになる。

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 ずっと観たかったものの古すぎて手に入れられなかった映画のビデオが、ようやく手に入った。まさか初めて行った中古ショップにこんなレアものがあるなんて。
──酒もよし、つまみもよし、楽しみだ。
 ワクワクしながらパッケージから取り出すと、出てきたのは『The Pogo’s Fun Time』というタイトルが色褪せたラベルに書かれているビデオだった。直訳すれば『ポゴの楽しい時間』となるだろうか。
「なんだこれ。こんなビデオ、買ったつもりないんだが……」
 返品するべきか? そう思いもしたが、もしかしたら掘り出し物かもしれない。それなりに界隈には詳しいつもりの私でも聞いたことのない作品だ。面白い作品やレアものだとしたら、それはそれで価値がある。
 とりあえずビデオデッキに差し込んでみよう。使い古したビデオデッキがガチャンという音を立てて謎のビデオを飲み込む。テレビの前に置いてあるソファに座り再生ボタンを押してみると、既に巻き戻されているようで青い楕円に黄色い文字のスタンリー・フィルムズという配給会社のロゴが再生された。
「見たことのない会社だな……」
 突然、へたくそなアコーディオンとラッパで演奏されたノイズ交じりの間延びした音楽が始まる。完全に不協和音が混じっているそれで、聞いていてぞわぞわと気分が悪くなってきた。
 照明が付いて壇上が照らされる。木製のステージが現れ、赤黒く皴のついたカーテンが壁にかかっていた。ステージの中央には、椅子に縛られた小太りの男が座っていた。履いているブリーフ以外は何も着ていない。
 青い目をした外国人風の男の黒髪はぼさぼさで、猿ぐつわを何とか動かそうと口をもごもごと動かしていた。照らされた体には玉の汗が光り、目はカメラの方を向いている。明らかに逃げようとしており、その視線はこちらに助けを求めていた。
「これは……?」
 醜悪なジョークだろうか。それともこういう始まり方をする映画なのだろうか。どちらにせよ、あまり笑えるようなものでもない。
 すると、ステージの袖からタップダンスをしながらこぼれるほどの笑顔を浮かべたピエロ、いやクラウンが出てきた。赤い髪と大きな口に白い顔のクラウンはサインポールのような赤・青・白の縦ストライプの入ったつなぎを着ている。
 クラウンは中央まで珍妙なステップで歩いていくと、男の後ろに立ってから一度飛び上がった。
『はぁい、みんな大好きポゴだよぉ! 元気にしてたかな!?』ポゴはボーイソプラノを思い出させるとても高い声でつづけた。『今日はゲストを2人お招きして、とぉぉっても楽しいことをしようと思うんだ!』
 そういえば吹替を選択していないのに、日本語で吹き替えられている。外国のものだと思っていたがそうではないのか、それともローカライズされているのだろうか。
『初めに、ここにいる大きなお友達に挨拶しよぉう!』ポゴは男の隣へ歩いていき、耳に手を当て体を傾ける。『はぁい、元気!?』
 男は何としても逃れようとしているかのように、ポゴとは逆のほうに首をかしげる。しかしポゴはそれが気に食わなかったようで、先ほどまで笑っていたポゴの顔が一気に真顔へと変わった。
『楽しくないじゃぁないか……せっかく楽しいことをしようと思ったのに』
 ポゴは体を傾けるのをやめ、つなぎの胸ポケットからベルトを取り出して男の首に巻き付けた。
「えっ、なんだこれ……」
『楽しんでくれないお友達にはたぁのしんでもらおう!』
 ポゴはまたにっこりと笑い、男の首に巻き付けた紐を力いっぱい引っ張り始めた。首を絞められた男は舌と目を飛び出させ、空気を求めるかのように体を震わせる。絞殺は締め方によって気道が潰されて苦しむか数秒で失神して苦しまずに逝くかのどっちかだと聞いたことがあるが、明らかにポゴは”楽しんでもらう”ためにあえて気道を潰すように締め上げていた。
『ほーぅら、友達もとっても楽しそうだよ』
 男の顔は充血して真っ赤に染まっており、目も飛び出んばかりに見開かれている。
 私はその光景を見て、いよいよ耐えられなくなってきた。確かにグロテスクなシーンは映画の中で描かれることもあるし、ある程度は慣れていると自負している。しかしそれは、シーンとして必要だとかプロット上必要だとかそういう理由があるからこそ受け入れられるのであって、こんな明らかに無意味なスナッフフィルムのようなものを見る気は毛頭ない。ただ不快で気味が悪いだけだ。
「捨てよう。こんなビデオ、見たくもない」
 ソファに座りながらリモコンの停止ボタンを押す。すると、首を絞めているポゴがケタケタと笑い始めた。
『人の死は止められないよぉ?』
 まるでそれは、私の行動が無意味であると暗に指し示しているようなセリフだった。その言葉が真実であるかのように、ビデオの再生が止まる様子もなく目の前にある画面にはすでに白目をむき口から泡を吐き出した紫色の顔をした男がぐったりとした様子でピクピク震えていた。何度押しても何度押しても、男は死へと歩みを止めず、ポゴは殺しと笑いをやめなかった。
「どうしてだ……?」
 椅子から立ち上がり、ビデオデッキに歩いていく。取り出しボタンを押してしまえば、さすがに再生も止まるだろう。
 しかし取り出しボタンを押してもビデオが排出されることはなく、ポゴを笑わせるだけだった。むしろテレビ画面に近づいたせいで、ポゴと死にゆく男の顔がより近く見える。男のほうは失禁しているようで椅子の下に水たまりを作っており、ポゴは私に言い聞かせるように『みぃんな、死からは逃れられないのさぁ』といった。
「こうなったらコンセントだ」
 ビデオデッキの裏に回ってテレビとビデオデッキのコンセントを抜く。あまり褒められたことではないのは知っているが、この状況じゃ仕方ない。
 抜いた瞬間、ブチンという電源の切れる音の代わりにポゴの高笑いが聞こえてきた。
『ざぁんねん! みんなの楽しい時間は邪魔させないよ』
 その言葉に私は背筋を筆で撫でられるかのように鳥肌が立つ。どうしてだ、なぜ電源が入っていないのに映画が止まらないのだ。
「くそ、どういうことなんだ」
 あとできることといえばこの家から逃げることだ。幸い、行く当てはいくつもある。すると、突然体の自由が利かなくなった。
『おっと、途中退出は演者のみんなに失礼じゃないか。最後まで見るのがマナーだよっ!』
 私の逃走本能とは相反するように、足は勝手にソファへと向かう。まるで自分の体がパペットとして扱われているかのようだ。ソファに座った私の体は縛られているように身動き一つとれなかった。
 そのころにはステージの上にいる男は体を震わせることもなく、水たまりの上で苦悶の表情を浮かべながらこと切れていた。私は思わず目を背けようと首に力を入れるが、瞬きすら自由にできない状況下では筋を違えて激痛が走っただけだった。
『ゲストの一人はもう退場! じゃあ、次のゲストを呼ぼうか!』
 そういいながらポゴは死んだ男を、椅子ごと奈落へと蹴り飛ばす。それに対して見ているのであろう観客たちは悲鳴を上げることも歓声を上げることもなかった。
 ポゴが私を指さす。『さあ、次のお友達だ! レェェェッツ、ファン!』
 突然目の前が真っ暗になる。テレビから流れてくる音や開けたはいいもののほとんど手を付けていないつまみの匂い、尻に触るはずのふわふわしたソファの感覚なども消えてしまった。まるで私が体を失ってしまったようだった。
 10分? 1時間? どれくらいの時間が流れただろうか。しばらくして、突然私は強烈な光に照らされた。思わず目を背け、腕で光を遮ろうとする。しかし首も腕もどちらも全くと言っていいほど動かなかった。それと同時に聴覚も戻ったようで、先ほどまで聞いていたへたくそなBGMがより大きな音で耳に届いた。
 匂いがする。公衆便所のようなアンモニアと血が混じった匂いだ。ふわりと生暖かい風が頬を撫でる。
「なんだ……」と言おうとしたその時、口に猿ぐつわがはまっていて声が出ないことに気が付いた。目も強烈な光に慣れてきたようで、体は動かないもののあたりを見回すことができた。
 そこはあのビデオに写っていたステージの上だった。体はなにやら拘束具のようなもので固定されているらしく、私は直立姿勢で顔からつま先まで板のようなものに固定されていた。
「たすけてくれ」という叫びも猿ぐつわに吸い込まれ、もごもごというほかない。拘束を解こうと暴れてみても、がっちりと固定されていて、一切体が動かない。私が今できることは、光景を余すことなく撮ろうとしているカメラのレンズを見つめるほかになかった。
「やあ! 2人目の、お友達だぁ!」
 ポゴの声がはっきりと後ろから聞こえる。見たくない、聞きたくないものがいよいよ私に迫ってきた。
「さぁさぁさぁ! 楽しもう!」
 ポゴの顔が私に接吻するかのように覆いかぶさる。粉っぽいセメントみたいな化粧品の匂いと血を飲み込んだかのような腐臭が鼻腔を満たし、ポゴの目に浮かんでいる獲物を逃がさんとする眼光に射すくめられた私は、ただ恐怖におののく以外にできなかった。

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隣人X 2020年1月29日


隣室から聞こえる悲鳴や深夜に出される黒いごみ袋、殴打するような音……彼女は異常行動を繰り返す隣人を不審に思うが、親友にたしなめられる。そして親友の勧めで管理人に連絡を入れたとき……。

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 何かそれなりに重いものが落ちた振動とドスンという騒音が足元の床と鼓膜を音楽とともに揺らす。私はつけていたイヤホンを外し、部屋の窓から外を見た。工事している様子も事故が起きたような様子も見当たらない。
「またか……」
 ぼそりとつぶやき、私はもう一度耳にイヤホンをはめる。
 ここ最近、休日の昼間はいつもこうだ。平日は仕事なのでわからないけれど、おそらくずっと似たような音は響いているのだろう。うるさいと言って苦情を出すことも考えたものの、夜に騒がしくしているわけでもないのだから中々苦情を出すのも難しい。
 原因はつい数週間前に引っ越してきた隣人のせいだ。
 深夜に悲鳴とも歓声とも取れないものが聞こえたのが始まりだった。何かと思ってドアをノックしたら、グレー色のスウェットを着た髪の薄い小男が出てきて、「FPSゲームでちょっといろいろあっただけだ」という一言を残してドアを閉められた。
 まあ一回や二回ならいいやとあの時は思ったのだけれど、この騒音と振動が何週間も続いているのなら話は別だ。おそらくあの小男が何か作業を──家具の組み立てか分解か──しているのだろう、しかし問題はそれがあまりにも長いこと。
 引っ越してからすぐならまだしも、先週もこんな感じだったし、先々週もこんな感じ。何かが落ちる振動と物を切断する騒音が昼間はずっと聞こえてくる。それにこのアパートに住んでいるのは私くらいだから、苦情を入れるなら私が入れるしかない。
 と、そんなことを考えていたらプレイリストの中に入っている音楽が終わってしまった。なぜかループ再生するのを忘れていたらしい。
 仕方なく最初の音楽へと画面をスクロールして戻り、私は聞こえてくる騒音をかき消すようにイヤホンの音量を上げた。聞こえさえしなければ、見えさえしなければ、存在しないようなものなのだ。

 数日後、仕事が異常に長引いたせいで0時を回ってからやっと家路についた私は、自分のアパートの前まで来たとき、何かがごみ収集所のあたりでうごめいているのが見えて足を止めた。私の住んでいるアパートの前にはごみを集めるための大きな鉄製のカゴがあるのだ。そのあたりで何かが動いていた。
──なに?
 よくよく目を凝らすと、アパートの屋外灯に照らされたのはあの小男だった。そいつがずいぶん重そうに黒いごみ袋をゴミ捨て場に放り込んでいる。一つ放り込むとまた一つ、何個あるかはわからないもののたくさんあるようだ。
 時計を見ると1時近い。こんな時間にごみを捨てるなんてそれはそれで非常識だけれど、なんといっても黒く重そうなごみ袋を何個も捨てているのがとても不気味だった。
 とはいえ、小男の前を通らないと自分の部屋に帰ることができない。不気味さを押し殺してあいつの前を通るか、それともあいつの作業が終わるまでここで待つか。二つに一つだ。
 そう逡巡していると小男は全部のごみ袋を入れ終わったのか、自分の部屋へと戻っていった。
──ふう。
 心のそこから安堵して、ごみ集積所の前を通ろうと足を踏み出す。街灯のかすかな明かりに照らされたごみ収集所のカゴの中には、黒いごみ袋が5つか6つ見えた。ずいぶんな量を捨てたものだ、よほどごみを溜めていたのだろう。
 ごみ収集所に近づくたびになんだか甘いような血なまぐさいようなにおいがしてきた。なんとなく豚肉を腐らせてしまった時のにおいと似ている。あの若干食欲をそそられるようにも感じるけれど明らかに食べてはいけないもののにおいがする、あれだ。
 中を開けてみてみるべきか? でも、人のごみをあさるのは基本的にご法度だ。よほどの理由がない限りは開けるべきではないだろう。
 それに何が入っているか分かったものじゃない。服や靴が汚れるようなものが入っているとするなら、数少ない仕事着を汚してしまうことになる。
 この詮索に、そんな価値はあるのか?
「……やめよう」
 私は自分に言い聞かすようにつぶやいて、ごみ収集所を無視して自分の部屋に戻っていった。

 あのゴミが何なのかわからないまま二週間が過ぎ、休日を迎えた私は惰眠を貪っていた。起きるのも億劫だし、布団の中に潜っていてもスマホで海外ドラマを見られるのだからいいじゃないかという考えだ。ごみ袋の中身が何なのかはいまだに気になっているけれど、ドラマを見ている間は忘れられる。
 その時だ。突然、隣の部屋から何か重いものを派手に壁にぶつけたような音が聞こえ、私は跳ね起きた。
「なに!?」
 聞きようによっては、誰かを鈍器で殴ったような音にも聞こえた。いったいなんなのか
 もう一度、たたきつけるような音。もし壁に何かをぶつけているのだとしたら、穴が開くか跡がついてもおかしくないような音だ。
「なんなの?」
 警察に通報するべきか? こんなことに取り合ってもらえるのかはわからないけれど、さすがにこれは普通じゃない。でも、もし本当に何かあったら私も面倒なことに巻き込まれてしまう。ならば、何もしないほうがいいかもしれない。それに本当になにかトンカチでも使っているのなら、向こうにも迷惑だろう。
 パニックに陥っている思考をぶった切るようにインターフォンが鳴った。ベッドから起き上がってカメラ越しに見ると、そこには小男が立っていた。
『……お騒がせして、すいません』
 リップノイズのひどい声でぼそぼそと話す彼は、あんな音が響く何かが起きたとも思えないほど感情を感じさせない平坦な口調だった。
「あ、はい……」
『大丈夫なので……はい。それでは……』
 そういってインターフォンの前からいなくなる。私はカメラを切った後、背筋に冷や水をたらされたような寒気を感じて床にへたり込んだ。
──なんだろう、あの人。
 偏見なのはわかっている。でも隠れるかのようにごみを捨て、悲鳴や騒音がしても平静であり続ける人間というのはあまり近くにいてほしいものではない。人間ならもう少し慌てるなり困るなりしたっていいはずだ。その一切がない人間というのはアンドロイドか宇宙人か、そう言う類のものだと思えてくる。
「……だれかに相談してみようかな」
 こういう時、頼れる人が一人いる。ちょうど今日予定もない私は、彼の時間がとれるかどうか聞くためにメッセージアプリを起動した。

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「……それで、隣人がおかしくて困ってるって話でいいんだね。毎日うるさいしゴミも隠れて出してるみたいだしということで」
「ええ、そうなのよ。なんか怪しくて。今日もすごい大きい音が隣で聞こえたし」
 あの常軌を逸した騒音から一時間もしないで、旧来の友人である彼と駅前のファミレスで会う約束をした私は、会うなり相談を持ち掛けていた。彼も今日は暇だったらしい。
「どんなことがあっても平静でいられる人間なんている?」
「うーん、サイコパスなんかはそういう傾向があるけど」
 心理学科出身の彼は体を左右に揺らす。考えるときの癖だとか。
「じゃあ隣の人は犯罪者?」
「ちょっと結論に至るのが速すぎるよ」
 彼は懐から手帳を出し、二つの丸が一部で重なっている絵を描いた。いわゆるベン図というものだ。
「さて、ここで問題。Aという人がいます。彼は少年院に入っていたことがあり、交友関係も不良やヤクザかぶれが多いです。年齢も40歳近く、定職はなく生活も苦しいです。ここまではいい?」
「ええ」
「じゃあ……1番、彼の苗字は田中である。2番、彼の苗字は田中であり強盗をしたことがある。どっちのほうが妥当でしょう」
 私は犯罪歴があることと生活に困っているということから、2番がありそうだと思った。交友関係もよくないなら、そういう話が来てもおかしくなさそうだ。
「……2番かな」
「うん、外れだね」彼は悪びれることもなく、手帳に描いたベン図に文字を書き込む。片方の円には『名字は田中』、もう片方の円には『強盗をした』と書き、二つの円が重なるところに斜線をひいた。「1番はこの片方の円、2番はこの斜線の部分なんだ。具体的な数字をあげるなら、苗字が田中である確率を1 %として強盗する確率を90 %としても、1番の確率は1 %で2番の確率は0.01 × 0.9で0.9 %。すなわち、数学的に妥当なのは1番ってわけ。こういうのを『合接の誤謬』って言って、類似する話に『リンダ問題』っていうのがあるんだよ。客観的に見れば起こりうる可能性が低いはずの事象も、主観的にデータを組み合わせた時には可能性が高いように感じてしまう」
 いわれてみれば確かにそうだ。二つのことが一緒に起こる確率は、一つのことが起きる確率よりも減るというのは高校数学の話だった。
「なるほど」しかしなぜこんな話を彼は持ち出したのだろう。「で、この話と私の悩みはどういう関係があるの?」
 彼は手帳をめくり、もう一度ベン図を描く。片方の円には『サイコパス』、もう片方の円には『犯罪者』と書いてあった。
「とても失礼なことを承知で、仮に隣人がサイコパスだとしよう。その彼が同時に犯罪者である確率というのは、さっきも言った通り少なくなるんだ。サイコパスである確率が1 %として犯罪者である確率が……まあ、適当に20 %としようか。1 %と0.2 %だからね、サイコパスであるかもしれないけれど犯罪者とは限らない」
「じゃあ、あの騒音とかゴミとかは……」
「DIYが好きなのかもしれないし、朝起きるのが遅いせいでごみを捨てる機会を逃してたのかもしれない。感情を出さないのだって、サイコパスだからではなくて人付き合いが苦手なだけかもしれない。サイコパス自体は思うほど珍しいものでもないけど、多いわけではないしね……まあ他人に配慮できないのはサイコパスの特徴の一つではある」彼は肩をすくめた。「要は、今のままじゃ結論は出せないってこと」
「そう……」
「とりあえず、それだけ大きい騒音だからね。一度管理人さんに連絡を取ってみるほうがいいんじゃないかな。迷惑しているのは間違いないし、相談できる立場なのは君だけだし」
「だよね。十分迷惑だもんね」
 彼は大きく頷いた。「うん。何かあったら管理人さんが何とかしてくれるよ」
 それからしばらく他愛のないことを駄弁ったあと、私は家に帰って管理人さんに今日あったことの顛末を話した。ほぼ毎日うるさいことや夜になるとごみを捨てていること、今日はひときわ何かをたたきつける音が大きかったこと……。
 管理人さんは真摯に聞いてくれて、「わかりました、近日中に対応します」と答えてくれた。
 彼に話したことや管理人さんに任せることができたからだろうか、安心感から私は久しぶりにゆっくりと眠ることができた気がした。ここ最近、ごみ袋の中身だとか小男の正体だとかが気になっていて、なかなか寝付けないでいたのだ。

 そうして相も変わらずうるさい日が続いた一週間後の朝、私は二人が言い争うような声で目が覚めた。
 この声は管理人さんだろうか、とてつもない剣幕で何かをまくしたてている。こんな朝っぱらから、いったい何を言い争っているのだろう。もう一人の声は小さすぎるのか、聞こえない。
 すると言い争う声がドタバタという何か暴れまわるような音へ変わる。その無茶苦茶な音は外から隣室へと移っていった。
──えっ?
 そうして、また何かで壁を殴りつけるような音とくぐもった叫び声が聞こえてきた。殴りつけるような音は何度も続き、叫び声は殴打音の回数と反比例するように小さくなっていった。
 しばらく耳を澄ましていると、叫び声とともに殴打音が止んだ。
 体の毛穴という毛穴から冷汗があふれ出る。こんな状況、普通じゃない。きっと何かの間違いだ。もしかしたら、寝ぼけて何か悪い夢を見ているのかもしれない。
 そのとき、ガチャガチャという鍵を鍵穴に差し込むような音が聞こえた。
 ベッドから降りて恐る恐る玄関のほうを覗くと、ドアが開く。
 そこには手に血まみれになった金属バットをもった小男が青ざめた表情で、けれどにやりと笑って立っていた。

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増える! 2019年11月30日


突然彼を襲った、割れるような頭痛。その痛みと呼応するように聞こえる何者かの声。声が彼に告げる、「俺はお前だと」と……。作者もどう思いついたか覚えてない狂気の一編。

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 私は持っていたカップを取り落とす。中の飲み物がこぼれるのは嫌だなあ、そんなのんきなことを考えながら頭を抱えた。
 もとより頭痛持ちの私だが、今日のものはひと際きついものだった。まるで両目の奥にひびが入ってしまったかのようだ。
 ともかく頭痛薬でも飲んで横になれば楽になるだろう。そう思って救急箱を探すが、はてさてどこに仕舞っただろうか。
──箪笥のふたつめの引き出しにあるぞ。
 低く掠れている男の声が頭の中から響いてくる。その助言に従って引き出しを漁ってみると、本当に白い箱に緑色の十字が書いてある救急箱が見つかった。中にはしっかりと痛み止めが入っていた。
 探している間にも頭痛はひどくなっていく。台所に走っていき急いで薬を飲み下して、片づけるのが面倒で朝からひきっぱなしにしていた布団に転がり込んだ。
──薬なんて効かないぞ。
 先ほど聞こえたのと同じ声が頭の中に響いた。一体この声の主は何者なのだろうか。
「お前は何者だ」
 ふと浮かんだ問いを口に出す。その瞬間、痛みは両目の裏だけではなく、額の方にまで範囲を広げた。このまま行ったら、鼻梁からうなじまでひびが入り、頭がピスタチオのように割れてしまいそうだった。
──俺はお前だ。
 私の問いに頭の中の声は答える。
「どう言う事なんだ」
──もう少しで分かるさ。
 先ほどとは別の低い女声が聞こえてくる。同時に、幾人もの笑い声が頭の中で爆発した。気持ちの悪くなった私は、風邪か偏頭痛かが引き起こした幻覚だと思って目を閉じる。何とかして寝付こうとしたが、眠りは痛みに阻まれ続けた。
 それに頭もなんだかどんどんと重くなっていく。額が熱く、触れると腫れているようだった。その腫れは脈打ち、まるで生きているかのようだった。
「この痛みを止めてくれ」
──無理な相談だよ。
 そんな子供のような声。
──待てばよくなるわよ。
 頭痛に響く高い金切り声。
 薬が効いてよくなるどころか、締め付け骨を割るかのような痛みはひどくなり、吐き気も出てきた。痛みは額を超えて既に脳天にまで回っている。頭はまるでモヒカンのように肉が盛り上がり、脳みそが骨を突き破っているかのようだった。
 換気扇や外の車の音も頭蓋骨の中で反響する。視界にはバチバチと輝く火の粉が広がった。
 あまりの痛みに顔がゆがみ、「誰か助けてくれ」と思わずつぶやく。
──今すぐ楽にしてやるよ。
 最初に聞こえた声がまた脳内に響く。その瞬間、痛みは一気にうなじまで広がった。
 想像を絶する、ノミか斧かで頭を勝ち割られたかのような痛み。声にならない声で叫びながら、思わず上体を引き起こした。
 ビニール袋を引きちぎるようなぶちっという音と共に視界が真っ赤に染まり、頭の上から無くなりかけたマヨネーズを無理矢理出すかのような汚い水音が聞こえてきた。
 痛みは少しずつ引いていく。けれど、部屋の中は私のものなのかそれとも別の何かなのか、水音と共に赤く染まっていった。
 それからしばらくして、痛みが完全に引いて頭の重さや熱っぽさも無くなり赤く染まった視界が明るさを取り戻した頃。恐らく頭の上から吹き出した血か脳髄かが部屋をまんべんなく赤く染め上げた頃。
 私は何の気もなく、額を触る。額はVの字にぱっくりと割れていた。恐る恐る指をうなじの方へと滑らしていくと、額からうなじまで骨の断面を触ることが出来た。きっと見る人が見れば、私は今人間アケビだ。
 なぜ私は生きていられるのだろうか。そんなぼんやりとした疑問が、ない頭の中をめぐる。
「早く、早く救急車を……」
 幸運なことにスマートフォンは別の部屋にある。この赤い液体には濡れていないはずだから、今もまだ使えるはずだ。
 私は慌てて立ち上がる。
 その瞬間、視界から光が消え、身体から力が抜けた。

 俺は目を開けた。手を眼前に持っていき、光にかざした。人間の手だ。
 辺りを見回す。『あいつ』の目を通して視てきた古ぼけた和室に俺は寝転がっていた。辺りには神経質そうで髪に艶のない妙齢の女や初老の上品さが漂う女、あどけない表情を残した子供。当然だが、全員裸だ。
 部屋はいつも通り、血や脳髄になんて染まっていない。あえていうなら、部屋の中央で倒れている『あいつ』の頭から僅かに流れ出てきた血液が部屋の一部分を染めているくらいだろう。その血は俺たちが奪えなかった、そして少しだけ残っていた『あいつ』の部分だ。利用しようにも俺らとは一緒になれない以上、この部屋に残していくしかないだろう。
 俺は立ち上がり、タンスの中から四人分の適当な服と下着を見繕う。『あいつ』の頭の中にいたときは裸で済んでいたが、如何せんこれから人間社会で暮らしていくには裸だと不味い。人間になる以上人間のルールに従った方が良いだろう。
 女や子供も俺と似たような考えらしく、神経質そうな女は裸のまま『あいつ』が持っていた現金をきっちり四等分にしようと躍起になっているし、上品そうな女は俺たちがしばらく生活できるように荷物をポリ袋に纏めていた。子供の方はといえば、『あいつ』が夕飯にでも食べようとしていた昼の残り物を貪っていた。
 しばらく俺たちは各々のことをしながら──神経質そうな女から現金を受取ったり、子供から飯を分けてもらったり──外へ出る準備をしつづけた。
 日も暮れ、外が暗くなった頃。服を着て腹をある程度満たした俺らは、上品そうな女からそれぞれポリ袋を受取った。
「さあ、外に出ましょうか」
 神経質そうな女が特徴的な金切り声で俺たちを促す。俺たちは適当な靴を靴箱で見繕ってから、玄関ドアをくぐった。
 明るい街灯が俺たち四人の顔を照らす。この辺りは人も多くないから、『あいつ』が死んだことに気が付くのは何日も、もしかしたら何か月も先のことになるだろう。その間に身体を取り戻した俺たちは日常生活に溶け込んで、あいつの代わりに生き続けるのだ。
「じゃあ、またどこかで会おうよ」
 子供が踵を返して夜道を歩き始める。俺も女たちに背を向け、夜道を歩き始めた。

 三人と別れて最寄りの駅に向かう道すがら、俺の頭を激痛が襲う。思わず持っていたポリ袋を取り落とし、俺は「何なんだ一体……」と呟いた。まだこの世界に体が慣れていないのだろうか。
──お前一人だけだと思ったのか? 『あいつ』の中にいたのは。
 その言葉に答える様に頭の中から男の声が聞こえ、痛みは一気の脳天まで広がった。

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赤提灯 2019年11月29日


温泉街の路地裏に佇む一軒の古ぼけた居酒屋。ふとその居酒屋を訪れた彼は、『特選モツ一体盛り』という名前の料理を見つけて注文するが……。

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 涼しい夜風を浴びながら、私はぶらぶらと温泉街を歩いてた。橙色のナトリウムランプが辺りを照らし、色彩を失った町はまるで亡霊のようだ。
 なぜこんな場所にいるのかといえば、雑誌の懸賞に応募したところ幸運にも温泉宿の宿泊券を貰ったのがキッカケだ。それでなんとなく日常に疲れていた私はこれを好機と、有給を取って悠々とここに泊っている。
 とはいえ、あまり大きな温泉街でもなければ有名な所でもない。なんならシャッターが閉まっていたり壁面にツタが絡まっていたり、ここの住人も減っているようだ。そんな街に活気なんて求める訳にもいかず。夜になれば限られたコンビニやチェーン店はおろかスナックのような夜の娯楽を楽しめる所も閉まっている。
 チケットは二泊三日だが、消耗していたわけでもないので一日かそこら休めば大体回復する。そうなると色々とやりたいこともでてくるものだが、さっきのような事情もあり私は手持ち無沙汰になっていた。
 こういうときはいつもしないことをするに限る。
 夜に路地裏を歩くなんて不用心の極みだと思いながら、路地裏へと繋がるであろう道を歩いていく。碌な街灯もない路地裏には、ツタだらけになり窓ガラスの割れている家や苔むしたブロック塀が並んでいる。
──やはり表に面白そうなものがなければ、裏にも面白いものは無いか。
 当然といえば当然の帰結に落胆しながら表に戻ろうと踵を返したそのとき、目の端に何かが見えた。
 赤い提灯。こんな裏路地に居酒屋があるというのだろうか。
──もしかしたら隠れた名店かもしれない。
 そんなことを思いついた私は、光に惹かれる虫のように赤提灯に向かって歩を進めていた。

 小汚い暖簾をくぐり──いつぞや聞いた話だが暖簾が汚いほどその場所で長く続けている、つまり味がいいということだ──煤けた磨りガラス戸を開ける。中はさほど明るくないものの、小綺麗だった。土間に並んでいる背の高い木目のキレイな椅子やつやつやした一枚板のカウンター、戸棚の上に並んだ何本もの一升瓶など、なかなかに雰囲気がいい。
「いらっしゃい」
 法被を着たいかつい大将が無表情でカウンターの中に立っていた。私は大将の前に座り、ここはどんな店なのかと尋ねた。すると大将はなんでもある店だと答えた。
「じゃあ何を頼んでも大丈夫なのだね?」
「ええ。品切れになることはありません」
 大将は無表情のまま頷いた。
 とりあえず日本酒のぬる燗を頼んだ後、私はメニューを流し読む。基本的に肉を多く取り扱っているらしく、こういう居酒屋の割には魚介類を使ったメニューは多くないようだった。海鮮が少ないのは内陸の温泉街だからだろうか。
 注文した日本酒が私の前に置かれ、それをちびちびと飲みながら酒の当てを探し続ける。酒は温度も味もちょうどよく、注文する前に一合飲み干してしまいそうだった。
 しかし、これだけ上等な酒に合いそうな肴がなかなか見つからない。お品書きを閉じ、私は店内を軽く見渡す。こういう店ではたいてい、本日のおすすめがどこかに張り紙されているものだ。
 はたして、私の予想は当たったようで。入口のある左の壁に『本日のおすすめ品』と朱書きされたポスターが貼られている。そこには『特選モツ一体盛り』と書かれていた。おすすめ品でかつ特選だというその響き、上等な酒に合わないわけがないのだ。なにより私は自分が脂肪肝だろうと高脂血症だろうと気にしない、無類のモツ好きだからにして。
「大将、『特選モツ一体盛り』を一つ」
「はいよ」
 一合とっくりが空くころ、ようやく私の目の前にモツとタケノコの炒め物がやってきた。大将曰く、マメ(腎臓)とタケノコの炒めものだという。
 箸で赤黒い肉をつかんで口に入れる。ほとんど臭みを感じないどころかニンニクとショウガの香りが鼻腔を満たし、醤油の塩気やすりおろした玉ねぎの甘味と絡む。コリコリとした触感も乙なもので、火の通り具合も最高だった。
 もっと酒が欲しくなった私は燗酒をもう一本頼み、酒と肴を交互に口へと運ぶ。味が濃いわけでもないのに主張する味を酒で洗い流すのは最高だった。ああ、おいしい。
 あっという間に皿の中にあった中華風炒めは無くなっていく。
 ほとんどなくなりかけた時、次の逸品が運ばれてきた。
「焼きレバーです」
 食べやすいように並べられたレバーが平皿に乗ってやってくる。聞くと、臭みを十分に除いた後に塩焼きしたものだという。
 普通、臭みが強く油分もあまりないレバーを塩焼きにすると、よほど慎重にやらなければ臭いがきつくなるだけでなくパサついてしまって食べるのも一苦労になるのだが、なかなかどうして挑戦的なことをする。
 一切れ口に運んで驚いた。かみしめるほどに感じる脂と臭みのない純粋なまでのうまみ。今まで食べてきたレバーとは比べ物にならない。普通のレバーではないのは確実だ、フォアグラや白レバーのようにある程度脂肪が付いたものなのだろう。そんなものが出回っているなんて、知る由もなかった。
「本当に美味しいですな」
「自慢の一品です」
 しかしなんだか、酒がいい感じに回ってきた。いつもより酔いが早いように感じるのは、旨い肴を食べているせいで酒量が増えているからだろうか。その割には尿意をあまり感じないのだが。
 まあいい、まずは目の前にある旨いものを堪能しよう。
 掻き込むかのようにレバーの塩焼きを口に運ぶ。最後のひと切れとなったところで、大将は次の一品を持ってきた。鍋に入っているのはモツの味噌煮らしい。シロコロとヒモを一緒に煮込んだものだという。
 一切れ口に運ぶと味噌の匂いが鼻を通り抜け、かみしめるごとにべっとりとした快感が舌を覆う。もう一つ口に運ぶと、何度噛んでも噛み応えを失わないながらも脂が溢れ出てくる。そして唐辛子の辛みが、怒涛の脂とうま味にキレを持たせた。
 酒を日本酒から芋焼酎のロックに変える。こういう料理には強い酒の方がいい。
 芋焼酎の強い風味で口の中をリセットしてから、またモツを口に運ぶ。その繰り返しを続けていると、不意に腹の調子が悪くなってきた。まるで食べすぎたせいで使える腸の部分が少なくなってしまったかのようだ。
 それでも酒と肴を口に運ぶ。まるで憑りつかれてしまったかのようだったが、兎にも角にも美味しいのだ。酷さを増す酔いと体の不調なんて吹っ飛んでしまうほどに。
 鍋の中からモツと酒が無くなる。そのことに不安を覚えつつ、次の料理が待ち切れなくなってきた。
 目の前にトマトソースのようなものが出される。洋風の料理らしく、一緒にワインも供された。
 大将の説明も聞かずにフォークで具を突き刺し、口に運ぶ。ハラミとエリンギのトマトソース煮だ。柔らかいハラミの感触と歯切れのいいエリンギ。油分たっぷりのトマトソースが脂の少ないハラミを補い、強めのニンニクが相まって味が濃いだけではなくキレがある。
 ワインはあまり飲まないのもあって評価しにくいが、風味の強いこの料理に負けない香りと渋みを持ちながらも、味を必要以上に洗い流さない。とても料理に合うワインだった。
 食べれば食べるほど胃が圧迫されるようで──いつもならばこんなに食事を食べることはないのだ──呼吸が苦しくなってくるが、それでも食べることはやめられなかった。
 あっという間にトマトソース諸共、皿の上から料理が無くなる。その頃には酔いもいい感じに回ってきており、腹の不調のせいか息も上がってきていた。
 だとしても、食べることをやめられそうにない。美味しい料理を食べたいのだ。
「最期の料理です」
 そういって出されたのは、ハツの丸焼きだった。
 目の前で大将が心臓を切り刻み、食べやすい大きさにして供する。箸でひとかけら掴み、口に運ぶ。
 今まで食べた料理と比べるとあまりに不味い。ぱさぱさだし、ゴムみたいだし、食べるに値しないものだった。それでも、まるでマシンかのように私の腕は口に心臓のかけらを運び続ける。口は心臓をかみ砕き、飲み込み続けた。
 飲み込むごとに、自分の頭の働きが悪くなるかのように、ぼうっとしはじめた。でも食べたい。食べる、たべる、タベル……。
 最後のひとかけらを飲み込んだ時、大将がぼそりと「ごちそうさまでした」と呟いた。
 その瞬間、私はまるで自分の心臓があるべき空間が空になったかのような痛みに襲われ、小料理屋の床に倒れ込んだ。息が詰まり、考えることもできない。どうしようもない苦しみに耐えようと、必死で歯を食いしばる。
 大将がカウンターから身を乗り出し、私の苦しむさまを見ていた。その顔は入ってきたときとは全く逆で、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
 その笑みが目に焼き付けられたのを最後に、私の視界は真っ暗になった。

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未来から来た男 2019年9月28日


大ヒットした新作モキュメンタリー・パニック映画、その監督兼脚本家が語るところにはある人物から聞いた妄想が元になっているというが……。

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  清浄な空気漂う会議室で、私は白い壁に囲まれながら座り心地のいい椅子に腰かけていた。汚い物などありはしない、清潔で正常な世界だ。

 今日は私が手掛けた映画の大ヒットを記念して、週刊誌からインタビューをしたいという依頼が来た。作品を作るのはもちろん人の注目を集めるのも好きな私は、それを好機と依頼を受けたのだった。十数年、下積みを積み重ねて続けてやっと得た名声。それを存分に使って、一体何が悪いというのか。

 ほどなくして、若い記者がメモ帳とICレコーダーを片手にもって会議室に入ってきた。

「こんにちは。映画のヒット、おめでとうございます」

 爽やかな声で記者が話しかけてくる。私は謙遜するように「いやいや、周りのスタッフのおかげですよ」

 椅子に座ったあとに、緊張をほぐすためなのか軽い世間話をしてから記者が「それではインタビューを始めさせていただきます。ICレコーダーで録音してもよろしいでしょうか?」と尋ねてくる。私は構わないという意志を込めて、首を縦に振った。

 それから十数分ほど製作の苦労や映画のコンセプトなどを事細かく聞かれ、存外色々な事を聞かれるのだなと考えながら、私は記者が投げかける質問に覚えている限りのことを話した。

「監督は脚本も手がけられていましたよね。近年では様々なパニック映画が出ていますが、監督の映画は驚くほど仔細な社会が描かれているために評価されたと言われています。それを考えるにあたっての苦労されたことをお聞きしたいのですが」

 私は少し頭を傾げて考える。ここで全て私の想像だといえば、希代のモキュメンタリー作家になれるだろう。ただ、周囲の期待を自分の実力以上に跳ね上げてしまえば後々創る作品の評価に落差を生み出してしまうし、あの男がいつ「これは私が考えたストーリーだ」といいだすか分かったものじゃない。

 それならば、真実を話してしまった方がいいだろう。

「実はこの話は一年ほど前に出会った、とある方からお聞きした話が元なのです。もちろん幾つかの点において脚色はしましたが、その方が思いついたストーリーが骨子となっています。要は原案者ですね」

 記者が興味をそそられたように前のめりで私に訊ねる。

「とある方、とは?」

「お名前などは分からないのですが、ある日私がバーで飲んでいるときに出会った方なのです」

 

 私は寂れたバーで一番安いブランディを飲みながら、なにか脚本のアイデアが思いつかないものかと酔った頭をフル回転させていた。ここ最近、書く脚本、書く脚本、すべて取り下げられていて、いい加減フラストレーションが溜まっていたのだ。

 しかしまあ、素面でも思いつかないのだから酔った頭でなど思いつくわけもなく。

 いっそ自主製作映画にでも手を出すべきか。スタッフやキャストは学校時代の知り合いやそこらへんをぶらついている役者のたまごを引っ張ってくればいい。問題は予算だ。いくら低予算でやるといっても、レンタル機材云々だけでも十数万。人件費まで含めれば数十万だ。長い映画を作るともなると、もう一桁は必要だ。

 斜陽化した映画業界とはいえ、アルバイト代も含めればとりあえず生活する分の稼ぎはある。とはいえ、ポンと数十万円を出せるほどの貯蓄は出来ていない。誰かから借りるとかプロデューサーを見つけるとか資金調達の方法は思いつくが、前者は映画がヒットしなければ借金を背負うだけだし、後者に至っては名の無いセカンドに目を付けてくれるプロデューサーなどいないだろう。

 私の慎重な性格も問題なのだ。確実にヒットすると分かっていれば借金の一つや二つ背負うものの、映画の世界はそれほど甘くはない。それをわかっているから、リスクを犯せないのだ。

 ため息をつく。映画業界に憧れて入ったものの、ここまで厳しい世界だとは。自分の想像を作品にするのがこんなに大変だとは。

 そのとき、ドアベルがカランカランと鳴る。こんな平日ど真ん中の深夜にここに来る客がいるなんて珍しい。

 ドアの方を見ると、ボロボロの服を着た如何にもホームレスという風貌の男が立っていた。

 意図せず男と目があう。関わりたくないという私の思いを無視して、男はおぼつかない足取りで歩いてきて、私の隣に座った。

 汗の饐えた臭いと何かが焦げた臭い。微かに肉を焼いたような美味しそうな臭いもする。

「……おい、あんた聞いてくれよ」

 逃げ腰になりながら、この場から逃げて変に男を刺激したくなかった私は「なんだ」と答えた。

 見た目とは裏腹に呂律も発音もはっきりしている男は、「二年後だ。二年後、世界が崩壊するんだよ」と言い始めた。

 ホームレスみたいな男のいうことだ、おそらく何かショックなことがあって冷静ではないのだろう。そう思って聞き流そうとした私は、メモも何も出さずにカウンターの頬杖を突いた。

「あれはオリガルヒが石油プラントの開発を続けているシベリア奥地に建設された石油採掘場で、倒れる従業員が続出したのが始まりだった。今から半年後の話だ」

 オリガルヒという聞き慣れない言葉に内心困惑しながら──後で調べたところによるとロシアの新興財閥だとか──私は妙に話が具体的だなと思いつつ、まだホームレスの妄想だと考えていた。

「当初、連中はそのことをロシア政府にも隠そうとしたんだ。なんせ、何億バレルもの石油が埋蔵されていると地震探鉱が告げていたからな。そいつの価値は計り知れないし、自分たちで何とかなると考えてもいたんだ。でも一年後、従業員の半数以上が倒れて、政府に頼らざる得なくなった」男が乾いた唇を舌で湿らす。「政府は保健・社会発展省から人員を派遣したが、その頃には周囲の村や別の採鉱会社にもその症状は広まっていた。状況を重く見た政府は管轄を民間防衛・緊急事態・危機管理局に移したうえで特別対応チームを結成した。それでもあいつらは封じ込めに失敗したんだ。石油採掘会社はシベリアの永久凍土で眠ってた古代のウイルスを掘り出しちまったんだよ」

 私は一旦彼の話を止めさせ、バーテンダーにウィスキーと軽食を注文し、ポケットにいつも入れているICレコーダーとメモ帳を取り出した。私の中のアンテナが、これはいいストーリーになるということを告げたからだ。

 とりあえず今まで聞いた話をメモに書き写し、録音していいかを聞いてからICレコーダーを起動する。男の方はというと、自分の話が後世に伝わるならどんなことをしてくれても構わないということだった。

 注文した軽食を食べるよう促すと、よほど腹が減っていたのかあっという間に皿の上の料理を平らげウィスキーを飲み干す。もっといるかと聞いたら、まずは話してしまいたいということだった。

「大監督として知られてるあんたにこの話が出来て良かったよ」

 軽食を食べ終わった男がそんなことを口走る。それが嫌味なのか誰かと勘違いしているのか判別がつかなかった私は、「とりあえず話を続けてくれ」と促した。

「WHOも動いて何とかしようとしたんだ。でも、飛沫感染もすれば潜伏期間も長いあのウイルスを封じ込めることはできなかった……」何かを思い出すように小刻みと震え始める。「飛行機に乗ったキャリアは世界中に飛んでいって、そこら中を血の海にした。あのウイルスは潜伏期間が長いのに発症後24時間で肺をぶっ壊す。だからあっという間に広がっては、辺りを血に染めるんだよ。口から血を溢れ出させるんだ」

 素人が考えた妄想にしては本当良く出来ている。技術的には映画で表現可能なのも尚の事都合がいい。

「それで何人も、何人も死んだ。ワクチンを作る間もなく、呼気に混ざって広がるウイルスを止めることも出来ず。国もあっぷあっぷしはじめて、ついに感染者を集めて生きたまま燃やし始めた」男が手で顔を覆う。「そんなことをしても感染拡大は抑えきれなかった……政府上層部も死にはじめて……ウイルス発掘から一年半後には世界中の殆どの人間が死んでいた……」

「そうかそうか」

 私は気のない返事をする。どうせ妄想ではあるのだが、慰めるくらいの事はしていてもいいだろう。といっても私は男の心情などに興味はなく、興味があるのはこの話を映画化していいのかどうかという話だけだった。

「俺は……俺は……」男がぶるぶると震え始める。「上に言われて、妻を、息子を、息子の友達を、妻の両親を……」両手で煤けた顔を覆う。「焼きただれて赤と黒の混じった肌、閉じなくなった瞳、髪の毛の焼ける臭い……」

 突然叫び声をあげた男は椅子を蹴るようにして立ち上がり、ドアへ向かってまるで獣のように走ってそのまま外に出ていった。

 残された私とバーテンダーは目を合わせたまま、目の前で起きた事態を飲み込めず、しばらく呆然としていた。

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「──という話があったのです。もちろん、彼には映画化していいかなんて聞けていません。だからこそいくらかオリジナリティを足し込んで、『私の物語』にしたのです」

 それからすぐさま脚本を書き上げた私はコネと信用を最大限に使って、多大な借金を背負いつつ映画を作った。結果は大成功、借金もあっという間に返済できた。それくらい、彼から聞いた話は大成功したのだ。

 熱心な記者は頷いて、「映画には元々会社員として働いていたものの、崩壊しつつある世界で遺体焼却のボランティアをさせられている男がいましたよね。もしかしてモデルはそのお話を聞いた方なのですか?」

「ええ。名前も知らないとはいえ原案者に近い彼に、せめてものリスペクトを示したかったのです」

「なるほど……」記者がメモ帳に何かを書く。「それで監督のことについてなのですが──」

 それからまた、私の出で立ちや映画作りにおいての考え方などを聞かれ、インタビュー開始から数時間後にやっと私は解放された。

「本日はありがとうございました」

 ICレコーダーを切り、メモ帳を仕舞った彼が座礼する。

「いえいえ。色々な話が出来て良かったですよ」

「記事になったら原稿を送りますので、確認をお願いします」

「よろしくお願いします。原稿が楽しみです」

 私たち二人は立ち上がり握手を交わしてから、一緒に会議室を出ていった。

 

 帰り道、私がスマートフォンでニュースを見ていると、『シベリア、謎の感染症発生』という記事が目に入った。

──まさか、偶然だろう。

 じっとりと冷や汗を掻きながら、気になった私はリンクをタップする。

──シベリアで謎の感染症が蔓延、ロシア政府は緊急事態を宣言……。

 そこには、あの男から聞いた話とほとんど同じ話が書いてあった。

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呪い Side-M 2019年3月31日


愛美はある日、昔付き合いのあった夏美が彼氏と歩いているのを目撃する。しかし夏美を秘かに恨んでいた彼女は、幸せを奪い取るために呪うことを決める。

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 何の変哲もないアスファルトの敷かれた道路。車道を走っていく乗用車。スマートフォンの小さい画面ばかり見ている歩行者。
 誰から見てもいつもと何も変わらない日常。ただし、一つだけ他の人と違うところがある。
 私の目には道端に立って歩いている人の顔を覗き込んだり電柱の陰に立ったりしている幽霊も見えている。時折背中にへばりついているのもいるけれど、多分そんな人は誰かに恨まれてでもいるのだろう。
 どうしてそんなものが見えるのか、私も良くは知らない。親が霊媒師だとかそういうわけでもないし、母方の祖母が拝み屋だったとは聞いたことがあるものの別段変わった家庭に生まれたわけでもない。
 それでも私は小さいころから道端の黒い影や人を指しては、母や父に「あの人どうしたの?」と聞いていたらしい。その都度、両親から「そんな人はいない」と諫められ、人には見えていないものが見えているという事に気が付いたのは中学生くらいの頃だった。
 学生時代と言えば。夏美は元気にしているのだろうか。私が虐められるキッカケを作りだした張本人。
 彼女に私がいわゆる霊感を持っていると話さなければ、何か困ったことがあれば助けると言わなければ、私はけばけばしい化粧で自分の顔を隠さないでも出歩くことが出来たのに。
 キッカケはスクールカースト上位の一人が夏美にまとわりついたのを、私が色々と手を使って──主に呪いとかその類のもので──対処したからだ。それ以来、私は他の人とは違うという事に気が付いたあいつらは、何か悪いことがあれば何でもかんでも私のせいにし嫌がらせを繰り返してきた。
 夏美があんな男に目をつけられなければ、夏美が私を頼らずとも一人で何とか出来れば、私は夏美の代わりとして人身御供に捧げられることもなかっただろうに。
 何よりもムカつくのは、夏美本人は私がいじめられていることに気が付いていなかったこと。その鈍感さがあんな男に纏わりつかれるという事を引き起こしたにもかかわらず、彼女はいつまでも、いつまでたっても鈍感なままで居続けた。
 もとより頼りのない人だったから彼女に頼る気はなかったけれど、それでもその鈍感さは私の感情を逆なでし続けた。
 当然、先公にも相談した。だけれど返事は、「対処する」という言葉だけ。何一つやろうとせずに、生徒指導の先公共はいじめの事実をもみ消した。
 最終的にいじめられ続けた私は精神的なバランスと一緒に体調を崩して志望した大学に落ち、地元の大学に通うことになった。最悪なのはあの連中もそこを志望し、合格していた事だった。
 あとは言わなくても分かるだろう。大学に行っても私がおかしい人間だと言いふらされた挙句私は周囲から孤立し、最後は自主退学した。同じ学科の人間たちが私に向けた目に耐えられなかったのだ。
 それからは職を転々としつつ大学時代のうわさから逃げ回り、最近やっと、地元から離れたこの町である程度落ち着いた生活を送ることが出来るようになった。それでも、虐めてきた連中が何時何時この町に来て私のことを見つけ出すか分からないという恐怖から、職場で陰口をたたかれるのを承知で厚化粧をしているけれど。
 ふと、視界の端に何か懐かしいオーラが映る。人によって守護霊だとかオーラだとかはあまり変わらないから、いくら年数を経て姿かたちが変わっていようが一度見たものは覚えている。
 見るとそこにはやはり、夏美が歩いていた。隣にいる彼氏と思わしき男性と手を組んで。
 その姿を見て、私は燻っていた憤怒の炎が燃え上がり、煮詰めた砂糖水のようにどす黒い感情が体の底から湧き上がるのを感じた。夏美は幸せそうで自分を偽る必要なんてない。なのに、彼女を救ったはずの私は不幸を背負い込み仮面を被ることでやっと外を出歩ける。その差にあるのは一体何なのか、なぜ彼女は私の背負っている不幸のひとかけらも背負わずに外を歩くことが出来るのか。
 何故何故何故。彼女は幸せで私は不幸なのか。憎悪と憤怒が、私の中で噴きあがり、理性というものを焼き尽くす。
 その感情が漏れ出てしまったのか、近くを通ろうとした人がなにやら恐怖心に駆られたかのように顔を顰めて私に道を譲る。けれど、私にとっては気にならない。
 心の中でほくそ笑む。良いことを思いついた。
 彼女から幸せを奪い取ってしまおう。

 そこから、私は百円ショップや近くにある神社を回って、彼女を呪うのに必要な道具をいくつか買ってきた。丁度今日は新月だ。呪いを実行するなら、早い方がいい。
 殺す気はない、殺してしまっては彼女に私の気持ちを体験させることが出来ない。だからこそ、あくまで健康を損なう程度でいい。その程度ならば、大した手間もかからずに彼女を呪うことが出来る。
 彼女から幸せを奪い取るために、私は二段階からなる計画を考えた。まず今日やるのは、一段階目の実行と二段階目の準備だ。
 毛筆と手水で磨った墨で書いた呪符に高校時代の卒業アルバム──本当は持っていきたくなかったけれど親にどうしても持って行けと言われたものだ──から切り取った夏美の写真を重ねて、呪符と写真が筒状になるように適当な紐で縛る。そのとき、写真の首と紐の位置が重なるようにすること。
 最後にその紙筒に釘を打ち込み、数回呪文を繰り返した後、釘を抜いて紙筒を燃やす。これで、彼女の健康はほどなくして損なわれるだろう。燃やした灰は真っ新な半紙に包んで保管しておく。この灰はあとで呪いを解くのに必要だ。
 突然、背筋を撫でるような冷ややかな感触が私を襲う。これで一段階目の呪いは成功した。
 次に毛筆と墨を洗い流し、手水で朱墨を磨る。別の半紙に先ほどとは違う呪文を書いて、乾くまで窓際へと置いておいた。これは二段階目に、彼女に本当の絶望を与えるために必要な呪符だ。
「ふふっ……」
 思わず笑い声が漏れる。私が背負ってきた苦しみを、彼女も味わうがいい。

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 それからしばらくして、仕事終わりに家へと帰ろうと道を歩いていると、人ごみの中に彼女のオーラが見えた。同時に彼女の背中には、痴情のもつれで命を絶ったり恨みを抱いたりしている人間の霊や生霊の塊が、十数尺ほどの身長をした女性の形で貼り付いている。見る限り、私がかけた呪いは完璧に働いているようだ。
 人の間を縫って、彼女のもとへと歩いていき──背中に張り付いている女に睨まれたけれど、私が術者である以上は手だししてこない──私は後ろから声をかけた。
「ねえ、夏美じゃない?」
 彼女はいかにも体調が悪そうな青い顔をして、私の顔を見つめる。その姿を見て、私は物事がうまく運んでいるのだと思って微笑んだ。
「誰ですか?」
「斎藤愛美だよ。高校まで一緒だったじゃん」
 彼女は私のことが分からないかのように、眉をひそめる。そうだろう、自分がいかに恵まれて幸せなのか分からない女が、私のことなんてわかるわけがない。自分を偽らなければ外も歩けない人間のことなんて。
「あ、もしかして私がめっちゃ化粧してるからわかんないとか?」
「ええ。私の知っている愛美さんはそんな……」
「ちょっと大学で色々あってねー」笑って私のことを信用させよう。まだ計画は終わっていないのだから。「あ、もし時間あるならさ。ちょっと話してかない?」
 しばらく考える様に目を泳がした後、彼女はゆっくりと微かに頷いた。うまく行ったみたいだ。
「じゃあ行こ。ここらに私の行きつけのカフェがあるからさ」
 これから彼女に振り掛かる悪夢を考えると、私は笑いが止まらなかった。

 行きつけのカフェで、彼女と私はカフェラテとロイヤルミルクティーを頼み、それぞれ口をつける。だけれど彼女の方はというと、具合が悪いせいであまり飲む気になれないようだった。私はというと、自然を装うためにカップを持って中のものを数口飲む。けれど、これから先に起きるであろうことを考えると、歓喜のせいで味がしなかった。
「随分具合悪そうね。まあそんな状況じゃ無理もないか」
 彼女が顔を顰め、私のことを見つめる。そうだろう、いきなりそんなことを言われて納得できる人などそうそういないのだから。
「どういうこと?」
 私はあくまで自分が関わってないという体で、彼女に「夏美、あんた最近変な夢とか突然の痛みとかそういうの無い?」と尋ねた。
 すると彼女は驚いたように目を見開いた。当然だ、見ていないとしたら驚くのは私の方だ。
「どうしてそれを?」
 私は持っていたコーヒーカップを置いて、彼女の背中に張り付いている女と目を合わせる。向こうは私をにらんできたけれど、この程度の雑魚に怯えるほど私は弱くない。
「うーんとね、恨まれてるって言うか……呪われてるっていうべきかな。夏美の背中にべったり女が張り付いてる。で、その女が首を絞めたり心臓をかき乱したりしてるのが不調の原因」
 如何に事実の中に私が存在しないよう編集するか。それは私が異常だということを隠し続けてきたのと、そっくりだった。
「誰がやってるとか、分かる?」
 私は首を横に振る。当然だけれど、自分がやっているとは言わない。
「流石にそこまではね……今ある道具じゃわからない。でも、男性関係みたいね。このまま放っておけば彼氏にも影響が出るから、別れることも考えて」
 彼女が聞きたくなかったかのように目を机へと落とし、考え込むかのように黙った。そうだろう、そうそう手放す気はないのだろう。
──でも、これからあんたは彼を手放さなくてはいけなくなるのよ。
 しばらくして、彼女は消え入るような声で自分の考えを述べる。実現するはずもない、彼女の意見を。
「別れたくは、ないかな……」
「まあ、そうよねえ」
 私はカバンの中に入れておいた呪符を一枚取り出す。彼女に呪いをかける時、一緒に作ったものだ。彼女に致命傷を与えるための、朱墨で書いた呪符。
「これは?」
「お守り。これをいつもは枕の下に入れて寝て。ただし新月の日には夕暮れから夜明けまで枕の下から取り出すこと」
 本当は違う。これは恋仲である男女の関係を引き裂き、呪符を持ってない方と術者を恋仲にするもの。要は略奪愛のための呪符だ。
 私の計画は彼女が一段階目の呪いで健康を損ねた後に私に頼り、なにか呪術的な解決を求める。二段階目として、この呪符を渡して愛すらも奪うと同時に一段階目の呪いを解いて、彼女に私を信用させるとともに彼氏を奪う。
 そうして「浮気しているかもしれない」という疑心暗鬼に陥ったところへ、彼と私が付き合っているところを見せつけ、本当の孤独を味わせるのだ。信用したはず友人と恋人を同時に失うという、本当の孤独を。
 彼女は疑うこともなく私の呪符を受取り、「ありがとう」といってバッグに仕舞う。
 私はこれから起きるであろうことを考えて、思わず笑みがこぼれた。
「気にしないで。いつもそうやって来たじゃない」

 それから彼女と別れた私は家へと帰って、呪ったときに出た灰を包んだ半紙に毛筆と手水で磨った墨で呪文を書いて、満月の夜になるまで待った後、川へと半紙ごと流した。これで彼女の健康はゆっくりではあるけれど、確実によくなっていくはずだ。
 ほどなくして、私の職場に夏美の彼氏が仕事の都合で来るようになった。それを好機に、私は彼を口説いたり誘惑したりして──時には呪いのおかげもあって──彼を篭絡することに成功した。あとは彼が私から離れられないようにした後、夏美にその姿を見せつければいい。
 しばらくして。彼が夏美の誘いを断るように諭した後、彼を誘って休日に出かけることにした私は、街の中で彼女のオーラを見つけた。
──丁度いい。
 反対側の道路から見える様に彼の腕をひく。私が彼女を見つめると、彼女も何かに気づいたかのようにこちらを見た。
 その瞬間、彼女の顔が嫌悪と怒りと失望と驚きを混ぜ込んだ表情へと変わる。まるで、それぞれの負の感情を一つに重ねたような表情へ。
 私は彼女のその顔を見て、愉快さのあまり笑いだしそうになった。
 だって彼女の表情は、私の顔とまるで瓜二つだったから。

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呪い Side-N 2019年3月17日


夏美は毎日睨みつけられるような感覚に襲われ、次第に体調も悪化していった。ある日、彼女は古い友人で霊感の強い愛美から、「どうも男性関係が原因で呪われている」と教えられるが……。

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 首が手のひらに包まれる、和紙で皮膚を撫でるような感覚。細く冷たい親指が首の後ろに当てられ、しなやかな長い指が小指から人差し指まで順番に首に巻き付き、ゆっくりと私の首を締め上げて……。
 叫び声をあげて飛び起きる。いつものように、反射的に首に手を触れる。当然、何もついてない。
 荒い息を整えながらベッドの近くに置いてある時計を見ると、仄かに光る時計の針は午前二時半を指していた。
「また……」
 ここ最近、ずっとこうだ。眠りと覚醒の間にいるような状態に叩きこまれたと思ったら、首に細く長い指が巻き付いて締め上げてくる夢を見る。そして飛び起きて時計を見ると、午前二時半。必ず、この時間だ。
 ため息をついてもう一度横になろうと掛け布団を被る。けれど興奮して目が冴えた今の状態じゃ、中々寝付けそうになかった。
 赤ちゃんのようにうずくまる。いったい私に何が起きているのだろうか。ここ最近、これを除けば不安になるような事は一つもない。過去に経験したことがないほど、気が抜けてしまいそうなほどに順風満帆なのに。
 友達の蓮花に相談してみたこともある。もちろん話は聞いてくれたし、重荷が無くなったような気もするのだけれど、何も解決しなかった。
 一度、精神科に行った方がいいのだろうか。もしかしたら、自分で気が付かないような何かが心の中で起きていて、そのせいでこの症状が出ているのかもしれない。
 でも精神科は怖い。よく言われるような事のほとんどが嘘だと聞いたことはあるけれど、何処に行けばいいのかとか何をされるのかとか、分からないことばかりだ。
──もっと症状がひどくなったら、行きましょう。
 そう決めてから数回深呼吸を繰り返すと、何となく心が落ち着いた。
 日々の睡眠不足が祟って、瞼があっという間に重くなっていく。私はまた、眠りの中に落ち込んでいった。

「ちょっと夏美、大丈夫? 顔色酷いよ」
 同僚の蓮花が箸の先を私に向ける。口の中には昼ご飯が入ったままで。
「せめてご飯飲み込んでから話してよ」
「飯飲み込むより、あんたの顔色の方が問題でしょ。本当、酷い顔してる」
 適当に冷凍食品と白米を詰め込んだ弁当箱の上を私の箸が彷徨う。どうしよう、あまり食欲がわかない。
「最近、変なことがあって寝れてないの」
 そうぼそりと呟くと、彼女が不安そうな表情を浮かべて、「ああ……あの、首を絞められるだったかそんな感じのこと?」
「そう」とりあえずご飯を少しだけつまんで、口に放り込んで飲み込む。味がしない。「でも、大丈夫だよ」
 彼女がご飯を口の中に掻き込んでから、「どう見ても大丈夫じゃないけど。飯食えなくなったら動物は死ぬんだよ」
「あはは……」
 はっきりとしない笑いをあげると、彼女がもう一度箸で私を指した。
「洒落じゃないって。昔から色んな動物飼ってきたけど、衰弱して死ぬ前には必ず飯を食わなくなったんだから」
「そんな。私は──」突然、肋骨が肺に刺さったかのような痛みが左胸を襲う。
 息が出来ず、思わず屈みこむ。
 カランカランと、箸の落ちる音が聞こえる。
「ねえ、ちょっと夏美」
 彼女が慌てて、私のことを支えてくれた。無理矢理息を吸い込むと、パキンという音とともに胸の痛みが不意に引いていった。
 屈みこんだまま、荒くなった息を整える。
「大丈夫?」
 私は頷いて顔をあげたけれど、彼女は心配そうな顔で「病院行ったら? 着いてってあげるからさ」と続けた。
「大丈夫だよ……いつものことだから」
 ここ最近の話だ。今と似たような症状が何度も何度も、時と場所を選ばずに私の胸を襲う。とはいえ、しばらくすると落ち着くし痛い他に何かがあるというわけでもない。
 多分、最近寝られていないことが原因なのだろう。それに、病院に行ったところで正体不明とか神経痛とか、そう言われるに違いない。そんな事を聞くために病院へ行くのは、お医者さんも迷惑だろう。
「本当?」
 先ほど落とした箸を拾いながら頷く。ふと腕時計を見ると、もうそろそろ昼休みが終わる時間だった。
「蓮花、もう時間だよ」
「え? ああ……」
 私はほとんど手をつけていない弁当箱を手早く片付け、彼女と一緒に仕事場へと走っていった。

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 仕事を終えて──私のいる部署はそれほど激務ではないので大抵は定時に帰れるのだ──最寄り駅に向かっている最中、私は後ろから声をかけられた。
「ねえ、夏美じゃない?」
 どこかで聞いたような特徴のある高い声。振り向くと、ブリーチ特有のくすんだ金髪をした、見たことのない顔をした女性がニコニコと笑って私の顔を見つめていた。かなり化粧が濃いみたいで、それなりに離れているはずなのに化粧品の粉っぽいにおいが鼻につく。
 私は首を傾げて、「誰ですか?」
「斎藤愛美だよ。高校まで一緒だったじゃん」
 確かに小学校から高校まで斎藤愛美という友達がいた。けれど、彼女はこんなにけばけばしい化粧をしていなかったし、校則がそうだったというのもあるけれど黒髪だった。なにより彼女は派手好きというよりはむしろ地味な子だったはずだ。
「あ、もしかして私がめっちゃ化粧してるからわかんないとか?」
 疑問符を頭の上に浮かべている事に気が付いたのか、彼女はそう訊ねてくる。
「ええ。私の知っている愛美さんはそんな……」
「ちょっと大学で色々あってねー」彼女は屈託のない笑顔──声をかけられてから初めて見る、愛美らしい顔だ──を私に向ける。「あ、もし時間あるならさ。ちょっと話してかない?」
 通勤にはそんなに時間もかからないというのもあって時間はあるし、この時間帯は帰宅ラッシュの関係で電車の中も混む。時間を潰せるのなら歓迎だ。なにより愛美は昔から勘が鋭いというか、いわゆる霊感を持つ子だった。彼女のおかげで、何度か私も救われたことがある。
──もしかしたら、今の私に起きていることに何か説明をつけてくれるかもしれない。
 そんな、藁にすがるような考えが、私の頭を上下に揺らした。
「じゃあ行こ。ここらに私の行きつけのカフェがあるからさ」
 彼女が笑って歩き始める。私もそのあとを追っていった。

 街中によくあるチェーン店のカフェで、私はカフェラテに口をつけた。けれどミルクでも消しきれないエスプレッソの酸味に、思わずえづく。前はそんなことなかったのに。
「随分具合悪そうね」彼女はロイヤルミルクティーを一口飲んで、「まあそんな状況じゃ無理もないか」
 彼女の独り合点に、私は顔を顰める。
「どういうこと?」
「夏美、あんた最近変な夢とか突然の痛みとかそういうの無い?」
 一転して私は目を見開く。何で彼女がそのことを知っているのだろうか。
「どうしてそれを?」
 彼女がコーヒーカップを置いて、私の肩越しに目線を向ける。
「うーんとね、恨まれてるって言うか……呪われてるっていうべきかな。夏美の背中にべったり女が張り付いてる。で、その女が首を絞めたり心臓をかき乱したりしてるのが不調の原因」
 私は働かない頭を巡らせてみる。けれど、そんな恨まれるような事をした覚えはない。確かにあれだけ順風満帆なのだから多少は妬まれているだろう。でも、そんな呪われるほどのことをした覚えはない。
 彼女が嘘をついている? いいや。こういうことに限れば、彼女は嘘をつかない。それだけは確かだ。それで何度も救われてきたのだから。
「誰がやってるとか、分かる?」
 彼女が首を横に振る。
「流石にそこまではね……今ある道具じゃわからない。でも、男性関係みたいね。このまま放っておけば彼氏にも影響が出るから、別れることも考えて」
 私は彼女から目をそらして、机の上にある冷めたカフェラテを見つめる。
 彼のことはもちろん好きだ。だから、彼まで巻き込まれてしまうのなら、別れることも考えないと。でも好きだからこそ、別れるなんてことを考えたくはない。別れずに何とかする方法はないのだろうか。
「別れたくは、ないかな……」
「まあ、そうよねえ」彼女が真っ赤な鞄から一枚の紙を取り出して机に載せる。お札くらいの大きさをした半紙に何か文字を朱墨で書いてあるようだけれど、何を書いてあるのかはさっぱりわからない。
「これは?」
「お守り。これをいつもは枕の下に入れて寝て。ただし新月の日には夕暮れから夜明けまで枕の下から取り出すこと」
 そういえば高校時代、私が面倒な男に絡まれていた時も彼女はこうやっておまじないを教えてくれた。その男は結局、暴行事件を起こした挙句に学校を退学になって、二度と私に関わってくることはなかった。
 今回もきっと、そういうようなものなのだろう。なにより彼女がくれたのだから。
 私はお守りを受取って、バッグにしまう。
「ありがとう」
「気にしないで。いつもそうやって来たじゃない」
 彼女は見慣れた、純粋そのものの笑みを浮かべた。

 それからしばらくして。
 私は悪夢や謎の痛みから解き放たれて毎日ゆっくりと寝られるようになり、それに伴って体調もみるみる復活していった。花蓮や他の同僚からも、「前に比べればずいぶん元気そうに見える」とお墨付きをもらうくらいに。
 けれどそれと同時に、私と彼の距離は離れていった。体調が回復するにつれて、彼と私の予定が被ったり久々に会えると思ったら彼が体調を崩したりと、そういうことが増えたのだ。
 初めの方はどうしようもないことだと思っていた。彼も忙しい人だし、前々からそういうことはあったから。
 けれど日が経つにつれて、どうにもおかしいと思い始めた。あまりに彼と私の予定が合わないし、彼の体調がかなり不安定だ。それに一度、体調を崩しているということだったので看病に行こうかと聞いたら、怒気をはらんだ声で「来なくていい」と言われたこともある。
 好きなのは変わらないけれど、モヤモヤとした疑惑を抱えながら誰かを好きで居続けるのは難しかった。結局、胸に秘めているものが漏れ出てしまっているのか、彼との距離は日に日に離れていった。

 ある休みの日に街中を歩いているとき。私の目は信じられないものに釘付けになった。
 仕事中のはずの彼が私服を着て、道路の向こう側を歩いていた。何故そんなことを知っているかと言えば、デートに行かないかと私が誘ったときに彼が「今日夜まで仕事だから」と断ったからだ。
 そして、彼の隣に立って手を繋いでいる女。それは愛美だった。

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呪い Side-N へのコメントはまだありません

死出虫 2018年7月16日


目を覚ますと、暗く湿った空間に閉じ込められていた彼。暗闇の中で「何故閉じ込められたのか」を考え始めるが、体を這う虫達の感触に気が付き……?

 

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 息を吸うと、湿った土と肉が腐ったような甘ったるい臭いの混じった悪臭が鼻についた。
 重い瞼を開ける。目の前には何も見えない。
 身体を動かそうと身をよじると、肘や膝が木のような何か硬いものと当たり、鈍い音が反響しながら私の耳に届いた。
 限られた空間の中で両手を持ち上げる。
 また、同じような音が耳に届いた。
 訳の分からぬ状況にパニックを起こしそうになりながら、私は首を動かして周りを見回す。
 けれど、そこに求めていた光はない。
 足を曲げ伸ばしして、板のようなものを破れないか試みる。何度か試みた後、かかとの痛みに襲われた。
 悪臭が鼻腔を満たすのを我慢しながら数回深呼吸すると、少し落ち着いてきた。
 いったい私に何があったのだろうか?
 どうしてここにいるのかを思い出そうと、頭の中に思考を巡らせる。鉛の詰まったような頭の中をしばらく漁っていると、いくつか思い出してきた。
 むせび泣く母親の声。妙に冷たい身体。線香の匂い。読経。まるで葬式だ。
 しかし、私はこの通り生きている。
 もし本当に葬式をしたのなら私は参加する側のはずなのに、そんな記憶は一切ない。あるのは、まるで故人として悲しまれているような記憶だけ。
 さらに前の記憶を思い出せないかと思って頭を巡らせる。けれど、少しずつ薄くなっている酸素のせいか、はっきりしない。
 それでも、何か硬いものにぶつかられた衝撃と地面の上を転がる感覚を思い出した。その後、私はどうなったのだろうか。救急車の音、アルコール消毒のような匂いと車特有の揺れ、必死に私のことを呼ぶ男性の声……。ぶつかられた感覚はあるのに、不思議と痛みの記憶はなかった。
 私は狭い空間の中でかぶりを振った。ダメだ、思い出せない。思い出したくもない記憶を思い出そうとしているのか、それとも私に思い出す資格がないのか、何があったのかを思い出せない。
 ともかく、私は何故か知らないが、ここに閉じ込められている。確かなのはそれと踵に走る痛みだけだ。
「だれか、助けてくれ」
 叫んでみても、声は周りに吸い込まれるように反響すらしない。きっと、外に聞こえていないだろう。
 何か他に音を出せそうなものがないか、そう考えて狭い空間の中を手で探っていると、触り慣れたスマートフォンケースの感覚を覚えた。暗いせいでまともに何を持っているかも見えないまま、何とか持ち上げて電源ボタンを押す。
 スリープモードが解除されて仄かな明かりが周りを照らした。やはり、手の中にあったのは私のスマートフォンだった。
──これで助けを呼べる。
 動く片手でロックを解除しようとPINコードを打ち込もうと試みる。
 けれど、「早くこんなところから出ていきたい」という焦りといつも両手でロックを解除していたせいで手元が定まらず、まともに打ち込めない。それを何度か繰り返したものの、エラーメッセージが出て、30秒後にもう一度やり直しになってしまった。
 上手くいかない事にいらいらしながら時間が経つのを待っていると、電源が切れるポップアップとバイブレーションの後、スマートフォンの画面が消えた。
 慌てて電源ボタンを長押しすると、電池のグラフィックが現れて、またしても暗転した。
──電池切れだ。
 私は使い物にならなくなったスマートフォンを足元に投げ捨てる。鈍い音と共に、木が折れるような音が聞こえたような気がした。

 

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 しばらく無駄だと知りつつ声を出して助けを呼んでいると、動かせない手のひらの下をなにかツルツルしたものが通り過ぎるのを感じた。近い触感を持つものとしては、私が趣味で飼っていたコガネムシやシデムシのようだ。だが、コガネムシはまだしも、何故シデムシが此処にいるのだろうか。
 シデムシ、漢字では死出虫ないしは埋葬虫と書いてシデムシと読ませる甲虫の一種だ。彼らは発達した強靭な顎を用いて腐った肉やそれを餌にする蛆を主食にし、中には腐敗物を食するものもいる。種類によっては死体を埋めて──その様子から埋葬虫と名付けられたそうだ──幼虫に食べさせることもあるそうで、その姿は昔から興味を惹かれるものだったらしい。実際にそれを題材にした怪奇小説もあり、私も一度読んだことがある。
 彼らがいるということは、死体のような腐敗したものがあるということだ。きっとそれがこの甘ったるい肉の腐った臭いの原因なのだろう。
 つまり、私は遺骸と共にこの箱のような構造物に囚われている。
 その事を考えた瞬間、胃の上の辺りがきゅぅっと締め付けられるような感覚に襲われる。のどの上の辺りまでその感覚がじわじわと広がり、思わずえずく。幸運なことに、吐くようなものも胃に入っていなかったようで、口の中に胃酸の苦酸っぱい味が広がるだけだった。
 刺激に呼応するように溢れ出てきた唾液にも構わず、「誰か、助けてくれ」ともう一度叫ぶ。
 その声は前と同じように、周りに吸い込まれていった。
 シデムシの這いまわる感覚が私を襲い、痒い様な痛い様な刺激に体が覆われる。私はもぞもぞと体を動かして虫たちを振り払おうと試みるが、木の板が私の動きを邪魔する。
 何とか平常心を保ちながら、私はがむしゃらに体を動かして木の板を壊そうと試みた。
 虫達が潰れるクシャっという耳障りな音と服ごしに感じる漏れ出た体液。それでも、虫達は私を離そうとしない。
 しばらくして疲労困憊した私は、切れた息を整えるために深く息を吸い込んだ。甘ったるい死体の匂いが鼻腔を満たす。死体と一緒に居たくはなかったけれど、このままでは動けそうにない。
 その時、疲れて動かなくなった手のひらに、シデムシの感触を感じた。
 ほどなくして、虫が皮膚を食い破るような激痛が、私の手を襲った。

 

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2017年10月27日


 日常に違和感を覚えた彼は、ふと入った化粧室の鏡を見て驚愕する。そこに、写っていたものとは。

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 けたたましい目覚まし時計の音に目を覚ます。時計を手に取って見ると、今は八時半。
 遅刻確定だ。いつもなら、八時には家を出ないといけないのに。
「やべえ」
 慌てて服を着替え、鏡のない台所で歯を磨いて濡れたタオルで顔をぬぐう。朝飯を食べる時間もないし、髪も手櫛で適当に整えればいいだろう。なにより、今日は重要な取引先との商談がある。その準備を急いで終わらせて、身支度を整えればいい。
 そんなことを考えながら、カバンの中を確認する。
──よし、必要なものは全部入っている。
 カバンの取っ手を掴み、俺はドアのかぎを開けて外に出た。次の電車に乗れれば、何とか間に合うだろう。
 10分かかるところを8分で駅につき、息を切らしながら上を見ると、ふと気になったことがあった。いつもなら、上り線は右にある2番ホーム──この駅は線路が二本しかない島式1面だ──のはずなのに、今日は左にある1番ホームだった。
「おかしいな……」
 駅員さんに聞いてみようかと思って周りを見渡すが、相変わらずここの駅は人がいない。そうこうしているうちに、電車が来る趣旨のアナウンスが鳴り響く。
 目の前に電車が止まり、俺は乗り込む。車内はガラガラで、人影は両隣の車両にも見えない。これなら、椅子に座れるだろう。
 しばらくスマートフォンを弄りながら電車に身を任せていると、上司から電話が来た。そういえば、遅刻すると連絡し忘れていた。
「まずい」
 それも怖いことで有名な有田さんだ。時間にも厳しく規律にも厳しい、このタイミングで話したくない人ナンバーワンだ。間違いなく怒られるに違いない。
 とりあえず着信ボタンをタップし、電話を耳に当てる。
「すみま──」
『どうしたんだ、鏡味くん。遅れるなんて珍しい。体調でも悪かったのか?』
 声は間違いなく有田さんだが、いつもの有田さんの話し方じゃない穏やかな話し方だ。それに、俺は遅刻の常習犯だったはずなのに。
「え……あ、いえ、寝坊してしまって」
 記憶とのギャップで言葉に詰まる。そんな俺をよそに、有田さんは豪快に笑った。
『そういうことだったか。今日は重要な商談はないんだ、気を付けて来るんだよ』
「え? 半田商事との商談があるはずでは?」
『いやいや、半田商事とは明日だよ。慌てすぎて、予定がこんがらがったんじゃないか?』
 どうにも腑に落ちないが、有田さんがそういうならそういうことなのだろう。あとでスケジュール表を見てみないと。
「あ……そうかもしれません」
『他に何かあるか?』
「いえ、特には」
『わかった。会社についたら、私のデスクに来るんだ、任せたい仕事がある』
「わかりました。では、失礼します」
 電話を下ろし、通話終了ボタンをタップする。すかさず、スマートフォンのスケジュール表をタップすると、半田商事との商談は明日だった。
──なんだ。有田さんの言う通り、やっぱりこんがらがっていただけか。
 長く息を吐いて、俺は電車の椅子に沈み込む。上司に怒られないという安堵と取引をお釈迦にしないで済むという事実のおかげで、細かいことはもう気にならなかった。

 電車を降りて、いつも通り北口から右に歩く。すると、左に歩いたときに見えてくるはずの商店街が見えてきた。
──あれ?
 右と左を間違えただろうか? スマートフォンを取り出し、マップアプリを開いて覚えている会社の住所を打ち込む。すると、北口から左に歩けとの表示が出てきた。
「おかしいな……」
 何とも言えないモヤモヤが心を覆うのを感じつつ、踵を返して左に歩く。しばらく歩くと、会社が入居している見まごうことのない灰色をした雑居ビルが見えてきた。
 今日はおかしなことばかりだ。電車は上下反対になっているし、厳しい上司は打って変わって優しいし、右に歩いたと思ったら左に歩いている。いつから、俺は右左が分からなくなったのか。
 悩んでいても仕方ない。とりあえず、仕事に行かないと。
 エントランスに入る。いつもなら右にあるはずのエレベーターは、やはり左にあった。管理人でもいれば話を聞いてみてもいいが、今日は誰もいない。
 俺は一階に止まっているエレベーターに乗り込み、会社の入っている3階のボタンを押して、カバンから名前やらなんやらが書いてある社員証を取り出し首にかけた。
 エレベーターはけたたましい音を立てながら、上へあがっていった。
 会社につくと、入り口近くにデスクのある同期の萩野さんが俺の顔を見て、苦々しい顔をした。遅刻したというのに悠々と入ってきたせいで、彼女の気に障ったのだろうか。俺と彼女は同期で仲は比較的良い方だったはずだけど。
 ともかく、いったん自分のデスクにカバンを置いた俺は有田さんのデスクに向かうと、彼は何やら書類にサインをしていた。
 俺は頭を下げる。
「遅れてすみませんでした」
 彼が顔を上げる。
「電話でも言ったけど、大丈夫だ。とりあえず──」彼がサインしている書類とは別の、ファイルに入った分厚い書類を差し出す。「これを終わらせてくれないか」
 頭を上げ、俺は書類を受け取った。
「分かりました」
 自分のデスクに向かいながら書類を捲ると、分厚い割には対して難しくもない仕事だ。これなら、昼休みまでには何とか終わらせられるだろう。デスクについて仕事を始めると、自分の心を覆っていたモヤモヤは時間が経つにつれて雲散霧消していった。

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 昼休みの時間に入り、俺は伸びをした。先程の仕事もほとんど終わり、あとは確認だけすればいい。
 そういえば、元々ここには大して人はいないが、今日は有田さん、萩野さん、俺の三人しかいない。いつもなら佐藤さんや中西さんもいるのに。
──まあ、いいか。とりあえず、昼飯を食いに行こう。
 そう思い、俺はデスクから立ち上がって社員証を外しながらエレベーターに向かう。社員証はポケットにつっこんでおけばいいだろう。
 すると、その途中で萩野さんと会った。
「こんにちは」
「……」
 無視。いつもなら、返事を返してくれるのに。
 なんだろう、彼氏にでも振られて機嫌が悪いのだろうか。まあ、腫れ物に触れないほうがいいのは身をもって経験している。放っておけば、明日には機嫌を直していることだろう。
 そんなことを考えつつ、俺と萩野さんはエレベーターに乗り込んで一階を押した。そこでも、やっぱり彼女は機嫌が悪そうだった。
 それから30分くらいして、昼を食べ終えた俺は行く当てもないので会社に戻ろうと雑居ビルに向かう途中、またしても街並みに違和感を覚えた。来るときに気づかなかったのは、遅刻したせいで慌てていたからだろう。
──ん?
 俺の記憶にある街と左右が反対だ。左側にあった薬屋は通りの右側にあるし、右にあった本屋は左にある。
 本当に移動したのか? いや、そんなことはないだろう。なにせ、数多ある雑居ビルも全部移動しているのだから。
 そうなると、俺の記憶がおかしいのか、それとも世界が反転したのか。
 しばらく立ち止まって考えてみても、どっちが正しいのか分からない。とはいえ後者は物語じゃあるまいし、そんなことが起こるなんてありえない。前者だって、なにか特別なことをした記憶はない。今週末の土曜日、医者に行ってみよう。もしかしたら、頭に何か……腫瘍か出血かがあるのかもしれない。
 とりあえず、会社に戻ろう。昼休みもあと15分くらいしかない。

 雑居ビルに戻ると、不意に尿意を感じて化粧室に駆け込んだ。用を済ませて時計を見ると、まだ7分くらいある。戻る時間は十分あるだろう。
 ズボンを上げて、ポケットに入れておいた社員証を首にかける。
 洗面台に歩いて行って手を洗う。そういえば、身だしなみをほとんど整えていなかったっけ。
──丁度いい、ついでだ。
 顔を上げて鏡を見る。その時、俺はみぞおちの辺りにあり得ないものを見た。
 目を見開く。鏡の中の俺も、目を見開いた。
「ありえない、そんな馬鹿な」
 鏡の中の口が動く。その口も『ありえない、そんな馬鹿な』と動いた。鏡に右手をつくと、中の俺も左手を鏡につく。
 そうか、これが原因か!

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2017年9月30日


子どもたちから怖い話をねだられ、私は出身地で語られる伝説を話し始める。だが、その話には真実が隠れていた──。

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 ある日、私が散歩の途中に寄った公園の東屋で休憩していると、近所の子供たちが4人ほど寄ってきた。
 最近の子はゲームばかりなどというが、ここらでは遊び場があるおかげか、未だ外で遊ぶ子供たちを見る。かくいう私も、このように出歩いて体が鈍らないようにしているのだけれど。
 とはいえ、もう年も取って体も動かない。昔みたいに動ければいい、そう思ったことは何度もある。
 私は笑いながら、「どうしたんだい」と彼らに聞く。
「おばあさん、怖い話してくれない?」
 一人の男の子が、唐突に私に言う。近所ではカッちゃんだったか、そう呼ばれていたはずの子だ。ガキ大将とまではいかないけれど、子供たちをまとめ上げている子だ。
「またいきなりだねぇ。いいよ、とっておきのを話そう」
 そういうと、子供たちは喜んで、その場に座る。私は手振り身振りをしながら、子供たちに話し始めた。
 子供は元気な方がいい……元気すぎてもいけないけどねえ。
「これはね、私の出身地の、瀬戸内海のある島で起きた話なんだ──」
 
 月のない夜。ある島の砂浜で、男二人が小さなボートの側で話し込んでいた。男たちの顔は分からないが、一人はかなり背が高く瘦せ型。もう一人は対照的に小さく太っていた。
 この島は『禁断の地』と呼ばれている。男子禁制の島で、その理由は漁師に殺された大蛇を鎮めるためだとか男嫌いの海の神様が祭られているだとか諸説ある。
 しかし地元では、ともかく「男は入ってはならない」といわれつづけている。
 なぜなら入った男は、あるものは首と胴が離れた状態で、あるものは達磨──四肢が切り取られた状態──になってこの島の岩場に打ち上げられていることなどがたびたびあったからだ。これは地元の資料館曰く、そういうことがあったという最古の記録は江戸時代らしい。それもその男は「そんな噂はない」と言って死体で見つかったそうだから、もっと前から噂はあったのだろう。
 ただ、そういう場所には得てして、肝試し目的で入り込む人間がいる。果たして、この男たちもそのようだ。
「おい、こんなところで本当に面白いもんが見れるのか?」
「俺の目を信じろって」
「8と6を見間違えて、単位を落とすようなお前の目を?」
 そういって、痩せた男が笑う。言われた方はムッとして、「いいぜ、俺だけで楽しむから」と啖呵を切った。
「おいおい、そんなこと言うなよ。で、サトー。本当なのか?」
 男の一人がムッとしたままの、サトーと呼ばれた小太りの男を小突く。それで気持ちがほぐれたのか、サトーは「あぁ、もちろんだ。美女があの反対側の岩場で裸踊りしてたのを、俺はバッチリ見たんだ」と言った。
「どんな女だよ?」
「そりゃあ、白い肌で、出るところは出て、引き締まってるところは引き締まってる女だよ……顔は見えなかったけどよ」
 サトーはしりすぼみになりながら、そういった。
「嘘だったら、パクったボート返すのお前だからな」
「ジャンケンって言ったじゃねえか!」
 もう一人の男は「冗談だ、ジョーダン」と言ってケラケラと笑う。サトーはそれを見て、胸をなでおろしていた。そして「行こうぜ、モリ」といい、それに応じたモリとサトーは二人して、島の反対側にある岩場にのんびりと歩いていった。

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 今日は月夜で、満月の光に照らされた岩場は波で濡れ、ぬらぬらと光っていた。
「滑るから気をつけろよ」
「おう」
 いくら月夜で明るいとはいえ、夜の海は危ない。少しでも足を踏み外せば、へばりついた海藻のせいで滑りやすい岩から足を踏み外し、頭を打って怪我をする。下手すると、岩についているフジツボや貝で体を切ることだってある。
 だが、彼らは慎重に足を運んで、転ばないように気を付けているようだ。それにどうも、彼らはアウトドア用の長靴を履いているらしく、足取りはおぼつかないものの滑らずに岩場を歩いている。
「本当にこの岩場か?」
 モリがサトーに声をかける。サトーは自信満々に「間違いないって!」と答える。
「俺が見たときも、こんな感じの満月だったんだよ」
「ふーん」
 サトーは見たときの状況を、砂場に押し寄せる波のように、切れ間なくモリに話していた。それにモリは相槌を打ちながら、岩場の先へと進んでいく。
 岩場の先についた彼らは足を止めた。そこは岩場の中で唯一滑らかで平らな岩の上だった。少し進めば、もう海の中だ。
「ここで見たんだよな? それもはだしで?」
「ああ……」
 モリの問いに、サトーは自信なく呟いた。どうみても、こんなところに人が来ているとは考えにくいからだ。
 そこは、今のような干潮なら足を波に洗われる程度で問題ないが、満潮になれば簡単に沈んでしまう。それに、いくら平らとはいえ周りはごつごつとした岩が出ており、裸足で歩けば怪我をするのは避けられない。また、ぬめる海藻が岩に張り付いており、ここで踊るなんて激しい運動をすれば、容易に転ぶ。
「お前の見間違いなんじゃないか?」
「かもしれねえ……こんなところに女がいるなんて、考えられねえもん」
 モリが海の方を見ながら舌打ちして、「ちっ、骨折り損かよ。帰ろうぜ」と言った。それに「だな」とサトーが返す。
 その時、空気を切る音が響き、モリの隣にあったサトーの頭が無くなった。猛烈な勢いで噴き出す血液に、モリは「え?」という素っ頓狂な声で答え、思わず後ずさる。その時、彼は足を滑らせて強か石に体を打ち付けた。
 その時、モリはその女と目が合った。
 腰に付けたベルト以外は裸の女。プロポーションは最高だろうが、顔はおしろいで白く塗られ、怨嗟の形相を浮かべて、彼をにらんでいた。その女が手に大きな鉈をもって、モリを見下している。
 女はモリの胸を踏みつける。情けない声が漏れたが、女はそのまま鉈を左脇にあてがって、上へと切り裂く。地面が割れるような悲鳴も意に介さず、女は同じように右腕を切り落とした。
 悲鳴は次第に薄れ、荒々しい呼吸が聞こえ始める。譫言の様に「はすけへ……」という声が聞こえるが、女は足を離して腰につるした水筒を開け、モリに中の塩水を浴びせかけながら、呪文を唱える。
 モリの体が何度かビクッと痙攣してから、長い息を吐いて彼の目から光が消えた。
 女は遺体を祭壇に横たえ、また呪文を唱える。そして、満潮になるまで、神に向かって踊り続けた。

「──ってお話があるんだよ。女の人は妖怪かお化けなんだろうねえ、怖いねえ」
 余韻を残すように、私は言った。どうも、この話は子供たちの心をつかんだようで、彼らは身を乗り出すように話を聞きながらも、固まっていた。
 その時、コウちゃんと呼ばれている子が、「なんで登場人物が全員死んでいるのに、おばあさんは知ってるの? 作り話なんじゃないの?」と聞いてきた。
 確かに見た人がいないと、怪談話は伝わらない。
「そうかもしれないねえ……私も地元にいたときに聞いただけだからね。でも、私の地元で伝わる話なんだ」
 コウちゃんの質問は、周りの子たちの緊張を解いたようだった。口々に「作り話か」という声が聞こえ、子どもたちは胸をなでおろす。ざわめき始めて少しすると、カッちゃんが「ありがとう、おばあさん」と言って、子供たちは別の遊びに向かっていった。
「やれやれ、忙しいねえ……元気なのは良いことだけど」
 私は子どもたちの背中を見ながら、あの当時のことを思い出していた。確かに、作り話のように聞こえるだろう。まあ、今の世の中であんな風習を続けている島があるなんてこと、そう信じられるものではない。
 だが、私が真実をすべて語ったというわけではないということに、彼らはいつ気づくのだろうか。願わくば、あの島に関わること以外で思い出してほしい。できれば、いつまでも気づかないでいてくれると嬉しい。
 本当のことを知ったら、子供たちは私に話しかけてなんか来なくなっちゃうからねえ……。

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