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ポストカード 2018年11月26日


ある日、郵便受けに入っていたのは、彼を被写体にした送り主不明のポストカード。初めは写真を見て懐かしんでいた彼だったが、あることに気が付いてから……。

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 週一回の買い物を終えて帰ってきた俺が荷物を置いてドアの裏側に付いている郵便受けを開けると、はがきが一枚滑り出てきた。
──なんだ?
 このご時世、はがきや手紙なんて送ってくる人が居るなんて。公共料金の領収書だとかダイレクトメールとかならわかるが。
 手に取って見ると、表には俺の住所と名前が綺麗な字で書かれていた。消印は昨日。文字の丸さから、なんとなく女性っぽい気がする。
 どこかでこの筆跡を見たことがあるような気もするが、どうにも思い出せない。さて、どこだったか。
「誰かに住所教えてたっけ……」
 女友達は居るものの、特に必要ないと思って住所は教えていない。唯一教えるとしたら彼女がいる場合だが、今の部屋を借りるようになってから彼女が出来たことはない。
 というよりは以前付き合っていた彼女の執着心や嫉妬心があまりに強すぎたせいでトラウマになってから、女性関係は持たないようにしている。その彼女とは俺が夜逃げする形で縁を切っているので、住所は知らないはずだ。
 とりあえず、裏を見よう。そう思ってひっくり返すと、半年ほど前に行われた河原でのバーベキュー大会──会社の部署ごとで開かれるレクリエーションという体で開催された──の写真だった。
 川原特有の丸い石が敷き詰められた地面と疎らな野草。そこに焼き台が横に三つ並んでおり、俺は中央の焼き台の近くでプラスチックコップに入ったビールを片手に、ぼけっと空を見ていた。周りにはほとんど人がおらず──確か肉が焼ける前だったので、誰もこっちに来ようとせずに俺が火の面倒を見ていたのだ──唯一、俺よりもカメラから離れた位置に立っていた同僚の佐藤がカメラの方を見ていた。しかし佐藤にはピントがあっていないので、被写体は俺らしい。
 多分、フレームの外では鈴木課長が女性社員をそばに侍らせ、他の男性社員がいそいそと面倒を見ているに違いない。ああいう上司にこびへつらうのが苦手な俺や佐藤は、二人寂しく賞与の値段を嘆きながら一緒に居る訳だが。
 まあ、そうは言いつつも懐かしい写真だ。課長のことが大嫌いというわけでもないし、レクリエーションのおかげで新入社員とも知り合えたし。
──しかし、誰が送ってきたんだ?
 裏にも表にも送り主の名前や住所は書かれていない。書かなくても届くものの、何かあったときのために大抵は書くものだと思うのだが。
 カードを指の間に挟んだまま廊下を歩き、キッチンを超えて居室に入る。机の前に置いた椅子に座ってから、机の上に電気スタンドをつけてもう一度、ポストカードを隅々まで確認してみた。
 やはり、何処にも送り主の名前や住所は書いていない。イニシャルや郵便番号すらも。
 何となく引っかかったものの、何か害があるというわけでもなさそうだ。もしかしたら、社員の誰かが撮った写真を、気を利かせて俺に送ってくれたのかもしれない。
 それでも手紙という手段を取るなんて、珍しいものだが。
「……まあ、いいか」
 俺はポストカードを机の引き出しに仕舞い、ストリーミングサービスで映画を観るためにラップトップを起動した。

 定時に仕事を終えてから──鈴木課長は苦手な上司ではあるものの、こういうルールに関しては厳しい人だから嫌いになれない──部屋に帰り、郵便受けを開ける。すると、またポストカードが滑り出てきた。
──このカードが来るのは一週間ぶりだな。
 今回も前と同じく、送り主の情報は一切ないようだ。裏を見ると、三か月くらい前にあった高校の同窓会の写真だった。今回も俺が主役になっているらしく、友達が中央にいる俺を取り囲んで笑っていた。
 ただ、この写真はおかしい。
──誰が撮ったんだ。
 生まれつき酒が強いおかげで、かなりの量を飲んでもそのときの状況をある程度思い出せる。
 だからこそ、確信を持って言える。あの時、誰も俺の写真を撮ってはいない。
 バーベキュー大会の時はカメラに気づかなかったのかもしれないが、室内であれば気づくはずだし、気づいていればそっちの方を見るはずだ。なのに、俺は笑ってはいるもののカメラの方を見ていない。
──流石におかしいぞ……。
 廊下を通ってワンルームに入り、シングルベッドに腰かける。消印を見ると、送り主はどうも近所のポストから俺に送っているらしい。というのも、書かれている郵便局の名前がここ一帯の集配郵便局だからだ。
 もちろん、逃げた身である俺に近所の知り合いなどいない。
──まさか……。
 俺はその考えを振り払う。まさか、あいつが俺を追ってこの町に来たわけではないだろう。何より、あいつは同窓会に参加していないのだ。あの写真を撮れるわけがない。
 とりあえず、こんなことを相談してまともに聞いてくれるのは佐藤だけだ。あいつは頭の回転も速いし冷静だ、なにか糸口を見つけてくれるかもしれない。
 俺は胃の上の辺りを掴まれるような感覚をこらえながら、佐藤にいくつか連絡を入れた。

 翌日。吐き気と頭痛、そして右手に持っていたウォッカの空瓶と共に目覚めた俺は、よろよろと立ち上がってトイレに行き、便器に顔を突っ込んで盛大に吐いた。
 吐きながら、昨日のことを思い出していた。あまりの恐怖と不快感で冷蔵庫に入れておいた缶チューハイでも酔いきれなかったため、足りない酒を近くのコンビニで買い足したのを最後に俺の記憶は飛んでいる。
 幾ら酒に強いと言え、近くに転がっているものから見て、缶チューハイ五本にウィスキーとウォッカをそれぞれ一本ずつ飲んだようだ。それだけ飲めば、こうもなるだろう。
 一頻り吐いて落ち着いてからシンクで口をゆすいで何杯か水を飲んだ後、若干の気持ち悪さを抱えつつスマートフォンを取りにワンルームに戻った俺は、ベッドの近くに転がっていた目覚まし時計を見て驚いた。
「やべ……」
 佐藤と約束した時間まで一時間とない。待ち合わせ場所まで行くのに、ここから五十分はかかるっていうのに。
──まともに身だしなみ整えている時間はなさそうだな。
 シンクへとんぼ返りして、片手で歯を磨きながらもう一方の手で櫛を掴み、髪を適当になでつける。髪を梳き終わったら歯ブラシの代わりにマウスウォッシュを口に含んで、顔を簡単に洗って干してあったバスタオルで顔を拭い、終わったら口からマウスウォッシュを吐き出す。
 近くにあった私服を着てから、今まで送られてきたポストカード含め必要なものだけ持って玄関に行くと、郵便受けに何か入っていた。
──嘘だろ……?
 郵便受けを開ける。
 ポストカードだ。手に取ると、いつも通り俺の住所と名前しか書いていない。裏を見ようとひっくり返そうとして、不意に思いとどまった。
──いや。これを見るのは、あいつに会ってからだ。
 そう思い直してカバンにポストカードを突っ込んでから、俺はドアを開けて──もちろんカギは忘れずに──駅に向かって走りだした。

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 ぎりぎり佐藤と時間通り落ち合うことが出来た俺は、近くのファミレスのボックス席に座って、それぞれ飲み物を注文した。
 落ち着いてから、こいつが口を開いて俺に尋ねた。
「……で、やばいポストカードが届いたって?」
「ついでに言うと、今日の朝も届いた」
「オーケー、整理しよう。送り主不明のポストカードが撮影者不明の写真付きで、お前のところに送られてくる、間違いは?」
「ない」
 俺たちが注文した飲み物がテーブルに届けられる。俺は吐き気もあって口をつけなかったが、こいつはコーヒーを一口飲んだ。
「今まで送られてきたカードは?」
 俺がカバンから二枚のポストカードを取り出して手渡すと、こいつが怪訝な顔をした。
「おかしいな。同窓会の方は分からないが、バーベキュー大会の写真はおかしい」
「そうなのか?」
「この写真が撮られたと思われる時間に俺が見てたのは川なんだよ。それに俺は酒が飲めないから、この時も素面だった」こいつが腕を組んで背もたれに寄りかかる。「断言できる。あの時、誰も俺たちを撮ってない。なんなら、あの時カメラを持ってたのは課長だけだ」
「……これもか」
「ああ。川の中から隠し撮りしてたってなら、辻褄も合いそうなものだが……まさか冷戦時代のスパイ映画でもないだろう」背もたれに寄りかかるのを止めたこいつが、テーブルに肘をついて俺を見る。「で、今日送られてきたカードってのは。見たのか?」
「時間がなくて見てない」
「見せろ」
 俺がカバンから今朝届いたポストカードを表にしてこいつに渡す。なんだか、裏にするのが怖かった。
 裏を見た瞬間、まるで血の気が引いたようにこいつの顔が青ざめる。どんなオプティミストでも、裏の写真が良くないものだってわかりそうなくらいに。
「……なんだったんだ」
 ポストカードを表にしてテーブルに置いたこいつが俺に尋ねてきた。
「お前、ストーカーされたことは。いや、ストーカーだってわからなくてもいい。元カノ以外に執着心や嫉妬心を向けられたことはないか」
「いや、そういう話は出来るだけ避けてきた。お前だって、俺がEカップで容姿端麗、社長令嬢の彼女がいるって嘘ついて、女性社員と女友達の興味逸らしてるの知ってるだろう。第一、出会い系にすら登録してないってのに」
「だよな……」こいつが歯をぎりぎりと鳴らす。歯ぎしりするのは、無理難題に直面したときの癖だ。「じゃあ、元カノか……いや、まさかな」
 サアッという血の引く音が耳の中で聞こえ、心臓が早鐘を打つ。
──まさか、本当にあいつが?
「どういうことなんだ」
 こいつがポストカードを裏返す。
 その写真を見て、目を見開いた。俺と女友達が並んで歩いているのを後ろから撮った写真。街の景色から見て、二カ月ほど前のことで間違いない。女友達が彼氏に買うプレゼントを選んでほしいということだったので、買い物に付き合ったときの写真だ。
 そこまではいい。
 問題は、女友達の頭だけが白く、ぐちゃぐちゃに塗られていることだった。
「なんだこれ……なんでこんな風に塗られて……」
「塗ったわけじゃない」こいつが首を横に振る。「釘か画鋲かはわからないが……引っ掻いた跡なんだよ。見えてるのは紙だ、インクじゃない」
 その言葉を聞いた途端、背筋に寒気が走る。
「高橋、良いか。もっとやばいこと言うぞ」
「お、おう……」
「お前から相談受けた後、なんだか気になってお前の元カノのことを調べた。名前も居た町も教えてもらってたしな」こいつが生唾を飲み込む。「彼女、死んでる。自殺だ」
「はあっ!?」
 思わず大声を上げるが、こいつは青ざめた顔のままスマートフォンの画面を俺につきつけてきた。半年ほど前のニュース記事だ。俺がちょうど夜逃げした後の辺りの。
「──川で26歳女性遺体発見、入水自殺か」何度も何度も読み返してみても、そのニュース記事は間違いなく前の彼女のことを指していた。「嘘だろ……」
 残酷だとは思うものの、帰るのが遅くなると包丁で刺して来たり女性用芳香剤の匂いがすると首を絞めてきたりしてきた彼女だっただけに、悲しみはなかった。それよりも犯人がだれか分からないという不気味さとそんな相手につけ狙われているという恐怖が、いよいよもって輪郭を持ち始めた。
 佐藤がスマートフォンをしまう。
「その川、俺たちがバーベキュー大会した川だが……それはいい。だからな、アングル云々の前に、元カノから送られてくること自体が有り得ない」こいつが舌打ちをする。「こうなると相手がわからない以上、警察や弁護士に言っても限界がある。俺の知り合いに探偵が居るから、そいつに頼もう。それで犯人を見つけてもらって、弁護士を雇って法廷で戦うしかない」
 こんな風に具体的なアドバイスをくれる人間なんて、そうそう居ない。
──やっぱり、こいつに相談してよかった。
 誰か頼りにできる人間がいるというだけで、気分が随分楽になる。相手が誰か分からないだけに、仲間が多い方が良い。
「分かった」
「お前の電話番号とかを知り合いに教えることになるが、良いな?」
「ああ」
「よし。多分、明日あたりその知り合いから電話が掛かってくるはずだ。もちろん俺からも話はしておくが、お前からも説明してやってくれ」
 この奇妙な事件はまだ解決していないが、展望が開けてきた事に安心して、俺は胸をなでおろす。
「ありがとうな」
 こいつがコーヒーを飲み干してから、力強く頷いた。
「友達のためだ。やれることはする」

 しばらく佐藤と他愛もない話をしてから、俺は帰路についた。これから先、どうなるかわからないとはいえ、前よりは希望が持てそうだ。とりあえず解決したら、また引っ越した方がいいかもしれない。
 部屋に帰ってドアの鍵を閉めた、そのときだった。
 カコン。
 軽いものが金属に当たる音が、郵便受けの方から聞こえる。それと同時に、尾てい骨から首までを人差し指で撫でられるような、肌が粟立つ感覚に襲われた。
──どういうことだ。
 震える手で郵便受けを開ける。中に入っていたのは、一枚のポストカード。
 消印なし、住所なし。
 あるのは赤茶けたインクで大きく乱雑に書かれた俺の名前だけ。
 恐る恐る裏を見ると、俺たちのいたファミレスを通りの向こうから撮影した写真。そこには窓際の席に座っている佐藤と、ぐちゃぐちゃに引っ掻かれて跡形もなくなっている俺『らしき』姿が写っていた。
──あいつが……? 死んだってニュースで……。
 思わずポストカードを取り落とす。恐怖と驚きで喉が詰まって、上手に息ができない。
 投入口から、もう一枚ポストカードがいれられて、開いたままの郵便受けに落ちる。
 そのポストカードは初めて、表向きではなくて裏向きだった。
 写真は、俺が青ざめた顔でポストカードを持っている姿。アングルから見て、廊下に立っている撮影者が、玄関に立っている俺を撮影していた。
 思わず振り返る。もちろん、廊下には誰もいない。鍵をかけているはずのこの部屋に、いるわけがない。
「は、はは……」
 引きつったような笑い声が俺の喉から聞こえる。
 そのとき、あることを思い出した。
──初めてポストカードが届いた日、前の彼女の誕生日だったっけ……。それにポストカード集めるのが、趣味だったよな……。
 ふと後ろから聞き慣れた、そして二度と聞きたくなかった女の声が聞こえてきた。
「忘れないでって、言ったでしょう?」

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2018年8月28日


田舎に住んでいる祖父母のところへ帰省した少年は、収穫中のトウモロコシ畑に白いワンピースの少女の姿を見るが……。怪談四部作最後の物語。

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 海の近くに建ててある倉庫の戸を開けようと、取っ手に手をかけた時だった。
『次は誰が話す?』
 ふと、中からそんながさついた男の声が聞こえてきた。
 俺は首をかしげる。はて、倉庫を誰かに貸した記憶はない。それに先ほどまで、南京錠でしっかり鍵をかけていたはずなのだ。だのに、中から声が聞こえてくるとは。
 思い切って、戸に耳を当てる。こっちのほうがよく聞こえるはずだ。
『あ、じゃあ僕が話します』
 少年の声。ちらほらと聞こえる声からして、男二人、女二人といったところか。
 賊なら一刻も早くしょっ引いて駐在さんに渡すのだが、どうも口ぶりや音からしてそういう連中ではなさそうだ。はてさて、なおのことわからなくなってきた。侵入したのにもかかわらず、逃げずに居座って話し合うなんてことをするとは。
 俺が耳をそばだてたままでいると、少年の声でなにやら話が始まった。
『これは僕の話なんですが……』

「じいちゃん暑いー」
 僕がそこら辺にあった大きな石に腰掛けると、麦わら帽子をかぶったじいちゃんが顔を上げる。しわしわで茶色いシミだらけの顔が、帽子の中に見えた。
「子供にはきつかったか。いいよしんちゃん、少しそこで休んでな。喉乾いたら、近くの井戸水でも飲んでるといい」
「はーい」
「ただし、トウモロコシ畑の中には入っちゃいけないぞ。今は収穫時期だから、危ないからな」
 ぐるぐると周りを見る。目の前にはじいちゃんが近所の人と一緒に育てている、トマトとかきゅうりとか、なすとかが植えてある畑。右側には農家の高橋さんが育てている、僕の背丈よりも高いトウモロコシの畑。左側にはなんだかゆらゆらしている、誰もいない商店街。周りを見回しても楽しそうなものはなかった。
 かっちゃんとかよしくんと遊ぶのは明日の夜だし、ともちゃんと遊ぶのは明後日。明日からは忙しいのに、今日はなんにもすることがない。家にいるのも退屈だったから着いてきたのだけれど、こっちもこっちで退屈だった。
 その時、トウモロコシ畑の中に入っていく子が目の端っこの方で見えた。白い帽子に白い服みたいで、なんとなく女の子みたいだった。
──あんな子いたかな?
 大体この街にいる子たちとは友達だから、姿を見れば誰かわかるはずなのに。なんといっても、あんな服を着ている子を見たことがない。
「誰だろう」
 僕は座っていた石から飛び降りる。じいちゃんはトウモロコシ畑に入っちゃいけないと言っていたけれど、僕ならきっと大丈夫だ。
 それでも怒られるのが怖いから、ちらっとじいちゃんの方を見る。土いじりに真剣になっているみたいで、僕の方は見ていないみたいだった。
 僕はじいちゃんに気づかれないように足音を立てないよう注意しながら、ゆっくりとトウモロコシ畑の中に入っていった。

 畑の中はほとんど先が見えないし、ふかふかとした土に足を取られるせいで歩きにくい。それでも女の子が歩いて行った場所は変に沈み込んでいたり、トウモロコシの茎が折れていたり傾いていたりするおかげで、後を追うのはそんなに難しいことじゃなかった。
 青臭い葉や土のにおいを嗅ぎながら、茎や葉をかき分けて畑の中を歩いていく。遠くからエンジンみたいな音が聞こえてくるけれど、あの女の子が誰なのかってことのほうが気になった。
 もしかしたら、この町に新しく引っ越してきた人かもしれない。僕はいつも街にいるから、そういうことなら知らなくて仕方ないはずだ。
 でも、昨日会ったさっちゃんは引っ越してきた人がいるなんて話、少しもしていなかった。さっちゃんはこの町に住んでいるから、そういう人がいれば知っているとおもうけれど。
──多分、さっちゃんは僕に話すのを忘れたんだ。きっとそうなんだ。
 ふと手をかけたトウモロコシの実が折れ、地面の方からごろんという重い音が聞こえてきた。
 その音でハッとして、あたりを見回す。でも僕の周りにあるのは、僕よりも背の高いトウモロコシと、ふかふかとしているせいで足跡なのか凹みなのかよくわからないものがたくさんある畑の土だった。
「あれ……」
 急に心細くなって、目の端が熱くなってくる。
──どの方向から歩いてきたんだったっけ。
 もう一度周りを見てみても、僕が歩いてきた方向を教えてくれそうな人は誰もいなかった。泣きそうになるのを必死に我慢して、いろんな方向へ歩いてみる。でも、歩きにくい地面をいくら歩いても、周りにはトウモロコシしかない。
「どうしよう……」
 こんな広い場所で迷子になっちゃった、そう思うと心細くて、いよいよ涙があふれてきた。
 その時、僕の前から女の子の声で「こっちだよ」という声が聞こえてきた。
「誰?」
「こっちだよ、こっちこっち」
 声の方向へと歩いてみる。もしかしたら、僕を探しに来てくれた誰かかもしれない。
 一歩一歩歩く度に、女の子の声は大きくなっていくような感じがした。同時に、どこからか聞こえてきていたエンジンの音もはっきりしていった。

 しばらく歩いて足も痛くなってきたころ、ようやくトウモロコシ畑が途切れているのが見えた。そこの開けた地面には刈り取られて丈が短くなっているトウモロコシの茎がいっぱい並んでいる。
 僕は開けた場所とトウモロコシ畑のちょうど境目の場所に立って、顔だけ出して女の子の姿を見ていた。
 開けた場所の真ん中に、女の子の後ろ姿が見える。僕は思わず、声をかけた。
「ねえ、誰?」
 返事はない。もしかしたら、さっきから聞こえているエンジンの音のせいで僕の声が聞こえてないのかもしれない。僕はもっと声を張り上げて、女の子に叫んだ。
「ねえってば」
 その声に気づいたのか、女の子がぐるっと回って僕に顔を向ける。
 けれど、そこにあったのは顔じゃなかった。
 体の前半分はまるで、片面が赤色、もう片面が茶色の折り紙をめちゃくちゃに切り刻んで人の体の形にばらまいたみたいに見えた。目も鼻も、口も何もかにも、区別できないくらい無茶苦茶だ。どう見たって、生きている人間じゃなかった。
 その時、僕のすぐ近くからとんでもなく大きなガサガサ、ひゅんひゅんという音が聞こえてきた。
 振り向くと、回転する籠みたいな道具と櫛みたいな金属、そしてフロントガラス越しに驚いた顔のおじさんが見えた。

『……これが、僕の話です』
 口々に感想を言い合う声が倉庫の中から聞こえる。
 どこかで聞いたことがあるような話だ。しかし、怪談をしに不法侵入をするような人間がいるとは思わなかった。
 兎にも角にも、勝手に入られて中のものを壊されちゃまずい。
 そう思った俺は戸の取っ手に手をかける。
「誰だ」と叫びながら戸を開け、真っ暗な倉庫の中に手を突っ込んで電灯のスイッチをまさぐる。ほどなくして俺がスイッチを入れると、数回点滅したのちに明かりが倉庫の隅から隅までを照らした。
 だが、その倉庫の中には誰も、誰一人いなかった。

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肝試し 2018年8月22日


『鬼を封じた』と言われる廃寺へ、肝試しに行ったグループ。だが、彼女は自分が同じところを通っていることに気が付き……。怪談四部作、三つ目の作品。

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「──これが私の話です」
 ぼそぼそ話す声が聞こえる中で、突然一番目の男の人が「結局、あの蛇は何もんなんか?」と女の人に聞いていた。
「わからないんですよね。彼に聞いたら、わかるかもしれません」
「ほうか。まあ、もしやあれかもしれんな」
 僕が「あれ、ってなんですか?」と聞くと、「いや、場所によっては大蛇の伝承、いわゆる昔話があってな……蛇の祟り、悪さを治めるために若い女をささげるということが昔からあったんよ。つまりは人身御供やね」という答えが返ってきた。
「じゃあ、贄って言ってましたし、そういうことかもしれませんね」
「かもしれん。それで、次はだれが話す?」
 そのとき僕の隣に座っていた、声の高い少女が手を挙げた。
「あ、じゃあ。あたしの知ってる話なんですけど──」

「今から行く場所は、ガチのマァジで、ヤヴァい場所だから」
 運転しながら、お調子者の秀平が変に抑揚をつけて、あたしたちを怖がらせようと変な声で話し始める。けれど調子が可笑しくて、助手席に座っていたあたしは思わず笑ってしまった。
「んだよ、香織。いまから怖い話しようってんのによ」
 興を殺がれた秀平が、拗ねてあたしに話しかけてきた。
「あんたの話し方が悪いんだって。で、ヤバい場所ってどういう意味よ」
 話し始めようとする秀平を遮って、あたしたちの中では真面目な啓太の「ある伝承がある場所だよ」という声が後部座席から聞こえてきた。
「おい、お前も邪魔すんのかよ」
「俺が話すから、てめえは運転に集中しやがれ」
 ぶりっ子の──あたしがそう思ってるだけだけど──七海が、「えー、啓太くんどういう話―?」と耳障りな猫撫で声で、七海の隣に座っている啓太にすり寄る。正直な話、あいつの声を聴くと気分が悪いっていうのに、秀平が七海を肝試しにさそったらしい。
──いつものことだけど、余計なことを。
 頭の中でぼそりと愚痴ってから、啓太の話に耳を傾けた。
「あの廃寺がある場所、江戸時代にあった飢饉のときに伝染病がはやったんだと。で、あの当時はそういうの全部、鬼とか恨みのせいにしてたからさ。寺に鬼を封じることで、伝染病を終わらせようとしたんだ」
 啓太が言うのだから、間違いないはずだ。けれど、鬼を封じるなんて方法で伝染病が収まるとは思えない。というより、鬼と言っても肌の赤い角の生えた虎柄パンツのイメージしかない。
「え、どうやったの?」
 あたしの質問に、啓太はすぐに答えてくれた。
「感染者全員を寺に封じて、餓死させたらしい。感染者は鬼が憑いたってことにして、鬼を祓うって名目で死ぬまで隔離したわけだな。あと脱走対策に寺の周りを鈴で囲って、脱走してもわかるようにしたうえで、脱走者は殺したんだとか。まあ、そんな現代でも通じる方法をとったもんだから、数週間もしないで感染は終息したらしい」
「えー、さっすが啓太くん。詳しー」
 七海の甲高い声に辟易しながら、後部座席をのぞき込んで「なるほどねえ」と頷く。
「おい、そろそろ見えてきたぞ」
 秀平の声が聞こえる。前方を見ると、いかにもという雰囲気を漂わせた墓地がヘッドライトの明かりに浮かんでいた。

 秀平に手渡された小さいペンライトを手のひらの上でもてあそぶ。明かりをつけて辺りを照らしてみると、軽い割にはずいぶん明るくて頼もしいし、結構な距離まで照らせるみたいだった。
「じゃ、一人ずつ行って」秀平が車のトランクから仏花を四つ取り出す。「こいつをそのお堂においてきて、戻ってくればオッケー」
「墓参りじゃあるまいし、仏花とはな」啓太が首をかしげる。「無縁仏をお参りするのは、あんまり褒められた行為じゃない。今まで誰も興味を示してこなかった場合は特に、な」
「お、ビビってんのか啓太」そういう秀平の声は震えていた。
 啓太がはぎとるように仏花を手に取り、「なに、そう言われてるってだけだ」
「……じゃ、行く順番はくじで決めるからな」
 秀平が取り出した爪楊枝製のくじを引き、順番を決める。あたしが一番、その次が秀平、七海と続き、最後は啓太の順になった。
「香織、お前が一番だってよ」
 啓太に背中をたたかれ、あたしは前につんのめる。
「ったく。レディに暴力なんて、嫌われるよ」
「お前がレディを騙るな」
 七海が「そんな力加減しない啓太君もかっこいー」とかなんとかいいながら、啓太に抱き付く。顔を見る限り、うっとうしく思っているのは啓太も一緒らしい。
「おい、仏花」
 秀平があたしに仏花を手渡す。あたしは左手に仏花を持ったまま、右手にペンライトの紐を巻き付けて外れないようにしてから、深呼吸を数回繰り返した。
──大丈夫。誰もいない、何もいない……。
 そう思いながら、気が落ち着くまで待つ。
 しばらく深呼吸していると、気分が落ち着いてきた。
「じゃ、いってくる」
 ライトで足元を照らしながら、あたしは墓地の入口へ歩いて行った。

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 あたしは手ごろな木の幹に手をついた。試しにライトであたりを照らしてみても、光が闇に吸い込まれてしまうみたいに三メートル先も見えない。まるで、ここだけ切り取られているみたいだった。
「どうして、どこまで回っても寺につかないの……」
 時計を見る。あたしが墓地に入ってから一時間。おかしい、いくら秀平とはいえ、こんな馬鹿みたいに長い肝試しをさせるとは思えない。
 考えたくない可能性に思い至って冷や汗が下着を濡らした。あたしはその考えを振り払う。
「くそ、本当に回ってるなら……」先ほど手をついていた木に、持っていた仏花を差し込む。「また、ここに戻ってくるはず」
 ライトで辺りを照らしながら、あたしは走り始める。
 光の中に浮かび上がる、古ぼけて風化した墓や折れたり朽ちたりしている卒塔婆、青々と茂った明らかに手の入っていない藪。何度見たかわかったもんじゃない。
 そんな風景を無視して走り続けていると、五分と走っていないはずなのに、仏花が刺さったままの木を見つけた。
「うそでしょ?」
 こんな馬鹿な話があるわけがない。一本道なのに、道に迷うわけがない。いよいよ、訳がわからなくなってきた。
 その時、携帯電話が着メロを奏でる。見ると、啓太からの電話だった。すぐにあたしは携帯を開いて着信ボタンを押し、電話を耳に当てた。
「啓太?」
『おい、香織。大丈夫か?』
 聞きなれた声に思わずへたり込む。あの声が、こんなに安心するなんて。
「おかしいの、同じ場所ばかり回ってる。どうやっても、お寺につかない」
『わかった、よく聞いてくれ。俺たちは全員、廃寺に着くことができた。だから、確実に寺はある』
「だよね。あたし、間違ってないよね?」
『ああ。だが……とりあえず、俺たちも探しに行くから。目印はあるか?』
 あたしはライトで辺りを照らしながら、目印になりそうなものを探す。けれど、先ほど仏花を刺した木以外、目印になりそうなものはなかった。
「えっと、大きな木がある。仏花が挿してあるから、それが目印になると思う」
 何時間にも感じるほどの、長い間。誰かと話しているのか、ひそひそという声も聞こえてくる。
『道の……なんてあっ……か?』
『啓太君……見て……よ』
『俺も昼間に下……ない。あいつ……いるんだ』
 やっと、啓太が口を開いた。
『分かった、木だな。そこで待ってろよ、何があっても動くんじゃ──』
 突然、電話が切れる。慌てて画面を見ると、アンテナがゼロ本。
 圏外だ。
「は? うそでしょ? なんでこんな場所で? え? さっきまで通じてたじゃん」
 震える指で電話帳をたどって、登録しているはずの啓太の電話番号を探す。
 その時だった。
──ちりん。
「え……?」
 今まで一度も聞こえてこなかった、ぞっとするほど澄んだ、鈴の音。でも、どこから聞こえてくるのか分からなかった。
──ちりん、ちりん。
 その音が、全身の毛をそばだてた。ペンライトで辺りを照らしてみるものの、音の原因らしいものは見つからない。
「なに……?」
──ぢりん。
 いくつも連なった鈴が一斉に鳴るような不協和音。あたしはこの時、啓太の話していたことを思い出していた。
『脱走対策に寺の周りを鈴で囲って、脱走してもわかるようにしたうえで、脱走者は殺したんだとか』
「うそ……でしょ?」
 もし、この音が廃寺から聞こえてくるのだとするなら。
 そして、廃寺の中から感染した人たちが這い出ようとする音なら。
──ぶちぃ。
 太い縄がちぎれるような音。
 その瞬間、下半身から力が抜けるのを感じる。何とか立とうとしたけれど、腰が抜けてしまったようだった。逃げないといけないという焦り。どこに逃げればいいのかわからないという恐怖。その二つが、あたしの体を乗っ取ってしまったみたいだった。
 そのまま茫然としていると、ふと気配を感じて振り返る。
 そこには、『鬼』がいた。
 耐えがたいほどの怒りと苦痛を表すかのような赤い肌と、筋骨隆々の体躯。腰には申し訳ない程度のぼろ布。けれど頭の部分には、やせ細ってしわくちゃになった老若男女の顔が、目や鼻がかろうじてわかるくらいに詰め込まれていた。
 その鬼が、あたしを見下ろしていた。
 あたしかそれとも鬼か、息を吸い込む音が聞こえる。同時に携帯を落とした音が、地面の方から聞こえてきた。
「あ、ああ……」
 目の前の非現実に、無意識に喉の奥から声が出た。
 不意に鬼があたしをつかんで肩に担ぎ上げる。そのまま、どこかに向かって歩いて行った。
 あたしは抵抗することも声を上げることも忘れて、鬼に担ぎ上げられるまま、自分のことではないかのように外側からその光景を眺め続けていた。

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海辺 2018年8月15日


怪談をするために集まった四人。そのうちの一人が、「地獄の釜の蓋が開く」とされる、お盆の海辺を散歩した男の話をし始める……。怪談四部作、一つ目の物語。

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 真っ暗な部屋の中で、私たちは円を描くように向かい合っていた。それぞれの顔も体も見えない、声しか聞こえない空間。
 ふと息を吸うと、濃密な海のにおいが鼻に残る。海藻の乾いたような、体にまとわりつく塩気のある臭い。同時に空気が湿り気を帯びているように感じるのは、私たちがいる場所の近くに海があるからだろうか。
「じゃあ、だれから話す?」
 参加者の一人が、声変わり前のざらざらとした声で皆に呼びかける。すると、私の隣に座っていた男が「ならば、俺が話そうじゃないか」と声を上げた。
「では、一つ目の話ですね」
「これは、ある一人の男が体験した話なんだが──」

 盆の夜、親戚が集まって酒盛りをしている最中、俺は外に出てあたりをぶらぶらと散歩していた。
 というのも、俺の親戚というのはどうも酒癖が悪く、宴もたけなわになると下戸の俺にすら酒を飲ましてくるのだ。元より酒癖の悪い父親を見てきて、さらには酒も飲めないともなれば、飲まされるのを嫌うのも当然のことで。
 俺は一人宴会を抜け出して、こうやって夜風を浴びに来たのだった。
 ふと、前を見ると自転車の前照灯が見える。ほどなくして、俺と同級生だった美紀が自転車に乗っているのがわかった。
 自転車が俺の目の前で止まり、美紀が下りてくる。
「あれ、一郎。なんでこんなところにおるの?」
「なんだ、夜の散歩にすらお前の許可がおるのか。それに、お前も人のことは言えまい」
 暗くてよく見えないが、たいていこういう口の利き方をすると美紀は怒って頬を膨らませる。今日もきっと、そうだろう。
「叔父さんたちのお酒が無くなっちゃったから、鈴木さんのところで買い足しに行くんよ。そいで、あんたは何してんのさ」
 鈴木さんというと、商店街で酒を売っているあのおじさんのことか。確かに、ここで酒を買うとなるとあの人くらいしか思いつかない。
「おっさん達から逃げてきた。で、夜の海でも見に行こうかと思ってな」
 不自然な間。
「……やめたら? というより、買い物付き合ってくんない?」
 俺は顔をしかめる。自分のすることに口出しされたというのもあるが、美紀がこういう時は何かあるときなのだ。寺の娘だからというのもあるのだろうが、危ないことに対する嗅覚は、俺の知っている誰よりもよく利く。
「なにかあるんか?」
「あんたは信じない気がするけど、盆の海は地獄の釜の蓋が開くんよ。小さいころ言われんかった、『盆の最中は、海で泳ぐんでない』って」
「迷信だろう。確かに盆の最中に海で泳いで死んだやつは多いが……見に行くだけなら、危なくもなかろうよ」
「そうでもないんよ。檀家さんにもおるんよ、夜に海から腕が出てるの見たって人」
 俺は頬を掻く。美紀はうそをつくような子でもない、というよりは嘘が苦手だ。こいつのせいで、悪ガキだった俺は何度先生から殴られたことか。
「ふうん……」
「それにさ、うち一人で夜の街歩くの怖いからさ。あんたが一緒に来てくれりゃええかな、って」
 その言葉に思わず笑う。
「お前を見たら、どんな奴でも逃げるわい。露出狂を巴投げしたのは、どこの誰だった」
 怒ったような「あれはまた……」という声の後、「まあ、とりあえず止めたかんね。なんかあったら、うちのところ来るんよ」
「わかったわかった。なんもないとは思うがな」
 美紀が自転車にまたがり、俺に手を振ってから商店街の方に漕ぎ出す。俺はというと、その後ろ姿を見送った後、砂浜に向けて歩き出した。

 昼間には海水浴客であふれる砂浜も、今は人っ子一人おらず、聞こえてくるのは波の音だけだった。とはいえ遠くに目を凝らすと、貨物船かなにか、大型の船の常夜灯が見える。
 俺は砂浜に腰を下ろす。海風が気持ちいい。台風が通り過ぎたおかげで天気が良くなったからか、海の様子も穏やかだ。元より入る気はないが、泳いでも溺れるとは考えにくい。
 ぼんやりと見える地平線を見つめながら、俺は美紀の話を思いだしていた。
 確かに『盆の海には入るな』とは昔からよく言われ続けてきたのだ。いつもは飲んだくれている父親も、盆の時に海に行こうとした時だけは血相を変えて引き留めてきた。それに、盆が終わると必ずと言っていいほど、河口に水死体が流れ着いたというニュースを見てきた。
「盆には地獄の釜の蓋が開く、ねえ……」
 いくらでも科学的な説明はできる。盆の時はああやって宴会をするせいで、酒が入る。すると体温調節のタガが外れて熱くなった酔っぱらいは、海に泳ぎに行こうと言い出す。そうして泳ぎに行くのだが、アルコールは運動能力を低下させるのだ。さらに、夜は視界が利かないせいで、溺れていても気づかれにくい。
 だから幾ら泳ぎが得意でも、盆の海に繰り出してしまうと溺死する、というわけだ。
「簡単な話じゃないか」
 ぼそりと独り言つ。それでも美紀が檀家から聞いたという、海から出てきた手の話は説明がつかないのだが。酔っぱらいの見間違い、それだけで片づけていいものか。
 ふと、俺の目に何か白いものが写る。
 そっちの方を見ると、海からにょっきりと白い腕が生えていた。
「なんだ……?」
 もしかして、溺れた人かもしれない。だとしたら、助けに行かないと。
 そう思って立ち上がった瞬間、金縛りが俺を襲った。
 息ができない。指の一本も動かせない。ただ見開いた眼で、生えている白い腕を凝視することしかできない。
 そのまま白い腕を見つめていると、腕の近くから一本、また一本と腕が伸びる。どんどん、どんどんと何本も腕が生えてくる。
 さして時間もかからず、海から生えてきた腕は白波と取って代わる。その光景を息も出来ずに眺めて居た俺へ、白い腕は手招きし始めた。
 それと同時に、足だけが海に向かって勝手に動き始める。まるで、自分が操り人形になったかのような感覚。自分の意志に反して体が動く感覚を体験するのは、初めてだった。
──このままじゃ、海にはいっちまう。
 抵抗しようにも、体のどこも動かない。俺の足はすでに海の中に浸っていた。スニーカー越しに、夏なのに妙に冷たい水の感触を感じる。
──止まれ、とまってくれ。
 そう考える間に、すでに膝まで浸っていた。
 水の流れに足を取られ、バランスを崩す。溺れそうになりながら必死に海の中で目を開くと、水の中には、腕だけがミミズのように蠢いていた。
 泡沫と化した悲鳴が、口からあふれ出る。
 俺は腕に捉まれて、そのまま暗い海の底へと引きずり込まれていった。

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2017年9月30日


子どもたちから怖い話をねだられ、私は出身地で語られる伝説を話し始める。だが、その話には真実が隠れていた──。

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 ある日、私が散歩の途中に寄った公園の東屋で休憩していると、近所の子供たちが4人ほど寄ってきた。
 最近の子はゲームばかりなどというが、ここらでは遊び場があるおかげか、未だ外で遊ぶ子供たちを見る。かくいう私も、このように出歩いて体が鈍らないようにしているのだけれど。
 とはいえ、もう年も取って体も動かない。昔みたいに動ければいい、そう思ったことは何度もある。
 私は笑いながら、「どうしたんだい」と彼らに聞く。
「おばあさん、怖い話してくれない?」
 一人の男の子が、唐突に私に言う。近所ではカッちゃんだったか、そう呼ばれていたはずの子だ。ガキ大将とまではいかないけれど、子供たちをまとめ上げている子だ。
「またいきなりだねぇ。いいよ、とっておきのを話そう」
 そういうと、子供たちは喜んで、その場に座る。私は手振り身振りをしながら、子供たちに話し始めた。
 子供は元気な方がいい……元気すぎてもいけないけどねえ。
「これはね、私の出身地の、瀬戸内海のある島で起きた話なんだ──」
 
 月のない夜。ある島の砂浜で、男二人が小さなボートの側で話し込んでいた。男たちの顔は分からないが、一人はかなり背が高く瘦せ型。もう一人は対照的に小さく太っていた。
 この島は『禁断の地』と呼ばれている。男子禁制の島で、その理由は漁師に殺された大蛇を鎮めるためだとか男嫌いの海の神様が祭られているだとか諸説ある。
 しかし地元では、ともかく「男は入ってはならない」といわれつづけている。
 なぜなら入った男は、あるものは首と胴が離れた状態で、あるものは達磨──四肢が切り取られた状態──になってこの島の岩場に打ち上げられていることなどがたびたびあったからだ。これは地元の資料館曰く、そういうことがあったという最古の記録は江戸時代らしい。それもその男は「そんな噂はない」と言って死体で見つかったそうだから、もっと前から噂はあったのだろう。
 ただ、そういう場所には得てして、肝試し目的で入り込む人間がいる。果たして、この男たちもそのようだ。
「おい、こんなところで本当に面白いもんが見れるのか?」
「俺の目を信じろって」
「8と6を見間違えて、単位を落とすようなお前の目を?」
 そういって、痩せた男が笑う。言われた方はムッとして、「いいぜ、俺だけで楽しむから」と啖呵を切った。
「おいおい、そんなこと言うなよ。で、サトー。本当なのか?」
 男の一人がムッとしたままの、サトーと呼ばれた小太りの男を小突く。それで気持ちがほぐれたのか、サトーは「あぁ、もちろんだ。美女があの反対側の岩場で裸踊りしてたのを、俺はバッチリ見たんだ」と言った。
「どんな女だよ?」
「そりゃあ、白い肌で、出るところは出て、引き締まってるところは引き締まってる女だよ……顔は見えなかったけどよ」
 サトーはしりすぼみになりながら、そういった。
「嘘だったら、パクったボート返すのお前だからな」
「ジャンケンって言ったじゃねえか!」
 もう一人の男は「冗談だ、ジョーダン」と言ってケラケラと笑う。サトーはそれを見て、胸をなでおろしていた。そして「行こうぜ、モリ」といい、それに応じたモリとサトーは二人して、島の反対側にある岩場にのんびりと歩いていった。

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 今日は月夜で、満月の光に照らされた岩場は波で濡れ、ぬらぬらと光っていた。
「滑るから気をつけろよ」
「おう」
 いくら月夜で明るいとはいえ、夜の海は危ない。少しでも足を踏み外せば、へばりついた海藻のせいで滑りやすい岩から足を踏み外し、頭を打って怪我をする。下手すると、岩についているフジツボや貝で体を切ることだってある。
 だが、彼らは慎重に足を運んで、転ばないように気を付けているようだ。それにどうも、彼らはアウトドア用の長靴を履いているらしく、足取りはおぼつかないものの滑らずに岩場を歩いている。
「本当にこの岩場か?」
 モリがサトーに声をかける。サトーは自信満々に「間違いないって!」と答える。
「俺が見たときも、こんな感じの満月だったんだよ」
「ふーん」
 サトーは見たときの状況を、砂場に押し寄せる波のように、切れ間なくモリに話していた。それにモリは相槌を打ちながら、岩場の先へと進んでいく。
 岩場の先についた彼らは足を止めた。そこは岩場の中で唯一滑らかで平らな岩の上だった。少し進めば、もう海の中だ。
「ここで見たんだよな? それもはだしで?」
「ああ……」
 モリの問いに、サトーは自信なく呟いた。どうみても、こんなところに人が来ているとは考えにくいからだ。
 そこは、今のような干潮なら足を波に洗われる程度で問題ないが、満潮になれば簡単に沈んでしまう。それに、いくら平らとはいえ周りはごつごつとした岩が出ており、裸足で歩けば怪我をするのは避けられない。また、ぬめる海藻が岩に張り付いており、ここで踊るなんて激しい運動をすれば、容易に転ぶ。
「お前の見間違いなんじゃないか?」
「かもしれねえ……こんなところに女がいるなんて、考えられねえもん」
 モリが海の方を見ながら舌打ちして、「ちっ、骨折り損かよ。帰ろうぜ」と言った。それに「だな」とサトーが返す。
 その時、空気を切る音が響き、モリの隣にあったサトーの頭が無くなった。猛烈な勢いで噴き出す血液に、モリは「え?」という素っ頓狂な声で答え、思わず後ずさる。その時、彼は足を滑らせて強か石に体を打ち付けた。
 その時、モリはその女と目が合った。
 腰に付けたベルト以外は裸の女。プロポーションは最高だろうが、顔はおしろいで白く塗られ、怨嗟の形相を浮かべて、彼をにらんでいた。その女が手に大きな鉈をもって、モリを見下している。
 女はモリの胸を踏みつける。情けない声が漏れたが、女はそのまま鉈を左脇にあてがって、上へと切り裂く。地面が割れるような悲鳴も意に介さず、女は同じように右腕を切り落とした。
 悲鳴は次第に薄れ、荒々しい呼吸が聞こえ始める。譫言の様に「はすけへ……」という声が聞こえるが、女は足を離して腰につるした水筒を開け、モリに中の塩水を浴びせかけながら、呪文を唱える。
 モリの体が何度かビクッと痙攣してから、長い息を吐いて彼の目から光が消えた。
 女は遺体を祭壇に横たえ、また呪文を唱える。そして、満潮になるまで、神に向かって踊り続けた。

「──ってお話があるんだよ。女の人は妖怪かお化けなんだろうねえ、怖いねえ」
 余韻を残すように、私は言った。どうも、この話は子供たちの心をつかんだようで、彼らは身を乗り出すように話を聞きながらも、固まっていた。
 その時、コウちゃんと呼ばれている子が、「なんで登場人物が全員死んでいるのに、おばあさんは知ってるの? 作り話なんじゃないの?」と聞いてきた。
 確かに見た人がいないと、怪談話は伝わらない。
「そうかもしれないねえ……私も地元にいたときに聞いただけだからね。でも、私の地元で伝わる話なんだ」
 コウちゃんの質問は、周りの子たちの緊張を解いたようだった。口々に「作り話か」という声が聞こえ、子どもたちは胸をなでおろす。ざわめき始めて少しすると、カッちゃんが「ありがとう、おばあさん」と言って、子供たちは別の遊びに向かっていった。
「やれやれ、忙しいねえ……元気なのは良いことだけど」
 私は子どもたちの背中を見ながら、あの当時のことを思い出していた。確かに、作り話のように聞こえるだろう。まあ、今の世の中であんな風習を続けている島があるなんてこと、そう信じられるものではない。
 だが、私が真実をすべて語ったというわけではないということに、彼らはいつ気づくのだろうか。願わくば、あの島に関わること以外で思い出してほしい。できれば、いつまでも気づかないでいてくれると嬉しい。
 本当のことを知ったら、子供たちは私に話しかけてなんか来なくなっちゃうからねえ……。

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[心霊ツアー]新潟県柏崎市某トンネル 2017年5月6日


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どうもこんばんは、ぐおじあです(゜ρ゜)

今回はゲーム開発用の資料として、
新潟県柏崎市にある某トンネルに行ってきました☆

[心霊ツアー]新潟県柏崎市某トンネル

ぶっちゃけしてしまうと何も映らなかったんですけどね♪
もし気付いてない所に変なものが映ってたら教えてください(η゜з゜)η

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