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ポストカード 2018年11月26日


ある日、郵便受けに入っていたのは、彼を被写体にした送り主不明のポストカード。初めは写真を見て懐かしんでいた彼だったが、あることに気が付いてから……。

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 週一回の買い物を終えて帰ってきた俺が荷物を置いてドアの裏側に付いている郵便受けを開けると、はがきが一枚滑り出てきた。
──なんだ?
 このご時世、はがきや手紙なんて送ってくる人が居るなんて。公共料金の領収書だとかダイレクトメールとかならわかるが。
 手に取って見ると、表には俺の住所と名前が綺麗な字で書かれていた。消印は昨日。文字の丸さから、なんとなく女性っぽい気がする。
 どこかでこの筆跡を見たことがあるような気もするが、どうにも思い出せない。さて、どこだったか。
「誰かに住所教えてたっけ……」
 女友達は居るものの、特に必要ないと思って住所は教えていない。唯一教えるとしたら彼女がいる場合だが、今の部屋を借りるようになってから彼女が出来たことはない。
 というよりは以前付き合っていた彼女の執着心や嫉妬心があまりに強すぎたせいでトラウマになってから、女性関係は持たないようにしている。その彼女とは俺が夜逃げする形で縁を切っているので、住所は知らないはずだ。
 とりあえず、裏を見よう。そう思ってひっくり返すと、半年ほど前に行われた河原でのバーベキュー大会──会社の部署ごとで開かれるレクリエーションという体で開催された──の写真だった。
 川原特有の丸い石が敷き詰められた地面と疎らな野草。そこに焼き台が横に三つ並んでおり、俺は中央の焼き台の近くでプラスチックコップに入ったビールを片手に、ぼけっと空を見ていた。周りにはほとんど人がおらず──確か肉が焼ける前だったので、誰もこっちに来ようとせずに俺が火の面倒を見ていたのだ──唯一、俺よりもカメラから離れた位置に立っていた同僚の佐藤がカメラの方を見ていた。しかし佐藤にはピントがあっていないので、被写体は俺らしい。
 多分、フレームの外では鈴木課長が女性社員をそばに侍らせ、他の男性社員がいそいそと面倒を見ているに違いない。ああいう上司にこびへつらうのが苦手な俺や佐藤は、二人寂しく賞与の値段を嘆きながら一緒に居る訳だが。
 まあ、そうは言いつつも懐かしい写真だ。課長のことが大嫌いというわけでもないし、レクリエーションのおかげで新入社員とも知り合えたし。
──しかし、誰が送ってきたんだ?
 裏にも表にも送り主の名前や住所は書かれていない。書かなくても届くものの、何かあったときのために大抵は書くものだと思うのだが。
 カードを指の間に挟んだまま廊下を歩き、キッチンを超えて居室に入る。机の前に置いた椅子に座ってから、机の上に電気スタンドをつけてもう一度、ポストカードを隅々まで確認してみた。
 やはり、何処にも送り主の名前や住所は書いていない。イニシャルや郵便番号すらも。
 何となく引っかかったものの、何か害があるというわけでもなさそうだ。もしかしたら、社員の誰かが撮った写真を、気を利かせて俺に送ってくれたのかもしれない。
 それでも手紙という手段を取るなんて、珍しいものだが。
「……まあ、いいか」
 俺はポストカードを机の引き出しに仕舞い、ストリーミングサービスで映画を観るためにラップトップを起動した。

 定時に仕事を終えてから──鈴木課長は苦手な上司ではあるものの、こういうルールに関しては厳しい人だから嫌いになれない──部屋に帰り、郵便受けを開ける。すると、またポストカードが滑り出てきた。
──このカードが来るのは一週間ぶりだな。
 今回も前と同じく、送り主の情報は一切ないようだ。裏を見ると、三か月くらい前にあった高校の同窓会の写真だった。今回も俺が主役になっているらしく、友達が中央にいる俺を取り囲んで笑っていた。
 ただ、この写真はおかしい。
──誰が撮ったんだ。
 生まれつき酒が強いおかげで、かなりの量を飲んでもそのときの状況をある程度思い出せる。
 だからこそ、確信を持って言える。あの時、誰も俺の写真を撮ってはいない。
 バーベキュー大会の時はカメラに気づかなかったのかもしれないが、室内であれば気づくはずだし、気づいていればそっちの方を見るはずだ。なのに、俺は笑ってはいるもののカメラの方を見ていない。
──流石におかしいぞ……。
 廊下を通ってワンルームに入り、シングルベッドに腰かける。消印を見ると、送り主はどうも近所のポストから俺に送っているらしい。というのも、書かれている郵便局の名前がここ一帯の集配郵便局だからだ。
 もちろん、逃げた身である俺に近所の知り合いなどいない。
──まさか……。
 俺はその考えを振り払う。まさか、あいつが俺を追ってこの町に来たわけではないだろう。何より、あいつは同窓会に参加していないのだ。あの写真を撮れるわけがない。
 とりあえず、こんなことを相談してまともに聞いてくれるのは佐藤だけだ。あいつは頭の回転も速いし冷静だ、なにか糸口を見つけてくれるかもしれない。
 俺は胃の上の辺りを掴まれるような感覚をこらえながら、佐藤にいくつか連絡を入れた。

 翌日。吐き気と頭痛、そして右手に持っていたウォッカの空瓶と共に目覚めた俺は、よろよろと立ち上がってトイレに行き、便器に顔を突っ込んで盛大に吐いた。
 吐きながら、昨日のことを思い出していた。あまりの恐怖と不快感で冷蔵庫に入れておいた缶チューハイでも酔いきれなかったため、足りない酒を近くのコンビニで買い足したのを最後に俺の記憶は飛んでいる。
 幾ら酒に強いと言え、近くに転がっているものから見て、缶チューハイ五本にウィスキーとウォッカをそれぞれ一本ずつ飲んだようだ。それだけ飲めば、こうもなるだろう。
 一頻り吐いて落ち着いてからシンクで口をゆすいで何杯か水を飲んだ後、若干の気持ち悪さを抱えつつスマートフォンを取りにワンルームに戻った俺は、ベッドの近くに転がっていた目覚まし時計を見て驚いた。
「やべ……」
 佐藤と約束した時間まで一時間とない。待ち合わせ場所まで行くのに、ここから五十分はかかるっていうのに。
──まともに身だしなみ整えている時間はなさそうだな。
 シンクへとんぼ返りして、片手で歯を磨きながらもう一方の手で櫛を掴み、髪を適当になでつける。髪を梳き終わったら歯ブラシの代わりにマウスウォッシュを口に含んで、顔を簡単に洗って干してあったバスタオルで顔を拭い、終わったら口からマウスウォッシュを吐き出す。
 近くにあった私服を着てから、今まで送られてきたポストカード含め必要なものだけ持って玄関に行くと、郵便受けに何か入っていた。
──嘘だろ……?
 郵便受けを開ける。
 ポストカードだ。手に取ると、いつも通り俺の住所と名前しか書いていない。裏を見ようとひっくり返そうとして、不意に思いとどまった。
──いや。これを見るのは、あいつに会ってからだ。
 そう思い直してカバンにポストカードを突っ込んでから、俺はドアを開けて──もちろんカギは忘れずに──駅に向かって走りだした。

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 ぎりぎり佐藤と時間通り落ち合うことが出来た俺は、近くのファミレスのボックス席に座って、それぞれ飲み物を注文した。
 落ち着いてから、こいつが口を開いて俺に尋ねた。
「……で、やばいポストカードが届いたって?」
「ついでに言うと、今日の朝も届いた」
「オーケー、整理しよう。送り主不明のポストカードが撮影者不明の写真付きで、お前のところに送られてくる、間違いは?」
「ない」
 俺たちが注文した飲み物がテーブルに届けられる。俺は吐き気もあって口をつけなかったが、こいつはコーヒーを一口飲んだ。
「今まで送られてきたカードは?」
 俺がカバンから二枚のポストカードを取り出して手渡すと、こいつが怪訝な顔をした。
「おかしいな。同窓会の方は分からないが、バーベキュー大会の写真はおかしい」
「そうなのか?」
「この写真が撮られたと思われる時間に俺が見てたのは川なんだよ。それに俺は酒が飲めないから、この時も素面だった」こいつが腕を組んで背もたれに寄りかかる。「断言できる。あの時、誰も俺たちを撮ってない。なんなら、あの時カメラを持ってたのは課長だけだ」
「……これもか」
「ああ。川の中から隠し撮りしてたってなら、辻褄も合いそうなものだが……まさか冷戦時代のスパイ映画でもないだろう」背もたれに寄りかかるのを止めたこいつが、テーブルに肘をついて俺を見る。「で、今日送られてきたカードってのは。見たのか?」
「時間がなくて見てない」
「見せろ」
 俺がカバンから今朝届いたポストカードを表にしてこいつに渡す。なんだか、裏にするのが怖かった。
 裏を見た瞬間、まるで血の気が引いたようにこいつの顔が青ざめる。どんなオプティミストでも、裏の写真が良くないものだってわかりそうなくらいに。
「……なんだったんだ」
 ポストカードを表にしてテーブルに置いたこいつが俺に尋ねてきた。
「お前、ストーカーされたことは。いや、ストーカーだってわからなくてもいい。元カノ以外に執着心や嫉妬心を向けられたことはないか」
「いや、そういう話は出来るだけ避けてきた。お前だって、俺がEカップで容姿端麗、社長令嬢の彼女がいるって嘘ついて、女性社員と女友達の興味逸らしてるの知ってるだろう。第一、出会い系にすら登録してないってのに」
「だよな……」こいつが歯をぎりぎりと鳴らす。歯ぎしりするのは、無理難題に直面したときの癖だ。「じゃあ、元カノか……いや、まさかな」
 サアッという血の引く音が耳の中で聞こえ、心臓が早鐘を打つ。
──まさか、本当にあいつが?
「どういうことなんだ」
 こいつがポストカードを裏返す。
 その写真を見て、目を見開いた。俺と女友達が並んで歩いているのを後ろから撮った写真。街の景色から見て、二カ月ほど前のことで間違いない。女友達が彼氏に買うプレゼントを選んでほしいということだったので、買い物に付き合ったときの写真だ。
 そこまではいい。
 問題は、女友達の頭だけが白く、ぐちゃぐちゃに塗られていることだった。
「なんだこれ……なんでこんな風に塗られて……」
「塗ったわけじゃない」こいつが首を横に振る。「釘か画鋲かはわからないが……引っ掻いた跡なんだよ。見えてるのは紙だ、インクじゃない」
 その言葉を聞いた途端、背筋に寒気が走る。
「高橋、良いか。もっとやばいこと言うぞ」
「お、おう……」
「お前から相談受けた後、なんだか気になってお前の元カノのことを調べた。名前も居た町も教えてもらってたしな」こいつが生唾を飲み込む。「彼女、死んでる。自殺だ」
「はあっ!?」
 思わず大声を上げるが、こいつは青ざめた顔のままスマートフォンの画面を俺につきつけてきた。半年ほど前のニュース記事だ。俺がちょうど夜逃げした後の辺りの。
「──川で26歳女性遺体発見、入水自殺か」何度も何度も読み返してみても、そのニュース記事は間違いなく前の彼女のことを指していた。「嘘だろ……」
 残酷だとは思うものの、帰るのが遅くなると包丁で刺して来たり女性用芳香剤の匂いがすると首を絞めてきたりしてきた彼女だっただけに、悲しみはなかった。それよりも犯人がだれか分からないという不気味さとそんな相手につけ狙われているという恐怖が、いよいよもって輪郭を持ち始めた。
 佐藤がスマートフォンをしまう。
「その川、俺たちがバーベキュー大会した川だが……それはいい。だからな、アングル云々の前に、元カノから送られてくること自体が有り得ない」こいつが舌打ちをする。「こうなると相手がわからない以上、警察や弁護士に言っても限界がある。俺の知り合いに探偵が居るから、そいつに頼もう。それで犯人を見つけてもらって、弁護士を雇って法廷で戦うしかない」
 こんな風に具体的なアドバイスをくれる人間なんて、そうそう居ない。
──やっぱり、こいつに相談してよかった。
 誰か頼りにできる人間がいるというだけで、気分が随分楽になる。相手が誰か分からないだけに、仲間が多い方が良い。
「分かった」
「お前の電話番号とかを知り合いに教えることになるが、良いな?」
「ああ」
「よし。多分、明日あたりその知り合いから電話が掛かってくるはずだ。もちろん俺からも話はしておくが、お前からも説明してやってくれ」
 この奇妙な事件はまだ解決していないが、展望が開けてきた事に安心して、俺は胸をなでおろす。
「ありがとうな」
 こいつがコーヒーを飲み干してから、力強く頷いた。
「友達のためだ。やれることはする」

 しばらく佐藤と他愛もない話をしてから、俺は帰路についた。これから先、どうなるかわからないとはいえ、前よりは希望が持てそうだ。とりあえず解決したら、また引っ越した方がいいかもしれない。
 部屋に帰ってドアの鍵を閉めた、そのときだった。
 カコン。
 軽いものが金属に当たる音が、郵便受けの方から聞こえる。それと同時に、尾てい骨から首までを人差し指で撫でられるような、肌が粟立つ感覚に襲われた。
──どういうことだ。
 震える手で郵便受けを開ける。中に入っていたのは、一枚のポストカード。
 消印なし、住所なし。
 あるのは赤茶けたインクで大きく乱雑に書かれた俺の名前だけ。
 恐る恐る裏を見ると、俺たちのいたファミレスを通りの向こうから撮影した写真。そこには窓際の席に座っている佐藤と、ぐちゃぐちゃに引っ掻かれて跡形もなくなっている俺『らしき』姿が写っていた。
──あいつが……? 死んだってニュースで……。
 思わずポストカードを取り落とす。恐怖と驚きで喉が詰まって、上手に息ができない。
 投入口から、もう一枚ポストカードがいれられて、開いたままの郵便受けに落ちる。
 そのポストカードは初めて、表向きではなくて裏向きだった。
 写真は、俺が青ざめた顔でポストカードを持っている姿。アングルから見て、廊下に立っている撮影者が、玄関に立っている俺を撮影していた。
 思わず振り返る。もちろん、廊下には誰もいない。鍵をかけているはずのこの部屋に、いるわけがない。
「は、はは……」
 引きつったような笑い声が俺の喉から聞こえる。
 そのとき、あることを思い出した。
──初めてポストカードが届いた日、前の彼女の誕生日だったっけ……。それにポストカード集めるのが、趣味だったよな……。
 ふと後ろから聞き慣れた、そして二度と聞きたくなかった女の声が聞こえてきた。
「忘れないでって、言ったでしょう?」

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2018年8月28日


田舎に住んでいる祖父母のところへ帰省した少年は、収穫中のトウモロコシ畑に白いワンピースの少女の姿を見るが……。怪談四部作最後の物語。

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 海の近くに建ててある倉庫の戸を開けようと、取っ手に手をかけた時だった。
『次は誰が話す?』
 ふと、中からそんながさついた男の声が聞こえてきた。
 俺は首をかしげる。はて、倉庫を誰かに貸した記憶はない。それに先ほどまで、南京錠でしっかり鍵をかけていたはずなのだ。だのに、中から声が聞こえてくるとは。
 思い切って、戸に耳を当てる。こっちのほうがよく聞こえるはずだ。
『あ、じゃあ僕が話します』
 少年の声。ちらほらと聞こえる声からして、男二人、女二人といったところか。
 賊なら一刻も早くしょっ引いて駐在さんに渡すのだが、どうも口ぶりや音からしてそういう連中ではなさそうだ。はてさて、なおのことわからなくなってきた。侵入したのにもかかわらず、逃げずに居座って話し合うなんてことをするとは。
 俺が耳をそばだてたままでいると、少年の声でなにやら話が始まった。
『これは僕の話なんですが……』

「じいちゃん暑いー」
 僕がそこら辺にあった大きな石に腰掛けると、麦わら帽子をかぶったじいちゃんが顔を上げる。しわしわで茶色いシミだらけの顔が、帽子の中に見えた。
「子供にはきつかったか。いいよしんちゃん、少しそこで休んでな。喉乾いたら、近くの井戸水でも飲んでるといい」
「はーい」
「ただし、トウモロコシ畑の中には入っちゃいけないぞ。今は収穫時期だから、危ないからな」
 ぐるぐると周りを見る。目の前にはじいちゃんが近所の人と一緒に育てている、トマトとかきゅうりとか、なすとかが植えてある畑。右側には農家の高橋さんが育てている、僕の背丈よりも高いトウモロコシの畑。左側にはなんだかゆらゆらしている、誰もいない商店街。周りを見回しても楽しそうなものはなかった。
 かっちゃんとかよしくんと遊ぶのは明日の夜だし、ともちゃんと遊ぶのは明後日。明日からは忙しいのに、今日はなんにもすることがない。家にいるのも退屈だったから着いてきたのだけれど、こっちもこっちで退屈だった。
 その時、トウモロコシ畑の中に入っていく子が目の端っこの方で見えた。白い帽子に白い服みたいで、なんとなく女の子みたいだった。
──あんな子いたかな?
 大体この街にいる子たちとは友達だから、姿を見れば誰かわかるはずなのに。なんといっても、あんな服を着ている子を見たことがない。
「誰だろう」
 僕は座っていた石から飛び降りる。じいちゃんはトウモロコシ畑に入っちゃいけないと言っていたけれど、僕ならきっと大丈夫だ。
 それでも怒られるのが怖いから、ちらっとじいちゃんの方を見る。土いじりに真剣になっているみたいで、僕の方は見ていないみたいだった。
 僕はじいちゃんに気づかれないように足音を立てないよう注意しながら、ゆっくりとトウモロコシ畑の中に入っていった。

 畑の中はほとんど先が見えないし、ふかふかとした土に足を取られるせいで歩きにくい。それでも女の子が歩いて行った場所は変に沈み込んでいたり、トウモロコシの茎が折れていたり傾いていたりするおかげで、後を追うのはそんなに難しいことじゃなかった。
 青臭い葉や土のにおいを嗅ぎながら、茎や葉をかき分けて畑の中を歩いていく。遠くからエンジンみたいな音が聞こえてくるけれど、あの女の子が誰なのかってことのほうが気になった。
 もしかしたら、この町に新しく引っ越してきた人かもしれない。僕はいつも街にいるから、そういうことなら知らなくて仕方ないはずだ。
 でも、昨日会ったさっちゃんは引っ越してきた人がいるなんて話、少しもしていなかった。さっちゃんはこの町に住んでいるから、そういう人がいれば知っているとおもうけれど。
──多分、さっちゃんは僕に話すのを忘れたんだ。きっとそうなんだ。
 ふと手をかけたトウモロコシの実が折れ、地面の方からごろんという重い音が聞こえてきた。
 その音でハッとして、あたりを見回す。でも僕の周りにあるのは、僕よりも背の高いトウモロコシと、ふかふかとしているせいで足跡なのか凹みなのかよくわからないものがたくさんある畑の土だった。
「あれ……」
 急に心細くなって、目の端が熱くなってくる。
──どの方向から歩いてきたんだったっけ。
 もう一度周りを見てみても、僕が歩いてきた方向を教えてくれそうな人は誰もいなかった。泣きそうになるのを必死に我慢して、いろんな方向へ歩いてみる。でも、歩きにくい地面をいくら歩いても、周りにはトウモロコシしかない。
「どうしよう……」
 こんな広い場所で迷子になっちゃった、そう思うと心細くて、いよいよ涙があふれてきた。
 その時、僕の前から女の子の声で「こっちだよ」という声が聞こえてきた。
「誰?」
「こっちだよ、こっちこっち」
 声の方向へと歩いてみる。もしかしたら、僕を探しに来てくれた誰かかもしれない。
 一歩一歩歩く度に、女の子の声は大きくなっていくような感じがした。同時に、どこからか聞こえてきていたエンジンの音もはっきりしていった。

 しばらく歩いて足も痛くなってきたころ、ようやくトウモロコシ畑が途切れているのが見えた。そこの開けた地面には刈り取られて丈が短くなっているトウモロコシの茎がいっぱい並んでいる。
 僕は開けた場所とトウモロコシ畑のちょうど境目の場所に立って、顔だけ出して女の子の姿を見ていた。
 開けた場所の真ん中に、女の子の後ろ姿が見える。僕は思わず、声をかけた。
「ねえ、誰?」
 返事はない。もしかしたら、さっきから聞こえているエンジンの音のせいで僕の声が聞こえてないのかもしれない。僕はもっと声を張り上げて、女の子に叫んだ。
「ねえってば」
 その声に気づいたのか、女の子がぐるっと回って僕に顔を向ける。
 けれど、そこにあったのは顔じゃなかった。
 体の前半分はまるで、片面が赤色、もう片面が茶色の折り紙をめちゃくちゃに切り刻んで人の体の形にばらまいたみたいに見えた。目も鼻も、口も何もかにも、区別できないくらい無茶苦茶だ。どう見たって、生きている人間じゃなかった。
 その時、僕のすぐ近くからとんでもなく大きなガサガサ、ひゅんひゅんという音が聞こえてきた。
 振り向くと、回転する籠みたいな道具と櫛みたいな金属、そしてフロントガラス越しに驚いた顔のおじさんが見えた。

『……これが、僕の話です』
 口々に感想を言い合う声が倉庫の中から聞こえる。
 どこかで聞いたことがあるような話だ。しかし、怪談をしに不法侵入をするような人間がいるとは思わなかった。
 兎にも角にも、勝手に入られて中のものを壊されちゃまずい。
 そう思った俺は戸の取っ手に手をかける。
「誰だ」と叫びながら戸を開け、真っ暗な倉庫の中に手を突っ込んで電灯のスイッチをまさぐる。ほどなくして俺がスイッチを入れると、数回点滅したのちに明かりが倉庫の隅から隅までを照らした。
 だが、その倉庫の中には誰も、誰一人いなかった。

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肝試し 2018年8月22日


『鬼を封じた』と言われる廃寺へ、肝試しに行ったグループ。だが、彼女は自分が同じところを通っていることに気が付き……。怪談四部作、三つ目の作品。

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「──これが私の話です」
 ぼそぼそ話す声が聞こえる中で、突然一番目の男の人が「結局、あの蛇は何もんなんか?」と女の人に聞いていた。
「わからないんですよね。彼に聞いたら、わかるかもしれません」
「ほうか。まあ、もしやあれかもしれんな」
 僕が「あれ、ってなんですか?」と聞くと、「いや、場所によっては大蛇の伝承、いわゆる昔話があってな……蛇の祟り、悪さを治めるために若い女をささげるということが昔からあったんよ。つまりは人身御供やね」という答えが返ってきた。
「じゃあ、贄って言ってましたし、そういうことかもしれませんね」
「かもしれん。それで、次はだれが話す?」
 そのとき僕の隣に座っていた、声の高い少女が手を挙げた。
「あ、じゃあ。あたしの知ってる話なんですけど──」

「今から行く場所は、ガチのマァジで、ヤヴァい場所だから」
 運転しながら、お調子者の秀平が変に抑揚をつけて、あたしたちを怖がらせようと変な声で話し始める。けれど調子が可笑しくて、助手席に座っていたあたしは思わず笑ってしまった。
「んだよ、香織。いまから怖い話しようってんのによ」
 興を殺がれた秀平が、拗ねてあたしに話しかけてきた。
「あんたの話し方が悪いんだって。で、ヤバい場所ってどういう意味よ」
 話し始めようとする秀平を遮って、あたしたちの中では真面目な啓太の「ある伝承がある場所だよ」という声が後部座席から聞こえてきた。
「おい、お前も邪魔すんのかよ」
「俺が話すから、てめえは運転に集中しやがれ」
 ぶりっ子の──あたしがそう思ってるだけだけど──七海が、「えー、啓太くんどういう話―?」と耳障りな猫撫で声で、七海の隣に座っている啓太にすり寄る。正直な話、あいつの声を聴くと気分が悪いっていうのに、秀平が七海を肝試しにさそったらしい。
──いつものことだけど、余計なことを。
 頭の中でぼそりと愚痴ってから、啓太の話に耳を傾けた。
「あの廃寺がある場所、江戸時代にあった飢饉のときに伝染病がはやったんだと。で、あの当時はそういうの全部、鬼とか恨みのせいにしてたからさ。寺に鬼を封じることで、伝染病を終わらせようとしたんだ」
 啓太が言うのだから、間違いないはずだ。けれど、鬼を封じるなんて方法で伝染病が収まるとは思えない。というより、鬼と言っても肌の赤い角の生えた虎柄パンツのイメージしかない。
「え、どうやったの?」
 あたしの質問に、啓太はすぐに答えてくれた。
「感染者全員を寺に封じて、餓死させたらしい。感染者は鬼が憑いたってことにして、鬼を祓うって名目で死ぬまで隔離したわけだな。あと脱走対策に寺の周りを鈴で囲って、脱走してもわかるようにしたうえで、脱走者は殺したんだとか。まあ、そんな現代でも通じる方法をとったもんだから、数週間もしないで感染は終息したらしい」
「えー、さっすが啓太くん。詳しー」
 七海の甲高い声に辟易しながら、後部座席をのぞき込んで「なるほどねえ」と頷く。
「おい、そろそろ見えてきたぞ」
 秀平の声が聞こえる。前方を見ると、いかにもという雰囲気を漂わせた墓地がヘッドライトの明かりに浮かんでいた。

 秀平に手渡された小さいペンライトを手のひらの上でもてあそぶ。明かりをつけて辺りを照らしてみると、軽い割にはずいぶん明るくて頼もしいし、結構な距離まで照らせるみたいだった。
「じゃ、一人ずつ行って」秀平が車のトランクから仏花を四つ取り出す。「こいつをそのお堂においてきて、戻ってくればオッケー」
「墓参りじゃあるまいし、仏花とはな」啓太が首をかしげる。「無縁仏をお参りするのは、あんまり褒められた行為じゃない。今まで誰も興味を示してこなかった場合は特に、な」
「お、ビビってんのか啓太」そういう秀平の声は震えていた。
 啓太がはぎとるように仏花を手に取り、「なに、そう言われてるってだけだ」
「……じゃ、行く順番はくじで決めるからな」
 秀平が取り出した爪楊枝製のくじを引き、順番を決める。あたしが一番、その次が秀平、七海と続き、最後は啓太の順になった。
「香織、お前が一番だってよ」
 啓太に背中をたたかれ、あたしは前につんのめる。
「ったく。レディに暴力なんて、嫌われるよ」
「お前がレディを騙るな」
 七海が「そんな力加減しない啓太君もかっこいー」とかなんとかいいながら、啓太に抱き付く。顔を見る限り、うっとうしく思っているのは啓太も一緒らしい。
「おい、仏花」
 秀平があたしに仏花を手渡す。あたしは左手に仏花を持ったまま、右手にペンライトの紐を巻き付けて外れないようにしてから、深呼吸を数回繰り返した。
──大丈夫。誰もいない、何もいない……。
 そう思いながら、気が落ち着くまで待つ。
 しばらく深呼吸していると、気分が落ち着いてきた。
「じゃ、いってくる」
 ライトで足元を照らしながら、あたしは墓地の入口へ歩いて行った。

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 あたしは手ごろな木の幹に手をついた。試しにライトであたりを照らしてみても、光が闇に吸い込まれてしまうみたいに三メートル先も見えない。まるで、ここだけ切り取られているみたいだった。
「どうして、どこまで回っても寺につかないの……」
 時計を見る。あたしが墓地に入ってから一時間。おかしい、いくら秀平とはいえ、こんな馬鹿みたいに長い肝試しをさせるとは思えない。
 考えたくない可能性に思い至って冷や汗が下着を濡らした。あたしはその考えを振り払う。
「くそ、本当に回ってるなら……」先ほど手をついていた木に、持っていた仏花を差し込む。「また、ここに戻ってくるはず」
 ライトで辺りを照らしながら、あたしは走り始める。
 光の中に浮かび上がる、古ぼけて風化した墓や折れたり朽ちたりしている卒塔婆、青々と茂った明らかに手の入っていない藪。何度見たかわかったもんじゃない。
 そんな風景を無視して走り続けていると、五分と走っていないはずなのに、仏花が刺さったままの木を見つけた。
「うそでしょ?」
 こんな馬鹿な話があるわけがない。一本道なのに、道に迷うわけがない。いよいよ、訳がわからなくなってきた。
 その時、携帯電話が着メロを奏でる。見ると、啓太からの電話だった。すぐにあたしは携帯を開いて着信ボタンを押し、電話を耳に当てた。
「啓太?」
『おい、香織。大丈夫か?』
 聞きなれた声に思わずへたり込む。あの声が、こんなに安心するなんて。
「おかしいの、同じ場所ばかり回ってる。どうやっても、お寺につかない」
『わかった、よく聞いてくれ。俺たちは全員、廃寺に着くことができた。だから、確実に寺はある』
「だよね。あたし、間違ってないよね?」
『ああ。だが……とりあえず、俺たちも探しに行くから。目印はあるか?』
 あたしはライトで辺りを照らしながら、目印になりそうなものを探す。けれど、先ほど仏花を刺した木以外、目印になりそうなものはなかった。
「えっと、大きな木がある。仏花が挿してあるから、それが目印になると思う」
 何時間にも感じるほどの、長い間。誰かと話しているのか、ひそひそという声も聞こえてくる。
『道の……なんてあっ……か?』
『啓太君……見て……よ』
『俺も昼間に下……ない。あいつ……いるんだ』
 やっと、啓太が口を開いた。
『分かった、木だな。そこで待ってろよ、何があっても動くんじゃ──』
 突然、電話が切れる。慌てて画面を見ると、アンテナがゼロ本。
 圏外だ。
「は? うそでしょ? なんでこんな場所で? え? さっきまで通じてたじゃん」
 震える指で電話帳をたどって、登録しているはずの啓太の電話番号を探す。
 その時だった。
──ちりん。
「え……?」
 今まで一度も聞こえてこなかった、ぞっとするほど澄んだ、鈴の音。でも、どこから聞こえてくるのか分からなかった。
──ちりん、ちりん。
 その音が、全身の毛をそばだてた。ペンライトで辺りを照らしてみるものの、音の原因らしいものは見つからない。
「なに……?」
──ぢりん。
 いくつも連なった鈴が一斉に鳴るような不協和音。あたしはこの時、啓太の話していたことを思い出していた。
『脱走対策に寺の周りを鈴で囲って、脱走してもわかるようにしたうえで、脱走者は殺したんだとか』
「うそ……でしょ?」
 もし、この音が廃寺から聞こえてくるのだとするなら。
 そして、廃寺の中から感染した人たちが這い出ようとする音なら。
──ぶちぃ。
 太い縄がちぎれるような音。
 その瞬間、下半身から力が抜けるのを感じる。何とか立とうとしたけれど、腰が抜けてしまったようだった。逃げないといけないという焦り。どこに逃げればいいのかわからないという恐怖。その二つが、あたしの体を乗っ取ってしまったみたいだった。
 そのまま茫然としていると、ふと気配を感じて振り返る。
 そこには、『鬼』がいた。
 耐えがたいほどの怒りと苦痛を表すかのような赤い肌と、筋骨隆々の体躯。腰には申し訳ない程度のぼろ布。けれど頭の部分には、やせ細ってしわくちゃになった老若男女の顔が、目や鼻がかろうじてわかるくらいに詰め込まれていた。
 その鬼が、あたしを見下ろしていた。
 あたしかそれとも鬼か、息を吸い込む音が聞こえる。同時に携帯を落とした音が、地面の方から聞こえてきた。
「あ、ああ……」
 目の前の非現実に、無意識に喉の奥から声が出た。
 不意に鬼があたしをつかんで肩に担ぎ上げる。そのまま、どこかに向かって歩いて行った。
 あたしは抵抗することも声を上げることも忘れて、鬼に担ぎ上げられるまま、自分のことではないかのように外側からその光景を眺め続けていた。

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海辺 2018年8月15日


怪談をするために集まった四人。そのうちの一人が、「地獄の釜の蓋が開く」とされる、お盆の海辺を散歩した男の話をし始める……。怪談四部作、一つ目の物語。

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 真っ暗な部屋の中で、私たちは円を描くように向かい合っていた。それぞれの顔も体も見えない、声しか聞こえない空間。
 ふと息を吸うと、濃密な海のにおいが鼻に残る。海藻の乾いたような、体にまとわりつく塩気のある臭い。同時に空気が湿り気を帯びているように感じるのは、私たちがいる場所の近くに海があるからだろうか。
「じゃあ、だれから話す?」
 参加者の一人が、声変わり前のざらざらとした声で皆に呼びかける。すると、私の隣に座っていた男が「ならば、俺が話そうじゃないか」と声を上げた。
「では、一つ目の話ですね」
「これは、ある一人の男が体験した話なんだが──」

 盆の夜、親戚が集まって酒盛りをしている最中、俺は外に出てあたりをぶらぶらと散歩していた。
 というのも、俺の親戚というのはどうも酒癖が悪く、宴もたけなわになると下戸の俺にすら酒を飲ましてくるのだ。元より酒癖の悪い父親を見てきて、さらには酒も飲めないともなれば、飲まされるのを嫌うのも当然のことで。
 俺は一人宴会を抜け出して、こうやって夜風を浴びに来たのだった。
 ふと、前を見ると自転車の前照灯が見える。ほどなくして、俺と同級生だった美紀が自転車に乗っているのがわかった。
 自転車が俺の目の前で止まり、美紀が下りてくる。
「あれ、一郎。なんでこんなところにおるの?」
「なんだ、夜の散歩にすらお前の許可がおるのか。それに、お前も人のことは言えまい」
 暗くてよく見えないが、たいていこういう口の利き方をすると美紀は怒って頬を膨らませる。今日もきっと、そうだろう。
「叔父さんたちのお酒が無くなっちゃったから、鈴木さんのところで買い足しに行くんよ。そいで、あんたは何してんのさ」
 鈴木さんというと、商店街で酒を売っているあのおじさんのことか。確かに、ここで酒を買うとなるとあの人くらいしか思いつかない。
「おっさん達から逃げてきた。で、夜の海でも見に行こうかと思ってな」
 不自然な間。
「……やめたら? というより、買い物付き合ってくんない?」
 俺は顔をしかめる。自分のすることに口出しされたというのもあるが、美紀がこういう時は何かあるときなのだ。寺の娘だからというのもあるのだろうが、危ないことに対する嗅覚は、俺の知っている誰よりもよく利く。
「なにかあるんか?」
「あんたは信じない気がするけど、盆の海は地獄の釜の蓋が開くんよ。小さいころ言われんかった、『盆の最中は、海で泳ぐんでない』って」
「迷信だろう。確かに盆の最中に海で泳いで死んだやつは多いが……見に行くだけなら、危なくもなかろうよ」
「そうでもないんよ。檀家さんにもおるんよ、夜に海から腕が出てるの見たって人」
 俺は頬を掻く。美紀はうそをつくような子でもない、というよりは嘘が苦手だ。こいつのせいで、悪ガキだった俺は何度先生から殴られたことか。
「ふうん……」
「それにさ、うち一人で夜の街歩くの怖いからさ。あんたが一緒に来てくれりゃええかな、って」
 その言葉に思わず笑う。
「お前を見たら、どんな奴でも逃げるわい。露出狂を巴投げしたのは、どこの誰だった」
 怒ったような「あれはまた……」という声の後、「まあ、とりあえず止めたかんね。なんかあったら、うちのところ来るんよ」
「わかったわかった。なんもないとは思うがな」
 美紀が自転車にまたがり、俺に手を振ってから商店街の方に漕ぎ出す。俺はというと、その後ろ姿を見送った後、砂浜に向けて歩き出した。

 昼間には海水浴客であふれる砂浜も、今は人っ子一人おらず、聞こえてくるのは波の音だけだった。とはいえ遠くに目を凝らすと、貨物船かなにか、大型の船の常夜灯が見える。
 俺は砂浜に腰を下ろす。海風が気持ちいい。台風が通り過ぎたおかげで天気が良くなったからか、海の様子も穏やかだ。元より入る気はないが、泳いでも溺れるとは考えにくい。
 ぼんやりと見える地平線を見つめながら、俺は美紀の話を思いだしていた。
 確かに『盆の海には入るな』とは昔からよく言われ続けてきたのだ。いつもは飲んだくれている父親も、盆の時に海に行こうとした時だけは血相を変えて引き留めてきた。それに、盆が終わると必ずと言っていいほど、河口に水死体が流れ着いたというニュースを見てきた。
「盆には地獄の釜の蓋が開く、ねえ……」
 いくらでも科学的な説明はできる。盆の時はああやって宴会をするせいで、酒が入る。すると体温調節のタガが外れて熱くなった酔っぱらいは、海に泳ぎに行こうと言い出す。そうして泳ぎに行くのだが、アルコールは運動能力を低下させるのだ。さらに、夜は視界が利かないせいで、溺れていても気づかれにくい。
 だから幾ら泳ぎが得意でも、盆の海に繰り出してしまうと溺死する、というわけだ。
「簡単な話じゃないか」
 ぼそりと独り言つ。それでも美紀が檀家から聞いたという、海から出てきた手の話は説明がつかないのだが。酔っぱらいの見間違い、それだけで片づけていいものか。
 ふと、俺の目に何か白いものが写る。
 そっちの方を見ると、海からにょっきりと白い腕が生えていた。
「なんだ……?」
 もしかして、溺れた人かもしれない。だとしたら、助けに行かないと。
 そう思って立ち上がった瞬間、金縛りが俺を襲った。
 息ができない。指の一本も動かせない。ただ見開いた眼で、生えている白い腕を凝視することしかできない。
 そのまま白い腕を見つめていると、腕の近くから一本、また一本と腕が伸びる。どんどん、どんどんと何本も腕が生えてくる。
 さして時間もかからず、海から生えてきた腕は白波と取って代わる。その光景を息も出来ずに眺めて居た俺へ、白い腕は手招きし始めた。
 それと同時に、足だけが海に向かって勝手に動き始める。まるで、自分が操り人形になったかのような感覚。自分の意志に反して体が動く感覚を体験するのは、初めてだった。
──このままじゃ、海にはいっちまう。
 抵抗しようにも、体のどこも動かない。俺の足はすでに海の中に浸っていた。スニーカー越しに、夏なのに妙に冷たい水の感触を感じる。
──止まれ、とまってくれ。
 そう考える間に、すでに膝まで浸っていた。
 水の流れに足を取られ、バランスを崩す。溺れそうになりながら必死に海の中で目を開くと、水の中には、腕だけがミミズのように蠢いていた。
 泡沫と化した悲鳴が、口からあふれ出る。
 俺は腕に捉まれて、そのまま暗い海の底へと引きずり込まれていった。

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留守番電話 2018年3月25日


倉庫を整理しているときに見つけた、古い留守電録音機能付き固定電話。好奇心から録音データを再生してみるが……。

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 十月二十日。私は父の代から使わなくなったものを色々と突っ込んだ挙句に収拾がつかなくなり、戸を固く閉ざすことで見て見ぬふりに成功した倉庫の鍵を、封じていた錠前に差し込む。赤茶けた粉とともに古い南京錠が外れ、シャッターに手をかけて上へ押し上げると、耳障りな音とともに家族代々の罪──いささか大げさすぎるだろうか──と相見える。
 中には大量のガラクタが散らばっていた。中学生の半ばくらいで部活をやめた結果、日の目を浴びなくなった凸凹のアルミ製バット。小学生くらいまで乗っていた古く小さな自転車。大枚はたいて父が購入したものの使い方がわからず、ろくに触れもしなかったデスクトップパソコン。そのほか、シミやシバンムシが跋扈していると思われる日焼けしていない書籍や何が入っているかわからない段ボール箱などなど、家族の歴史の枝葉末節が積み重なっていた。
「懐かしいな」
 私が中に踏み込むと、ほこりっぽい臭いと古い紙の匂いが鼻を覆う。袖で口をふさいで、どこから手を付けようかと逡巡していると、仕事場が大阪のおかげで標準語と関西弁が中途半端に入り混じった──俗に言う似非関西弁だ──弟の声が後ろから聞こえてきた。
「兄ちゃん、こんなぐちゃぐちゃなもん放置してたんか?」
 流石に私一人では、こんな混沌としたものを片付けられないとわかっていたので、半ば巻き込む形で弟を呼ぶことにしたのだった。尤も、お礼としてこっちにいる間に飯をおごると言ったら、弟は喜んでいたのだが。
「マスク、あったか?」
「ほれ」すでにマスクを着け軍手をはめている弟が、私に紙マスクを差し出す。「それでどこから?」
 私がマスクを着けて棚の上を指さすと、弟は黙って棚の上の段ボール箱──小さな色々なものが蠢くのが見えたのは光の錯覚だろう──を床におろす。ふたには『雑貨』とフェルトペンで書かれていた。段ボール箱を持ち上げた私はそれを、倉庫の外に運び出した。
 
 何度もその作業を繰り返し、倉庫がほとんど空になった頃。弟の「兄ちゃん、これみてみい」という声が、外で捨てるものと保管するものを分別していた私の耳に届く。振り向くと、中くらいの大きさの段ボール箱を抱えている弟がいた。『みかん』と印刷されている箱だが、中身は違っていて欲しい。
「なんだ?」
「固定電話や。最近見いひんからな」
 そういって弟が段ボール箱を外に出して地面に置く。中を開けてみると、確かに昔使っていた記憶のある固定電話だった。使っていたといっても買ってすぐに壊れたか何かで、父親が倉庫にしまい込んでしまったものだったのだが。
「今じゃ、スマフォがありゃ何とでもなる。これも珍しいもんやないか」
「まあな」
 弟が思いついたかのように「せや、コンセント繋いだら留守電が録音されてたりせんかな?」と私に聞いてくる。こういう無駄な思い付きは弟の専売特許だ。
「聞いてどうする? というか、残っている保証もないだろう」
「まあまあ、物は試しってやっちゃ。もしかしたら、死んだお袋の声でも残っとるかも知らん」
 私はため息をついた。何年も一緒に過ごしてきて身に染みていることだが、弟は一度決めたらやるまでごね続ける。多分、今回も例外ではない。
「わかったわかった。その代わり、倉庫の整理が終わってからな」
「もちろん。さあ、ぱっぱと片付けんよ」

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 夕闇が差し込むころになって、ようやっと倉庫の整理は終わった。結局ほとんどの物を捨てることとなり、そこには思い出が多少なりとある金属バットや自転車、デスクトップパソコンも含まれていた。予想通り虫の巣窟と化していた本は開くことも憚られたため、とりあえず雨のあたらないところに保管して、資源回収の日にまとめて捨てることになった。
 というわけで、家のコンセントに──幸か不幸か、電源コードから子機まで必要なものはすべて段ボール箱に入っていた──古い固定電話のACアダプターを接続すると、赤い留守電ランプが点滅し始める。子供のころの記憶を掘り返してみると、これは留守電が録音されているというサインだったはずだ。
「お、録音されとるみたいや」
 ご機嫌な声の弟が留守電ボタンを押すと、耳障りな電子音と〈八月二十一日〉という合成音声のアナウンスの後に『聡、おばあちゃんだよ。電話したのだけれど、忙しいみたいだね。あとでかけなおすよ』というゆがんだ声がスピーカーから流れ出てきた。
「聡やから……父方のばあちゃんやね」
「ばあちゃんか。懐かしいなあ」
 思わず言葉が口をつく。父方の祖母は私が十四歳、弟が十歳ころにひき逃げ事故で三日間ほど生死をさまよった後に、多臓器不全で亡くなった。遠くに住んでいてあまり会えなかったのもあって思い出は多くないが、会うときにはいつも親切にしてくれたので、葬式では大泣きしたのを覚えている。たしかあの日は、九月二十二日だったはずだ。
 また、スピーカーから電子音が聞こえてくる。
『〈九月二十日〉聡、おばあちゃんだよ。孫たちは元気かい? ばあちゃん、体が痛くてねえ。また、暇を見て電話をおくれ』
「ばあちゃん、結構な頻度で電話かけてきていたんだな」
 私が懐かしむようにつぶやくと、弟も同意するように頷いた。
「せやなあ。あんまり覚え……」突然、弟の顔が青ざめる。「……まてや兄ちゃん。ばあちゃん、事故にあったの何月何日やった?」
 突然聞かれ、私はしどろもどろになりながら「え? 九月十九日だろ?」と答える。
「今の録音があったの、九月二十日やったぞ? おかしいと思わんか?」
 そう言われれば、確かにおかしい。事故があった後、祖母は意識不明だったのだから電話など掛けられるわけもない。だが、何年かというアナウンスがないことを考えると、もしかしたら事故に遭う前年の録音かもしれない。
「待て待て。何年の九月十九日かわからないだろ? もしかしたら、事故に遭う前の年かもしれないじゃないか」
「俺もあんまり記憶力がいいとは言えん方や。でもな、この電話買ったんは俺が九歳の時だったんは覚えとる。誕生日の日の前日にこの電話買って、翌日俺の誕生日プレゼントを買ったんやから。そいで、でけえ買い物を二回もしたのはあれが最初で最後なんや。よう考えてみ、俺の誕生日はいつや」
「十一月二十日……」
 サアッっという、血の気の引く音が耳の奥で聞こえる。その時、またしても電子音が聞こえてきた。
『〈九月二十三日〉聡、おばあちゃんだよ。妙に前が暗くてねえ、目も見えなくなったのかねえ。聡の方はどうだい? たまには電話してきておくれ』
 そうだ、確かに弟の言う通りだ、この電話はおかしい。
 あの時のことを思い出す。新しく買った電話を一年も使わずに倉庫へ仕舞った父の行動がおかしいと、当時中学生だった私は思っていた。それで仕舞い込んだ後の父を問い詰めようとしたものの、あまりにも顔が青ざめていたせいで尋ねることができなかったのだ。
「どうするんや兄ちゃん。コンセント抜くか」
 ただでさえ早い弟の口調がさらに早くなる。だが、私は怖いもの見たさと何が起きるかわからない恐怖が競り合った結果、「いや、最後まで聞くぞ」と呟いた。
「正気か? 何が起きるかわかったもんやない」
「あんな汚い倉庫にしまわれていたんだ、機械が壊れたっておかしくない。それにただの録音なんだ、何も起きはしないさ」正直な話、全くその言葉に自信はなく、声も震えていただろう。
 それでも、怖いもの見たさという名の好奇心が私の背中を押していた。
『〈十月十三日〉聡、おばあちゃんだよ。最近、電話くれなくなったねえ。会いに行ってもいいかい、都合の付く日を教えておくれよ』
 そのメッセージを聞いた後、弟はため息をついて「……なあ、兄ちゃん。父ちゃんが倉庫に電話仕舞ったん、いつやったっけ。確か、俺の誕生日には変わっとったよな」と尋ねる。
 私はというと、以前読んだW・W・ジェイコブズの『猿の手』を思い出していた。あれでは、死者が家に訪ねてきたではないか。
 何も答えずにいると、耳障りな電子音が、まるで誰かの来訪を知らせるチャイムのようにスピーカーから鳴り響く。私は思わず身を固め、出てくるメッセージを待ち受けた。
『〈十月二十日〉聡、おばあちゃんだよ。お前たちの顔がみたくなったから、今日お前の家に──』
 その時、突然立ち上がった弟が固定電話を持ち上げ、勢いよく床にたたきつけた。ACアダプターが外れ、強い力で叩きつけられた電話機はバラバラに砕け散る。当然、電話機は沈黙した。
 突拍子もない弟の行動に、素っ頓狂な声で「いきなり何を?」と聞くと、弟がみたこともないような顔で私をにらみつけてきた。
「兄ちゃん、俺はあんまり心霊だとかオカルトだとかは信じへん。でもな、今回は物がちゃう。これはやらせだとかそういうもんやない、あかん奴や」その気迫に押された私は黙り込んでしまった。
 突然、段ボール箱に入っていた機能していないはずの子機に着信が入る。
 誰が出るか、予想はできていた。だからこそ、私は恐る恐るスピーカーを耳に当てた。
「もしもし」
『里麻かい?』ひずんではいたものの、スピーカーの向こうから聞こえてくる声は紛れもなく、父方の祖母の声だった。『大きくなったねえ、おばあちゃんだよ。さっきも言ったんだけどねえ、今からそっちに行くからねえ』
 そういって、電話が切れる。
 次は私が弟に叫ぶ番だった。
「玄関の鍵を閉めろ」
 叫ぶと同時に、玄関からみょうに湿ったようなドアをたたく音が響いてきた。思わず、私たち二人は顔を見合わせる。
「里麻、一馬、おばあちゃんだよ。開けておくれ」
 そのはっきりとした声は、玄関のドアの向こうから、聞こえてきた。

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[怖い話]第08話 おばぁちゃん 2017年10月29日


これは社員のまめこさんの体験談…

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高校生だったある日のこと…

母は仕事で夜いない日が月に何回かあった。
兄は怖い話や怖いテレビに映画怖い物が大好きだったのだが、
その流れか母のいない日にプチ肝試しをすることがあった。

兄は免許も車もあったため車で山に出掛けていた。
と言っても近くの山道を行く程度なので一周20分程。

いつものように肝試しに行く。

いつも何も起こらない。

山道を抜け集落に入りまた山道というところで
おばぁちゃんが畑にいた。

もう暗いのになにか採りに来たのだろうか。

私は何気なく

「おばぁちゃん大丈夫かな。もう暗いからあぶないよ。」

と言ったら、兄が

「え?だれもいなかったけど・・・。」

私は考えるのをやめた。

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[怖い話]第07話 念仏 2017年10月20日


これは社員のまめこさんの体験談…

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アパートで独り暮らしをしていた時のこと。
その日は年に1回なるかどうかの金縛りにあっていた。

怖いなと思いつつ早く寝たいと考えていたが
ふと天井の角に目をやると・・・
男の人がコウモリのような逆さの状態でしゃがみ込みこちらをじっと見ていた。

眠気も吹き飛び鳥肌がたち凍り付く。
どうしたらいいかもわからない。
とりあえず思いつく限りの念仏を頭の中で唱えた。

はやくいなくなれ!!

懇願していると
すっと自分の枕元の横に誰かが座った。

自分が産まれる前に亡くなった祖母だった。

写真でしか見たことがなかったがすぐにわかった。
祖母は横を向いたまま一緒に念仏を唱えてくれた。

何分経っただろうか。
数秒だったのかもしれない。

ばーちゃん初めて近くで見たなと思ったらすぅっと消えていった…

金縛りも解けて男の人も消えていた。

ばーちゃんありがとう。

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[心霊ツアー]新潟県柏崎市某トンネル 2017年5月6日


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どうもこんばんは、ぐおじあです(゜ρ゜)

今回はゲーム開発用の資料として、
新潟県柏崎市にある某トンネルに行ってきました☆

[心霊ツアー]新潟県柏崎市某トンネル

ぶっちゃけしてしまうと何も映らなかったんですけどね♪
もし気付いてない所に変なものが映ってたら教えてください(η゜з゜)η

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